7 復讐


「“革命の思想”ってやつに取り憑かれちまったんでさぁ……あんたらが反乱軍と呼ぶ勢力に与して、あんたが関わった三年前の“アリアケ攻防戦”で……」


 その言葉を聞き、わたしの背筋は凍った……


「どういうことですの……?」


 おそるおそる訊いてみた。


「その通りの意味でっせ」


 運転手は答えた。


「アリアケで討ち死にした息子の内臓は、ことごとく潰れ、そりゃあひどい有り様だったそうでやす」


 立ち上がった彼が発散する気配は尋常なものではない。敵意……そして殺気……


「息子は死の直前、こう言ったそうでやす。“サツマの国に降り立った魔女が我らの敗因。ヌードモデルこそ倒すべき敵”……と」


 運転手は言った。わたしの力を得た殿方の人間離れした攻撃を受けた結果、戦死したのだろう。従軍せず間接的に戦争に関わってきたわたしは、その事実を理解していても目の当たりにはしなかった。自分もまた“加害者”であることを真に自覚してはいなかったのだ。


「アリアケ以降、反乱軍……いや、革命軍の士たちの間では、国王や宰相と同じくらいにヌードモデル様も憎悪の対象となってるでやんすよ。生き延びた者たちは“ヌードモデルに報復を!”と連呼し、それを行動する気力に変えているでやんす」


 嗚呼……知らぬ間に恨みまでも買っていたのである。今思えば、この三年間、なぜ常にわたしは監視されていたのか?軍部が“報復”に対策していたのかもしれない。わたしは反乱軍にとって、憎むべき“仇”となっていたのだ。


 じりじりと、運転手は近づいてくる。わたしは後ずさった。


「あっしは決めたでやんすよ、息子の遺志を継ごうってね。革命軍に入り、捕虜から偽の軍籍を手に入れ、そいつそっくりに顔を変えやした。捕虜交換に際して、サツマに潜入したでやんす」


 “ぽきりぽきり……”


 彼は両手を不気味に鳴らしながら続けた。


「最初は軍部の情報を中から流すつもりでやんした。ところが、顔をそっくりにしても他人に成りすますというのは難しいもので、計画は断念しやした。あっしはその後、もう一度顔を変え、今度は国籍を偽造し、清掃業者として軍関係の建物に頻繁に出入りしやした」


 運転手は袖をまくった。今まで気づかなかったのだが、たくましく筋肉質な腕をしていた。小太りで人のよさそうな雰囲気には似つかわしくないほどに……


「革命軍の密偵として過ごすことで息子の無念を晴らそうとしたでやんす。ですが数日ほど前、“ヌードモデル様の運転手をしてくれないか?”と、軍の人間に言われたんでさぁ。あっしは車の運転が上手にできるので……」


 彼は、ぶんぶんと右腕をまわした。密室のどんよりとした空気を切り裂くほどの恐ろしいうなりをあげる。


「掃除人のフリをして懸命に働き続けたことが功を奏したでやんす。真面目な人間と思われ、すっかり軍関係者と仲良くなれやした。ヌードモデル様の秘密を守るならば、お抱えの運転手として正規に採用してやる、とまで言われやした」


 “ぶんっ!”


 こちらに近づきながら運転手は拳をまっすぐに振った。後退するわたしとの距離はまだあるが、それでも、かまいたちのような風を顔に受けるほどの速さだった。迫る身の危険がもたらす気のせいだったのかもしれないが、凶器に似た鋭さと重さを感じさせた。


「息子の仇であるヌードモデル様に近づくことができやした。今日、念願が叶いやす……」


 運転手は涙を流しながら言った。嬉しいのだろう。この人はわたしを殺す気なのだ。サーシャがいなくなった今、すぐに助けが来る予感はない。ここで、わたしの人生は終わる……


「あっしには拳闘をかじっていた時期がありやしてね。刃物も鈍器も必要ありやせん……」


 その、たくましい腕は鍛えられたものだった。彼の念願など、あっさりと達成されることだろう。だが、わたしは後退し続けた。それは生命を持つ人間の、ただの本能なのかもしれない……


 言い訳などしなかった。出来るものでもない。目の前にいる男にとって、わたしはすなわち、息子の仇。相手が父親ならば、恨まれて当然のことである。


 不思議なことに、けっこう広く感じられた部屋が、今となってはやけに狭く感じられる。さほど退がらないうちに、わたしの背中に壁が当たった。逃げられはしない。


「わたしは……」


 なんとか声が出た。だが、あとが続かない。死へと接近する恐怖のせいか?いや、言葉を思いつかないだけか?


「でもねェ……」


 運転手は言った。


「あんたを見てると、本当に恨まれるような人なのか、と疑いたくなるのも事実でやんす。ヌードモデル様とは、もっと好戦的で残忍なお方かと思ってやんした」


 近づく彼との距離が狭まってきた。わたしの残り時間と歩調を合わせるかのように……


「考えてみりゃあ、あんたは息子が死んだときと同い年くらいでやんす。しのびないと思うのも事実。それでも……」


 運転手は、なおも涙まじりに、こう言った。


「やっぱり、あんたは息子の仇。目の前にした今、あっしは許すことができないでやんすよ」


 彼の手が届く範囲まで来たとき、わたしもまた涙を流し、観念した。すべては戦争に関わったせい……多くの人たちを不幸にしてきたヌードモデルとしての力のせい……わたし自身の罪に見合ったった罰が今、くだされようとしている。


「いさぎよいのは立派でやんす」


 言って、運転手は拳を振りかぶった。


(さようなら、リリィさん……もう一度……もう一度だけ、会いたかった……)


 心の中で大好きな栗色の髪の少女騎士様に別れを告げたとき、拳がわたしの頭に振りおろされた。なぜか見えたその軌道が、最後の光景だった。




 〜最終章へ続く〜




 

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