ep.6-3 保証と誓い


 一方、燃える覚悟を己に向けるブレイのことを、ソーマは冷静な瞳で見据えていた。言葉よりも雄弁に語る、その生意気な炎雷の視線。

 十五歳なんて、ただのクソ生意気なガキでしかない。大勢の狡猾な官僚たちを相手に、虚勢を張りながら大勢の為に小事を摘むと宣いながらも、結局は青臭さの抜けない、生ぬるいやり方を中途半端に続ける自己満足の為政者。とはいえ、自分には関係のないことだと、ソーマはその甘さに目をつむりながら、黙殺し続けてきた。

 しかし、それでもこの東の地を束ねる地位に就き続け、その地位を維持し、更には父の暴虐を秘匿しながら、為政を行い続けた彼の頑なさ。意地の張り方。

 この子供が行ってきたことは、別段褒められたことではないが、それが逆にソーマの興を買った。

 そして、いままさにこちらを射殺さんばかりに瞠る、開き切った瞳孔。

 ――おもしれえ、とソーマは眼を開く。


「…っは、んな泣きそうな顔で言ってんじゃねえよガキが。テメーが心配してるようなことは、アイツにはしねえよ」

 ニヤニヤといつもの調子で返せば、サッと表情を変え、憤慨した様子でブレイは反論する。

「なっ泣きそうだと?!誰がだ、誰が! 大体貴様の言葉は信用ならん! ではこの前ルミナの首に手をかけたのは、なんだと言うのだ!貴様が同じ行為に及ばない保証はどこにあるっ」

 ひとつ返せば十にも百にもなりそうな勢いに耳を塞いで、ソーマはべろりと舌を出した。

「アーッうっせえ、うっせえーー。……あん時は気の迷いっつーか、ちょっと遊んでただけだっつーの」

 ボソリと言い訳がましく呟いたソーマだったが、うまい弁明を思いつけないことに段々とイライラしてきたのか、グルル…と喉を鳴らして終いには「アァ゙ーー!」と頭を掻きむしって叫ぶ。


「とにかく!やらねーっつってんだろーが! やらねーったらやらねえんだよ!保証なんかねえよ!クソ!」

 ソーマのその態度にブレイも眉尻を吊り上げて反論する。

「ぎゃっ逆ギレか?! 貴様っ自分の立場を分かってものを言え!」

「説教か?!あ゙ァ゙ーん?! そんなん、俺を見下ろせるようになってから言いやがれ、このクソチビ!」

「だっれがチビだっ! この!」


 ムッキー!という幼稚な効果音が似合いそうな、低レベルな舌戦がしばし交わされ続けたが、小康状態になったところでブレイは肩で息をしながら人差し指をビシッとソーマに突きつけた。


「…では誓え!約束しろこの僕に! 『ルミナに手は出さん』と!」


 突きつけられた人差し指と、はーっはーっと肩を上下させながら相変わらず見上げる格好になっているキレ顔の少年に、ソーマは「は?」と口を開けた。

 小賢しい子供の提案にしては、あまりにも稚拙だろう。


「………」

 この発言にどういう意図が潜んでいるのか、ソーマは足りない脳を絞って考えてみるが何も浮かばない。その間に痺れを切らすようにブレイがもう一度叫んだ。


「誓え! なんだ貴様、誓えないのか!」

 またしてもギャーギャー言い出しそうな気配にソーマは慌てて口を開いた。

「いや、つか『誓え』って…。てめー、こんなことでいいのかよ『保証』とやらは」

 疑いをもたれている身ながら、ソーマはブレイの発言に逆に不安を覚えたのだが、当の本人は「いい!」と言い張っている。そんなブレイの脳裏には、ソーマにじゃれついて快活に笑い声をあげているルミナの心底楽しそうな姿が過っていた。

 そして城のバルコニーにて、思いに耽る自分の元へセレノに帰還したルミナにかけられた言葉。


 『ねえ、ブレイにもいい護衛ができて本当によかったわ』


 口にして嬉しそうに笑んだ、ルミナ。

 ルミナは普段、ソーマに対して肯定的な言葉は絶対に口にしなかったが、つまり、ルミナに「も」信頼に足る人間が傍にいるということだった。

 ソーマという人物のことをルミナは信じているのだ。

 トランジニアでジェニイロ邸へ潜入したときもそうだ。ルミナは絶対にソーマを置いて行きはしなかった。そして――。

 ギリとソーマを睨み付けながらブレイは口を開く。

「……僕がっ、貴様の言葉を信じて約束してやると言っているんだろうが…っ!」

 

 そして、ソーマもまた、ルミナの期待に応えなかった時はなかった。

 トランジニアの襲撃で取り乱したルミナを咎めたのも、落ち着かせたのも、ソーマだった。

  

「誓いを破った時は、――いや破ろうとする片鱗でも見せてみろ。僕は必ず気づくからな。ルミナを裏切るような真似は絶対に許さない」


 フン、と言い放つとブレイは突きつけた指を乱暴に振り下ろす。

 その一連の様子を瞬きしながら見ていたソーマは、どうやら完全に毒気を抜かれてしまったらしい、と苦笑する。言葉ばかり冷酷に言い放ってみせても、やはりこの少年の考えは甘い。――本当に甘い。


「じゃあ、俺もとりあえず黙っててやるよ。テメーの大事な秘密を」

 ソーマはニヤリと実に腹の立つ笑みをブレイに見舞ってやった。




 此方を見下ろす、可愛げの欠片も殊勝さもない赤毛に不満はあれど、いつもの様子に戻ったソーマの態度にブレイは安堵を覚えたのも確かだった。

 多少、口を引き攣らせながらもブレイは最後にもう一度念を押す。

「……王に内通していたのはお前ではないんだな?」

 その言葉にソーマはフンと鼻で笑う。

「だから言ってんだろーが。なんでアレクセイを横殺った野郎の手助けなんかを俺様がしなくちゃいけねえんだよ。寧ろ殺してやりてぇっつてんだろ」

 ソーマの物騒な発言に「そうか、」と返してブレイは背を向ける。

 

 頬に当たる風が冷たい。

 こちらを見るソーマの視線を背中に感じながら、そのまま城内へと足を踏み出したブレイは再び考える。


 ソーマではなかった。

 ――では、一体誰が?



 

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