3. 人格

私が清佳の遺体を実際見たのは、彼女が木の箱に入れられている時だった。

本葬。

弔問に訪れている人は少ないと思う。

他のクラスメート達や同じ中学校だった同級生、そしてマサシ。

テレビでよく目にする葬式ほど人はいないように見えた。

テレビといえば、事件性を物語るかのように報道関係の人たちが多くいた。

焼香の際、私は変わり果てた友人を目にした。

清佳は花に囲まれた、というより埋もれたと表現した方が正しいほど顔の部分のみを窮屈そうに見せている。

白く滑らかだった彼女の肌は硬く透き通り、まるでガラスで出来たビーナス像のよう。

だが顔にも切り傷を縫った痕が何カ所もあった。

その痛々しさを認めた瞬間、私は声にならない悲鳴を上げて目をそらす。

視線の先には、マサシが熱い鉄板の上で耐えてるような顔付きで涙を堪えていた。

彼だけじゃない。他の子達も彼女の死を悼んでいる。

わんわん泣いている子も大勢いた。

そんな、子供のように泣きじゃくる子達を尻目に私は焼香を済ませて外に出た。

義理の母親は目頭を押さえてはいたけれど、本当に泣いているのか判別できない。

血の繋がらない清佳の姉、美野里は終始うつむいたまま。表情が読み取れなかった。

いまの清佳の家族に悲しむ人間などいるのかいないのか、私には分からない。

だが清佳は殺されて、寂しい山の中に捨てられたのだ。

警察には、スポーツカーを運転した黒髪のオトコのことについて話したのだった。

遺体には服は着せられ財布も残された状態だったが、携帯電話だけはなくなっていたという。

ピンクの亀が揺れている。

友人の“遺書”ともいえる私宛のメールを開く。

文面はない。画像が1件分貼り付けてあるのみ。

最初に見たときはあまりに信じられず、なにかの見間違いだと思った。

その時、背後から肩を叩かれた。

驚いて咄嗟に携帯を閉じた。

振り向くと、目を腫らしたマサシが立っていた。

喪服姿。金髪やピアスが余計に目立っている。

「なあ、お前が最後に見たっていう、その黒髪のオトコだけどよ」

語尾に怒気を含んでマサシは言った。

「悪いけど、私、顔とかあまり覚えていないんだ」

私の言葉に、彼はチッと舌を鳴らす。

「くそっ! そいつが犯人に決まってる! ぜってー見つけてブチ殺したる!」

私は慌てた。

「ちょ、ちょっと、この場所でそんなこと」

「んなこと、かんけーねーんだよ! それによ! 本当の家族のいねー葬式なんかしたって清佳は成仏しねーんだよ!」

あまりの声の大きさにお坊さんのお経が止まる。

遺影に向かった弔問客が一斉に振り向いてざわつき始めた。

「は! オメーらなに見てんだよ! ブチ殺されてーか!?」

本当に頭の悪いオトコだ。

“猿顔”なんて猿に申し訳ない。

猿のほうがよっぽど利口だ。


コロシタイ―――――――――


マサシから逃げるように、斎場の敷地を出た。

空はどんよりと厚い雲に覆われている。

最寄りの駅は歩いて5分ほどだ。

時間がない。

「ちょっとー、待ってくださーい!」

間の抜けた声を耳にするや、スーツ姿の男二人が急ぎ足で私に歩み寄ってきた。

マイクを握った眼鏡の若いオトコと、大きなカメラを背負った中年風のオトコ。

「少しだけ時間いただけますか?」

すると、男女入り乱れた何人ものリポーターが一寸のうちに私を取り囲む。

何本ものマイクが私の顎に向かって突きつけられる。

葬儀の終わる前に、飛び出すように斎場を出た私は目立ってしまったのだ。

「クラスメートの方ですか?」最初に声を掛けてきたオトコが私に聞いた。

頷いてみせると、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

「清佳さんはどんな方でした?」

「清佳さんの交友関係は?」

「最近、清佳さんの気になる行動とか見受けられました?」

「清佳さんの成績は?」

「清佳さんは家族とはうまくいってましたか?」

ああ。五月蠅い。

これじゃ、何からどう答えて良いのか分からない。

「ごめんなさい、私、急いでますから」

本当だった。これから塾に向かわなければならなかった。

「少しだけ、少しだけ話を聞かせて欲しいの」

そう馴れ馴れしくそうクチにしたのは、けばけばしい化粧をした年齢の分からないオンナのリポーターだった。

「本当にごめんなさい、もう時間がないので」

私はマイクを押しのけて、大人の群がる隙間に向かって一歩足を進めた。

それでも、沢山のマイクは私の口元を追う。

「少しくらいいいだろっ」

私の背後で毒づいたのは、カメラを向けたデブで髭の濃いオトコ。

一瞬、頭に血が上るもなんとか抑え込む。

最初に声を掛けたオトコが声を上げる。

「聞く相手を間違えたな」

すると他の大人達も。

「ただのクラスメートだな」

「友達でさえないってことか」

「そうそう。清佳さんの身なりと比べると全然タイプが違うし」

「ごめんね、時間取らせたね」

最後に一人がそう言うと、サッとマイクが私の前から引いた。

私から去っていく大人達の背中。

早くしないと、早くしないと。

言われたままで終わって良いの?

追うのよ、追うのよ。

冷静な私が、獲物を見つけた獰猛な野獣であるもう一人私にそう命じているかのようだった。


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