第79話 ナナミの試み


 未だに火口は燻り、火山灰を含んだ煙をモウモウと吐き続けている。

 そんな中にポツンと浮かんでいる島。

 そう、その島は中空に浮かんでいるのだ。

 その仕組みは定かではないが、周囲には結界が張られ、中に入ると煙なんて全く存在しないのだが、周囲が煙で遮られている所為で、暗い室内の様な印象だ。


 その一軒家サイズの浮島の中央には、何時もの如く石の棺が置かれ、その中には左腕の骨が入っていた。

 それを見たカオルは何時のように寂しげな表情で前足を翳す。

 すると、左腕の骨は光の粒子となって消えていく。


『カオル、これであと二つなんだが......』


 彼女の作業が終わった処で、これまでずっと気になっていた事を尋ねてみようとしたのだが、彼女はそのまま倒れてしまった。


『お、おい! カオル!』


 棺の中に倒れ込むカオルを俺は慌てて抱き上げる。

 抱き上げたカオルの顎の下を指で撫でながら話しかけるが、全く反応が無い。


『ねえ、大丈夫なの? それにこの後はどうするの?』


 心配そうな声でミイが念話を飛ばしてくるが、取れる方法は限られており、その限られた中で最善と思われるのは、既に用の無くなったここから離れる事だと思える。

 故に、即座にその案を遂行する事にした。


『兎に角、火山を降りよう』


 そう言って、俺はカオルを抱いたまま火口から飛び立ち、火山の外部で待っているナナミの処へ戻る事にした。



 火山の山肌は、これって核の冬? と感じる程に灰で覆われていた。

 そんな中に破壊不可のテントが張られている。


「ただいま」


「おカエりなさいですです~」


「何か変わった事は無かったか?」


「ハイです~」


 どうやら、こっちは特に問題無いようだ。

 とは言っても、テントが半分くらいまで火山灰で埋まってるけどな。


 灰に埋もれているテントをアイテムボックスに仕舞うと、俺はナナミにカオルを預けて彼女を抱き上げる。

 そう、この状態なら歩くより飛んで降りた方が得策だと思えたからだ。


「うは~、スゴいです~。ワタシもソラをトぶノリモノをツクるです~~」


 あう......この様子だと彼女が空飛ぶアイテムを作るのも時間の問題だな。

 俺としては、それよりもサクラ沈黙アイテムを作って欲しいのだが......


 何とかしてサクラを黙らせないと、いつか大変な事になるのではないかと考えながら、平原まで戻ってくると、呼んだ訳ではないのに、ミラローズとキロロアが俺を目聡く見付けて走ってくる。

 てか、この二頭は未だに仲が悪く、お互いが身体をぶつけ合いながら走ってくるのだ。


「おいおい、少しは仲良くしろよ」


 今まさに喧嘩を始めそうな二頭に声を掛けると、二頭が驚いたような顔でこちらを見詰めてくる。


『ソウタ様、言葉がわかります』


『ああ~ん、ソータン。とうとう私の愛が伝わったのね』


 あぅ......彼女達の動きからして、どうやら始めの真面目そうなのがミラローズで、後から話し掛けてきた怪しそうなのがキロロアのようだ。

 これって、宝石合体でミイを取り込んでいる所為だろうか。

 不思議に思いつつ、合体を解除すると俺の目の前に、ミイ、エル、マルカ、ニア、キララ、サクラが登場した。


 すると、ミラローズが話し掛けてくる。


『あっ! 姉様、お帰りなさい』


『ただいま~』


 ミイは嬉しそうにミラローズの首を撫でている。

 どうやら、いつもこんな会話をしていたんだな。

 あれ? ミイを宝石から出したというのに、ミラローズの言葉が解る。なんでだ?


『どうしたの~ソータン!』


 てか、このキロロアが口にするソータンというのは俺の事だろうか......

