第42話 沙也加の思考
無謀と呼ぶべきなのだろうか、それとも考えがあってのことなのだろうか。沙也加は続けざまの手に、困惑していた。
ふと、この前のこちらの無謀と紙一重だった対局の当てつけをしているんじゃないか、との考えがよぎる。
しかし実力が上のこちらが滅茶苦茶な打ち方をして勝つならともかく、格下の相手が滅茶苦茶な打ち方をして負けるのは、ただの考え知らずの手だ。
そんな思いも、打ち進めていくうちに改める必要が出てくる。決して投げやりな囲碁ではない。相手なりの意図があり、経験と知識に基づいた、勝算のある囲碁を打っているのだと気づく。
まっとうな展開で、まっとうに打っていった場合、実力差をひっくり返すような、まぎれが起きる可能性はごくごく低い。
けれども体験したことがないような特殊な状況へと持ち込めば、自分がミスをする確率も高まるが、相手がミスをする確率も増える。
どのように打つのが最も勝率を高めるのか、自分よりも強い相手との打ち方を知っている、と沙也加は思う。それとも、何も考えずに勘で打っているだけなのか。
いずれにせよ、嫌な相手なのは間違いない。
沙也加は夏実に対する認識を改める。
ただの未熟な一年生、というだけではない。真剣に相手の狙いを探る。
相手の目的は盤の中央に大きく陣地を作ることのように見えた。
それならば中央の陣地に対して、こちらは盤の隅や辺で確実に陣地を作って、まずは確実なリードを重ねる。
その後に、相手を取り囲むようにして出来た自分の根拠地から、相手の中央の陣地へ目がけて四方八方から攻撃を加える。それが沙也加が思い描く、今回の対局プランだった。
碁盤の中央に陣地を作るのは、非常に難しい。守るべき場所が多く、一つや二つの手ではとても隙間をふさぎきれないからだ。
相手に大きく陣地を作られないようにしながら、自然な流れで誘導し、気が付くと攻められなくなっているという、対局の流れをコントロールする高等テクニックが必要になる。
それだけの技量がある相手には見えなかった。けれども万が一ということがあるため、勝利の芽を丹念に摘み取っていく。
浮いている相手の石を狙って攻撃を仕掛ける。ヘタな応手をすれば、そのまま中央へと食い込み、相手の陣地に致命的な一撃を食らわせられるように、勢いよく一手を繰り出す。
夏実が沙也加の一手を、軽い手でいなそうとする。そんな形でいけるものか、とさらに踏み込もうとした所で、初手に置かれた天元を再度確認する。
ここのやりとりを数手先まで読むと、中央に向かってシチョウアタリが利いているために、攻め立てようとすれば、かえってこちらが不利になりそうだ。
思い返して、一歩引いた手を打つ。
やはり簡単な対局ではない。相手の思い通りになってたまるものかと、必死に先を読む。
シチョウ、とは石を囲んで取ろうとした時に、相手の石が逃げ出したところを追いかけて先回りしていく、追いかけっこのような動きで、相手は碁盤が続く限りは逃げられるのだが、結局端まで到達した時に石を全部取られてしまう形だ。
ところが逃げていく先に、自分の石があって追われて伸びていった自分の石が、その置いてあった石とくっつくと、相手が追いかけることができずに、石を取られずにすむ。その逃げる先にある自分の石をシチョウアタリという。
天元のように盤の中央にある石は、四方八方から伸びた際にぶつかりやすいため、シチョウアタリとしての価値は大きい。
やはりやり辛い、と沙也加は思う。叩き潰そうとしても、のらりくらりと逃げ回られる。
けれどもそれも時間の問題だ。無理に無理を重ねた結果として、相手の形勢は悪く、こちらのミスがなければ陣地の差は厳しくなっている。
どれだけ頑張ろうと、全ては無駄なのだと、相手に分からせたかった。
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