第38話 進むべき道
互いに生きようとする石と石のぶつかり合いは、一手ごとに大きくうねり、いずれが残るとも分からない目まぐるしいシーソーゲームとなっていった。
そこで打たれる一手一手と共に交わされる言葉は、相手への賛辞と生きることへの肯定。倒すか倒されるかの、殺伐とした攻め合いのはずが、まるで正反対のメッセージを送り出す。
そして不思議なことが起こった。互いに全力を尽くした結果として、どちらかの石が生きるか死ぬか、それだけしかないと思われていた盤面に、互いの石が生きる道が出現したのだ。
戦うことと生き抜くことは矛盾しない。たとえ限られた椅子を奪い合う競争だったとしても、その戦いの中で人は成長できる。
夏実は先輩に言われてから、ずっと心に引っかかっていた。どんなに仲の良い友達だとしても、共にプロを目指す以上はライバルであると。狭き門であるプロの世界は、一緒に手を繋いで入ることができないくらい厳しい世界で、相手なんかいない方がよかったんじゃないかと、そう思ってしまうのだと。
けれどもそうではない。ただ仲良くなれ合っているだけではたどり着けないが、互いに厳しく切磋琢磨し、命を響かせるような研鑽の結果として共に生きる道がありえると、対局が教えてくれた。
優子ちゃんと共に、そんな道を歩めるのだろうか。可能性が示されたことに、胸を震わせる。
最後まで立派に打ち切りたい。夏実はこの対局が台無しになってしまわないように、真剣に打ち続ける。
互いにこれ以上打つところがないことを確認し、終局になる。
互角の勝負だった。盤上を一見しただけでは、どちらが有利か分からないほどの接戦になっていた。
終局になった場合、お互いの陣地を数えて多い方が勝者となる。
たいていの場合、そのままではあちこちに陣地が分かれており数えるのが難しいため、整地と呼ばれる作業を行う。
整地は、そうしたバラバラになっている陣地を石を並べ替えて、十や二十といった数えやすい単位に直していく作業だ。
整地の際に、相手の石を囲んで取っていた場合はその奪った石を相手の陣地を埋めるのに使える。
夏実と優子が間違いのないように気を付けながら整地作業を終える。
陣地の広さは碁盤に引かれた線の交点が、陣地の中にいくつあるかを数える。陣地を数える際の単位は目で、交点一つにつき、一目と呼ぶ。
互いに陣地の広さを数えていく。
黒の優子の陣地は三十四目、対する白の夏実の陣地は三十目あった。
これで勝負は決した。ここから先に結果が覆ることはない。
「……負けました」優子が負けを認める。
囲碁にはコミと呼ばれるハンディキャップがある。
どうしても黒から先に打つというゲームの性質上、黒の方が陣地を多く作りやすく、白番を持った方が不利になるために盤面の陣地に加えて、白番はハンデとして六目半の陣地をもらえる。
結果として夏実の陣地はコミの六目半を足して、全部で三十六目半。白の二目半勝ちになった。
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