 まあいい。それよりも、今は馬達の言葉が解る理由の方が重大だ。


 じゃれてくるキロロアの首を撫でながら、ミイにその事を尋ねてみると、彼女は簡単に答えを出した。


「精霊王と契約したからじゃないの?」


 そう言われると、そんな気がする。てか、行く前と今ではそれしか変化がないよな。

 という訳で、馬達と話せるようになったのは良いのだが、いや、あまり良くないかもしれない。


『ソウタ様に馴れ馴れしくしないでよ』


『いいじゃない、少しくらい。これだけら未通のお嬢ちゃんには困ったものだわ』


 そう、ミイとエルの喧嘩だけでも手を焼いているのに、ミラローズとキロロアの喧騒まで聞こえてくるとなると、もはや俺の脳内は崩壊するのではなかろうか。


「なあ、ナナミ。遮音のアイテムを作ってくれよ」


 この時ばかりは、猫耳の性能を恨めしく思うのだった。







 雲が物凄い速度で流れている。


「うきゃーーー!すご~いの!」


 キララが大はしゃぎで周囲を眺めている。

 だが、よく見ると雲が流れている訳では無い。


「た、高いニャ~の! こ、怖いニャ~の! にゃ~は部屋に入るニャ~よ」


 そんな発言と共に、ニアが尻尾を巻いて逃亡した原因は、俺達が空高く飛んでいる所為だ。それも馬車でだ......

 何故なにゆえ、こんな事態になったかというと、これまた長い話になるので、掻い摘んで端的に話するなら、ナナミがミラローズとキロロアを天馬にしやがりました。以上。


 えっ!? 真面目に話せと......あぅ......


 実は、カオルが倒れて意識が戻らず、俺達は二週間ほど身動きが取れなくなった。

 というのも、次の目的地が解らないため、迂闊に移動できなかったのだ。

 その間、俺達は鍛錬に励んでいたのだが、ナナミは空を飛ぶアイテム作りに精をだしていたようだ。

 そして、完成したのが、「駄馬でも天馬ペガサス!」だった。


 そんな物を作りだすナナミは、もはや耳無し猫型ロボットとタメを張る性能だと言えるだろう。

 だから、今度から困った時には、ナナミもん! ナナミもん! と泣き付く事にしようと心に決めた。

 という訳で、そのアイテムが完成した時に、仲間の前でお披露目があった。


「これをツければ、ダバでもロバでもトべるのです~」


 そう言って、彼女は二頭の馬達の背中に大きな翼を取り付けた。

 それも、二頭の体色に合わせて、ミラローズには栗毛の翼。キロロアには白い翼を装着した。

 その途端、二頭から驚きのいななきがあがる。


『えっ!? 何これ! 身体がとっても軽いわ。まるで翼でも生えたみたい』


 ミラローズがどうして興奮しているのかは解らないが、翼が生えている事実を理解できていないようだった。


『あ~ん!これで私も天女の仲間入りね。ソータン~~、私と愛の逃避行をしましょうよ~』


 キロロアは、これまた訳の分からない事をほざいていたので、俺は即座に耳を伏せて聞こえない振りをした。

 ただ、そんな事よりも、ここで疑問に感じたのは、馬を二頭とも天馬に変えても、馬車が飛ばなければ全く以て意味がないということだ。


「なあ、ナナミ。ミラローズとキロロアが空を飛べても意味がないんじゃないか?」


 俺は持って生まれた素直な性格を前面に押し出し、恥ずかしがる事無く解らない事を即座に聞くことにした。

 すると、彼女は全く変わらない表情のまま、何故か胸を張っている。


 おいっ! それは止めろ! ミイが切れるから!


 思わず、ミイの前に立ちはだかり、ナナミの姿を隠そうとしたのだが、それも間に合わず、仕様通りにミイの表情が険しくなってきた。

 ところが、ナナミはミイの威圧感を全く気にする事無く、スラスラと話し始める。


「バシャはスデにカイゾウズみですです~」


 なんて手の早い奴だ。一体いつの間に改造したんだ?


「ハイです~。これでばっちりです~」


 慄く俺を余所に、ナナミは馬車の御者台に座ると、そこに新たに設置された台の上に手を置く。

 すると、馬車はスルスルと宙に浮かんで行く。


「ジュウリョクセイギョソウチ......いえ......テンのコバコです~」


 おいっ! 今、重力制御装置って言ったよな? あとで言い換えたけど、全くファンタジーに出てこない筈の名称を口にしたよな?

 くそっ、異世界ファンタジー観が台無しだぞ!


 そんな俺の心の声など聞こえる筈も無いナナミは、馬車の説明を始める。


「このテンのコバコはスイシンノウリョクがないのです~。だから、ミラローズとキロロアがこのバシャを引くのです~」


「凄すぎるわ。ねえ、私の背中にあの翼を付けたら空を飛べるのかな?」


 ナナミの話を聞いていた天然素材サクラが、天然っぷりを全開で発揮した。

 すると、ナナミは軽い調子で答えてきた。


「ハイです~。トべるのです~」


「やってみたい! やってみたい! ねえ、予備は無いの?」


「ヨビもあるのです~」


 大はしゃぎするサクラはナナミの答えを聞くと、直ぐに何処からともなく取り出された翼を背中に取り付けて貰っていた。

 だが、そこで大きな間違いに気付く。

 そう、このアイテムは「駄馬でも天馬ペガサス」なのだ。故に......


