異世界のヌードモデル 〜わたしの身体で、男の人たちを“元気”にしちゃいます!〜

さよなら本塁打

第一章 覗かれたヌードモデル! マリアと栗色の髪の少女騎士

1 覗かれたマリア


 真夏がすぎると残暑の季節。晴れてしまえば、昼はまだまだ暑いが、夜の空気は、ひんやりと心地よい。わたしは窓を開け、冷気を部屋に迎え入れた。


「まあッ、ごめんなさい……」


 庭先で、ぼんやりとしていた一匹の野良猫が物音に気づいて逃げ出して行った。わたしの謝罪は届かなかったらしく、そのまま表へと駆け出してしまった。


(かわいそうなことをしてしまったわ、今度から気をつけなきゃ……)


 ちいさな侵入者に対し、なぜかこちらのほうが罪悪感にとらわれながらも、わたしは裏口から庭へと出て、雨水を溜めている幾つかの桶を回収した。


 実は、ここ二日にわたる大雨のため、水道機能が停止し、街は断水のさなかだった。その雨はさきほど止んだが、水はまだ供給されていない。溜めた雨水も、お風呂を沸かすほどの量はないため、わたしは体を拭こうかと思ったのである。


(誰かいるの……?)


 ふと、何者かの気配を感じたような気がして見回した。暗くとも、辺境地で多く見られるモンスターたちが、こんな住宅地にあらわれることはない。だが、痴漢や変質者がいないとも限らない。わたしは足ばやに家の中へと入り、玄関の鍵をかけた。


 居間で部屋着を脱いだ。思えば、格子付きの窓とはいえ、開けっ放しにしていたことが不注意だったのだ。ブラジャーまで外し、白いパンティだけの姿となったわたしは、外からやって来る爽やかで涼しい空気の中、床に桶を置き、手ぬぐいを絞った。ほのかな灯りをたよりに、日中かいた汗を拭いた。首筋、肩、腕、腋、そして胸へと……


 一度、手ぬぐいを絞りなおすと、わたしは立ち上がり、パンティの両脇に手をかけた。お尻や内股も綺麗にしようかと思ったのだ。


 “ガタッ……”


 全裸になったとき、窓の向こうから音がした。それと同時に視線を感じたわたしは、慌てて部屋着をとり、身体を隠した。


「誰ッ……誰ですの……?」


 わたしは訊いた。見ると、血走った眼が格子の間からわたしの裸を覗いていた。嗚呼、なんて恐ろしい……焼けつくような視線で素肌を犯された恥辱よりも恐怖のほうが勝るものだと今、知った。


 “美しい……”


 男の声で眼が言った。いや、実際に語っているのは口だろうが、わたしには、そう見えた。


 “その身体の美しさ、俺は知っているぜ……”


 臆病者のわたしには、こんなとき大声を出す度胸はない。その眼が運んでくるかの如き冷ややかな夜風に固められた氷像となり、立ちすくむことしか出来なかった。数十秒か数分ののち


 “伝説を聞いたことがあるんだよ……”


 再び眼が語りはじめた。空気同様の冷たい声である。


 “この世が動乱するとき、天は女神を遣わす、という伝説さ。その美しい裸は戦士たちの肉体を鼓舞し、魔法使いたちの精神を高揚させ、僧侶たちの禁欲すら崩壊させると聞く。てめぇはそんな女さ……”


 下品な口調……なにを、なにを言っているの?


 “たった今まで、そんな伝説を信じちゃいなかったが考えなおすぜ。みなぎってきたんだよ、てめぇのその、身体のせいでよォ……!”


 荒ぶる男の声に身の危険を感じたとき、わたしは堰を切ったように悲鳴をあげた。


「どうしたのかね、マリアちゃん!?」


 駆けつけてくれたおとなりのご主人の声が玄関から聴こえた。戸をどんどんと叩く音がする。


 “いいものを見せてもらったぜ。眼福ってやつだ。あばよ、女神……!”


 わたしの裸を覗いていた眼は、そうとだけいうと、闇夜の何処かへ消えた。それでも震えがとまらない。恐ろしさに涙があふれた。


 この夜の出来事が、わたしの人生を大きく狂わせることになる。自身が持つ“力”と“宿命”を知るのは、しばらくたってからのことだった。











 ひと月ほどのち……季節でいえば晩秋にあたるこの時期、ここサツマの国はニホン列島の最南端にありながらも、やはり涼しくなる。そろそろ長袖でもひっぱり出そうかしら、と思いはじめていたころ、わたしこと“マリア”はいつもと変わらぬ日常……つまり、馬車に揺られながら、王立の女子学校に通う毎日をおくっていた。


「マリアさん、ごきげんよう」


 馬車の上で学友の少女たちが夏服からのぞく手を振ってくれた。来週から合服へと切り替わるので、彼女たちの半袖姿を見るのは今日までである。


「ごきげんよう、また来週」


 下車したわたしは、あいさつを返した。すると、停まっていた馬車が動き出す。サツマ産の屈強な二頭の巨大馬は、人を十数人乗せた幌付きのワゴンをいとも簡単に牽引する。飼いならされた交配種であり、道を覚えさせられているため、運転者はいらない。暴走したときのために馬車には戦士様がふたり同乗しているが、有事など見たことはない。“スクール馬車”とは、いたって快適な乗り物である。


