5. 興味

『お前が最後にみた野郎をみつけたよ、清佳のこと問い詰めてやったらまず否定しやがった。あの野郎、許さねえからかなり少々痛めつけてやったぞ。それでも、知らない、なんて泣きやがる。他の仲間と一緒にコンビニに行ってる間に野郎のマンションから消えたって言ってた。それが本当かどうかは俺は知らねえが、あの野郎、清佳が殺されたことは分かってたらしい。だったらまず、警察に出頭することぐらいはするだろが?』


メッセージの内容はここまでだった。

溜息がでる。

まるで私が責められているような気がした。

バスが停まり、いつものように私は他の生徒達と外に吐き出された。

校門を抜け、校舎に近づく。

いつものように他の生徒達の談笑で賑やかになってくる中、私だけが時の止まった空間に取り残されているように思えた。

清佳は当時、どこに消えてしまったのだろう。

私に電話を掛け続けたのはその後だったのだろうか?

消える、という言葉にふと思い出した。

教室内での携帯電話の使用は禁止されている。

トイレに入って、清佳がいつか生前に送ってきた画像を開いた。

彼女から私に送られてきたメールだった。

「清佳……」彼女の映られている姿に思わず発した声が震えた。

大学のサークルに参加した時の写メで、それは南国の海岸で撮られたもの。

男が3人。

女が、清佳ともう一人。

だが清佳が言うには、そのサークルは男4人のみ。

当時も、写メを撮った男と合わせて4人しかいなかった。

画像のなかの清佳達は皆、水着姿で彼女はビキニを身につけていた。

その楽しそうな清佳達から少し離れた斜め背後に女はいる。

初夏。それなのに何故か小寒そうな様子。

黒のジャケットに黒のロングスカートを履いた真っ白な顔の女がレンズに向いていた。

何度も見たのだけど、そのたび背筋が凍る。

背丈は170センチほどだろうか。

距離的な位置から考えて、165センチほどの清佳に比べ頭がひとつ抜きに出ている。

腰まで伸びた真っ黒な髪。痩けた頬。

画像でも判るほどの白く濁った上目遣いの両眼。

普通なら、あかの他人がたまたま映ったと考える。

清佳もそうに違いない。


だけど。


その女は、まるで彼女の姉、美野里にそっくりだ――――――


清佳は、私に証拠としてこの写メを送ってきたのだった。

撮った男がその写メに気づいたのが数日後。

彼は何枚分も撮りまくっていたらしいので、いちいち見直していなかったそうだ。

男がその写メに気づいて、清佳達にメールで発信したのがある日の深夜だった。

気味悪がった清佳は、よりによって私に送りつけてきたのだ。

私は、塾から帰ってきたばかりで心身くたくただった。

メールが届いたその後、すぐに携帯が鳴った。


――――――ねえ、画像送ったんだけどみた?


彼女の潜めたその声に私は、うん、と応えた。


――――――ピンクの亀のストラップをお土産に買ってあげたでしょ? 


恩着せがましそうに聞こえて、私は返事をしなかった。


――――――私、あの時の旅行で、何度も美野里にそっくりな女を見たんだよね。


まさか、と私は口にした。


――――――そう思うでしょ? だけどあの女、何度も私の視界に現れて消えたんだよ。


すぐに信じて貰えるように、電話をする直前に画像を送ったのだ。

おかげでその晩は、気分が悪くなって寝付きが悪かった。

そして清佳が亡くなるまでの数日間、彼女はこのことについて私に一言も口にしなかった。

あまり騒ぐと、美野里本人や母親にまで噂が広がり、家に居づらくなるからであろうか。

そうではなく、なんの変哲もないローカルなニュースのように単に一晩で忘れてしまったのか。

あっけらかんとした清佳の性格だと後者に思えないでもないが。

どちらにせよ、美野里の存在を知っているのは私とマサシ、そして他の中学の同級生数人だけ。

マサシが脅した相手は、恐らく写メを撮った男なのだろう。

送られた画像には、最後に見た男は映っていない。

もしかして。

当時何枚も撮った写メの中に、他にも美野里に似た女が映っているのでは?

そう思い、携帯画面に文字を入れる。

『その男のこと、もしまた会えるのなら、私も会ってみたい。どうしても確認したいことがあるから』

清佳の消えたなんらかの原因が、美野里にあると考えた。

そうなると、彼女が殺されたことに美野里がなんらか関係しているのでは?

なんらか、なんらか、と頭の中で繰り返す。

だけど、超常的な範疇のなかから事件解決に繋がる閃きに発展しない。

ムダに疲れる。

ほうっておけばいいか。

だけど。

ピンクの亀が揺れていた。

「清佳」再び、彼女の名を発した。

彼女がお土産を買う時は、私に対して“友情”という思いがあったのかな。

いつぞやのマスコミの人間が言ったように、確かに私達はタイプは違うけれど。

真逆といってもぜんぜん言い過ぎじゃない。

だけど。

清佳は、実の親に捨てられた孤独の身だった。

決して憐憫の情とかそういうのじゃない。

清佳が消えたとされるその晩に、彼女から何度も助けを求めた電話があった。

その事実が私の気持ちを揺らす。

彼女は私しか頼れなかったんだ。

なのに助けられなかった。


頬が濡れているのに気づいた。


私、泣いている?

清佳を失ったことで初めて泣いたのだ。

震えた指先で、マサシにメッセージを打ち返す。










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