ep.6-5 デートみたい


 結局、アレから頑なに口を閉ざしたトウセイの要望は聞けず、行き当たりばったり、足の向かうままに散策してみることになった一同。


 ルミナが「やりたい!やりたい!」と飛び跳ねた射的では誰も的を倒せず、ルミナが地団太を踏んだ。

 なにやら「一目惚れした髪飾りなのよ」とか、どーたらこーたら、ぶーぶーとルミナは言っていたが、ソカロが「よっし…俺がもう一回やってくるよ!」となけなしの財布を握りしめたので、ルミナは慌ててそれを撤回し、初っ端から散財するというルートは回避できた。


 オリオンが思わず見とれてしまったのは模型がずらりと並ぶ屋台だった。

 一見、なんの模型かも分からないような、丸っこいフォルムのナニカをいたく気に入ったようで、オリオンは財布から大枚をはたいて「ナニカ」を購入した。

 周囲の奇異の眼をものともせず、オリオンはいたって平常通りの眠たげな表情を変えなかったが、すこぶるテンションを上げていたようだった。

 

 ソカロが目を輝かせて飛びついたのは、広間で行われている大道芸だった。

 噴水広場はなにをどうやったのかド派手にライトアップされており、この一連のイベントを取り仕切る「イドラ」って儲かってるんだなあと一同は感心させられた。

 火を噴く男に、その炎を魔法のように形を変え、広場に配置された点火台へと飛ばす美しい女性も、ひとつ動作を取るだけで観客に笑いを起こす滑稽なピエロ三人衆も、湧き上がるリズムも、熱気も、その場のすべてを魅了していた。

 決して上等なステージがあるわけでもない野外の広場だが、ここは最高の空間に違いなかった。





一際大きな拍手が起きて、パフォーマンスは幕を閉じた。

 宙を舞うコインをシルクハットで器用にキャッチする芸人たちをその場に残し、ざわざわと流れ出す人ごみに押されて四人も歩を進めるが、ちょっとでも気を抜くと人の波にはぐれてしまいそうだった。


「オリオン~~っ」


 一人離されていく距離に、ルミナが困ったような声を上げれば、オリオンは人ごみを楽しんでいるソカロに何やら話しかけて、ちょいちょいとルミナを指した。その動作に「?」を浮かべるルミナだが、一際大きな人のうねりに押されて思わずたたらを踏む。

 急いで視線を上に戻すもオリオンの姿は見えない。トウセイも、目立つはずのソカロでさえ見当たらない。

 はぐれちゃったなあ~とルミナが肩を落としたところで、その肩を抱く感触。ばっと顔を上げれば、背後にこちらを見下ろすソカロの眩しい笑顔。


「! っカロさ、」

 瞬間、ぼっふーと真っ赤になるルミナにソカロは満面の笑みで応える。

「迷子になったらいけないからね!」

 ソカロの言葉にルミナはコクコクと頷くと、火照った顔を見られないように急いで俯いた。置かれた手の感触に肩が熱い。ああもう心臓が出そう。ルミナは急回転する自分の思考に振り回される。

「お、オリオンたちは……?」

 肩にソカロの手を置かれたまま、流れに沿って二人は歩いているのだが、このままだと完璧にはぐれてしまうだろう。

 はぐれた時の合流場所も決めてなかったな、と心配したルミナだったがソカロの方は特に気に留めた様子もなく、周囲の店――主に食べ物を売る露店にキラキラとした目を向けている。

「んー、とにかくルミナが一人ぼっちではぐれちゃったら大変だし、俺、とにかくこっちに来ちゃったんだよね!」

 名残惜しげにトウモロコシの屋台から目を離したソカロがルミナを優しく見下ろして微笑む。

「でも大丈夫だよー! オリオンは頭いいし、迷子になっても帰れるよ!トウセイもいるし!」

 ソカロの言葉にルミナは「それは私が一人では帰れないみたいな…」と複雑な気持ちになる。

「城へ帰るくらい一人でも余裕です…。ソカロさん……」

 聞こえないように漏らして、うう、と唇を噛むルミナだったがソカロの次の言葉に思わず呼吸を忘れてしまった。


「ルミナはかわいー女の子だからね! ひとりにしたら危ないんだよ!」


 その言葉にぎゅううううっと胸が締め付けれて、まるで無理やり奥まで物を詰め込まれたような感覚に、ルミナは叫びたいのを一心に堪えた。いま口を開きでもすれば「ぎゃああおおおおっ」と、乙女の口からは発したくない雄叫びが飛び出しそうだった。

 ああ、でも!いま!いま、ソカロさんは私を……かっ、『かわいい』と言った…?!

「うぼっ」

 漏れそうになった歓声と一緒に興奮で鼻血まで出てしまったら困ると、高速で鼻も口も押さえたルミナは、溢れ出す喜びをなんとか自分の身体に押し留める。

 ぷるぷると震える肩にソカロが不思議そうに首を傾げたが、なにか言われる前にと、ルミナは「気のせいです」と先手を打ちソカロの質問を封じた。


「そっかー! あ、ねえルミナ、帰る前にちょっと寄り道しようよ!」

 純粋すぎるほどあっけなく納得してくれたソカロは、ルミナの肩から手を離すと明るい調子で提案する。

 もちろん、ルミナは高速で頭を縦に振った。なんてことだろう、夢じゃないわよね。これって二人きりで、これって、これって――


「でーと、みたい……」


 ぽそりと呟いたルミナは、自分の言葉にまたしても顔を真っ赤にした。

 ルミナの言葉が聞こえなかったソカロは、「行こう」と手を差し出す。

「こっちの方が歩きやすいし、迷子にもならないね」

 差し出された憧れの人の手に、ルミナはゆっくりと手を伸ばす。

 指先に触れたソカロの掌は思ったとおり温かくて、なんだか嬉しさに泣きそうになるのだった。


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