『あ~ん! なんで馬になるのよ~~~! 早く戻してよ~~』


 羽を装着した事で、天馬に変わったサクラが悲鳴のような嘶きを上げるのだが、その声は俺とミイにしか届かない。いや、ミラローズとキロロアにも届いているようだ。しかし、その二頭は敵が増えたとばかりにサクラを警戒している。

 そんなサクラ達を見て、マルカとニアがブルブルと震えながら、ナナミの恐ろしさを口にする。


「ナナミって危険だわ......」


「危な過ぎるニャ~よ......」


 そう、この事件が切っ掛けで、マルカとニアの二人はナナミが出す物を絶対に触らないようになるのだった。







 空の旅は中々に快適だったのだが、空を飛ぶ事の出来ないエルとニアは、恐れをなして馬車内のリビングに逃げ込んでいる。

 ああ、同じように飛べないサクラだが、この女はあれだ......何とかは高い処に上るというやつで、全く怖がらないどころか、キララと一緒になって喜んでいる。



 それはそうと、結局はペガサス事件から数日後にカオルが復帰した。

 あまりにも目を覚まさないので、とても心配したのだが、覚醒したカオルは思いっきり覚醒していた。


『な、なんだいこれは!』


 そう、その有様に覚醒したカオル本人が驚いていた......


『カオル、なんでまたお前まで翼を生やしてるんだ?』


『いや、僕にも解らないんだけど......でも、カッコイイかも!?』


 いやいや、お前は己が意思でその姿になってるんだろ? なんで解らないんだよ! それに、カッコイイって......軽すぎるだろ!


 そう、カオルは黒いカラスの様な翼を生やしていたのだ。

 そんな姿を見て、骨を吸収した副作用かと心配したのだが、俺は直ぐにピンときた。


「ナナミ。ちょっと来なさい」


 俺は手招きしながらナナミを呼んだのだが、彼女は知らん顔でリビングから出て行く。


 くそっ、間違いね~~! 犯人は奴だ!


 結局は、カオルもその翼が気に入ったらしく、お咎め無しとなったが、今後はサクラ以上にヤバい存在として見張る必要があるようだ。


 まあ、そんな出来事もあったが、無事にカオルが復帰したことで、俺達は目的地を知ることが出来た。



 という訳で、あれから早や一週間となるのだが、天馬の移動距離は半端なく、物凄い速度で進んでいる。


「ねぇ! お兄ぃ、あれじゃない?」


 マルカが教えてくれたように、これまでの流れを掻い摘んで話した処で、眼下に巨大な湖が見えてきた。


 そう、今回の目的地は大陸最西にある『最果ての泉』という場所だ。

 名前からしてかなりヤバそうな気がするのだが、カオルは何時もの軽い調子だ。

 だが、俺はもう騙されないぞ。きっと、とんでもない敵がいる筈だ。


『カオル、今回は何が出るんだ?』


『ん? 何も出ないよ?』


 カオルは俺の問いに対して何も無いと答えるが、そんなことがある筈がない。


『正直に教えてくれ。今回はどんな難題なんだ?』


『ああ、そう言う意味では、難題かも知れないね』


 ほれみろ! 絶対に簡単な事では無い筈だ。もし容易い事であれば、一番初めに向かった筈だからな。


『で、その難題とは......なん』


『ちょっと、待ちなよ。そこでオヤジネタを披露したら、間違いなく引っ掻くからね』


 ヤバイ、ヤバイ、危うくオヤジネタを炸裂させる処だった。


 カオルの言葉で焦りを感じつつも再び尋ねると、彼女は静かに告げてきた。


『今回は精神を試されるんだよ。だから、最弱精神の持ち主である颯太は、かなりピンチになると思う』


 マジかよ......それは本当に拙いぞ。自慢じゃないけど、このメンバで精神が一番弱いのは俺だと自負できそうだからな。


『さあ、泉が近付いてきたね。ナナミ、馬車を湖の真ん中にあるあの島に降ろしてくれるかな』


「ハイです~」


 カオルは、俺の返事を待たずして、ナナミに着陸を指示する。

 すると、ナナミは素直に応じて、馬車を湖に浮かぶように存在する島へと操作する。


 そんな馬車の上から眼下に見えてきた湖を眺め、これから始まる最悪の展開を想像して思わず恐怖するのだった。


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