 夕方の、ややひんやりとした涼しい風を受けながら、石畳の道をてくてくと歩いてゆく。周辺周囲に店々が軒を連ねるここは小さな商店街で、この時間も賑やかなものだ。人が多い。


「マリアちゃん、マリアちゃん……!」


 野菜店のおばさんに手招きをされた。子供のころからの知り合いだ。


「どうだい?学校は、もう慣れたかい?」


 おばさんが言った。


「ええ、だいぶ……」


 わたしは答えた。王立の学校に通いはじめてずいぶんとたつので当然のことだが、気にかけてくれる人がいるというのは嬉しいことだ。


「そうかい、そうかい……その歳でひとり暮らしってのは大変だろうけど、頑張らなくちゃあいかんよ」


「おばさんも、おひとりではありませんか」


「あら、あたしゃいいんだよ。あんたと違って逞しくできてるからねェ」


「わたしも、体は丈夫に出来てますわ」


「それならいいんだけどねェ……お爺ちゃんが死んで天涯孤独になっちまったあんたを見てると不憫で不憫で……」


 おばさんはハンカチを取り出し、目のあたりを拭った。こうなると何か買わないわけにはいかなくなる。見事なセールスだった。


「これとこれと、ついでにこれをくださいな」


「あいよ、毎度あり」


 おばさんは手さげの籠にたまねぎとキャベツ、そしてセロリを入れてくれた。この籠は明日、通りがかりにでも返せばいいものだ。


「今夜はスープでも作りますわ」


「そりゃあいい、体をよくあっためてからおやすみ。そろそろ夜も冷えるからねェ」


「はい。では、ごきげんよう……」


 おばさんにぺこりと頭を下げ、わたしは家路へとついた。











 煉瓦造りのわたしの家は、住宅が密集している地にある。周囲の家々同士の間隔は狭く、道は細い。幼いころ両親に先立たれたわたしは、この家で祖父に育てられた。だが、その祖父も昨年亡くなり、今はひとりで暮らしている。寂しいと思うひとときがあったが、近所の人たちは優しく、孤独感はあまりない。平日は学校に通っており、家のこともするので多事であり、週末の長閑さは、むしろ楽しみになっていた。


「お祖父様、ただいま帰りました」


 玄関脇の小棚の上にちいさな額縁入りの写真がある。そのなかで、にっこり微笑んでいる祖父に帰宅を告げ、わたしは洗濯場へと向かった。今日から当分、出番がなくなる夏服のブラウスとスカートを脱ぎ捨て、薄い水色のブラジャーとパンティだけの格好になると、そのまま自室へ向かった。行儀が悪いが、ひとり暮らしだからできることである。そんな姿で歩くと、湿った肌が次第にさらさらと乾いていくように感じられる。気持ちよかった。


 部屋に入ったわたしは、そのままベッドに倒れ込み、うすがけ布団を被った。少し疲れたので休むことにしたのだ。下着だけの、はしたない格好で寝てしまったが、これもひとりだからできることである。あっさりと眠りについたわたしが次に目を覚ましたとき、壁時計の針が夕方の六時十五分をさしていた。カーテンの向こうは、既にうす暗い。


「まぁ……もう、こんな時間……」


 つぶやいてから起き上がり、クローゼットの中から取り出した薄いシャツと、たっぷりとしたくるぶしまでのパンツを着ると、わたしは玄関に向かった。買った野菜を置きっぱなしだったと思い出したのだ。


 “こんこん”


 誰かがドアを叩いた。丁寧なノックである。


(誰かしら、こんな時間に……?)


 あやしく思い、わたしは首をひねった。こないだのことが脳裏をよぎる。裸を覗かれた、あのときのことが……


「どちらさまですか?」


 わたしは、おそるおそる訊いた。


「サツマ騎士団の者です」


 来客が返答した。なんと、若い女の声である。女の騎士は珍しくないが、意外なのも事実だ。やはり男社会だと聞いている。


 わたしは、ドアに取り付けられている長方形の木片を横にずらした。その下が小さな窓になっており、そこから外を覗いた。立っているのは、たしかに女だ。彼女は襟元をつまみ、こちらから確認できるようにバッジを見せた。身分証明になるものである。すこし安心して、わたしは玄関を開けた。


「夜分、おそれいります……」


 と言ったその女騎士と対面して驚いた。女といっても、わたしと同年代くらいの少女ではないか。見た目は、まだ幼さを残しており、栗色の髪を後ろでひっつめている。だが騎士だ。腰に長剣を佩いている。


「騎士様……どういった御用ですの?」


 わたしは訊いた。それに対し、彼女はこう答えた。


「お迎えにあがりました、ヌードモデル様……」

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