第35話 幕間

 夏実は何回も確かめる。その数字が間違いでないように。


 赤点のラインは四十点未満。そこを越えるか越えないかで、補修を受けるかどうかが決まり、大会に集中できるかが決まる。


 もらった答案用紙に並んでいる点数は、すべて四十点以上。赤点を免れた。


「夏実ちゃん、やったね!」様子を見ていた優子が、本人以上に嬉しそうにする。


「優子ちゃんのおかげだよ、本当にありがとう……」


「私はアドバイスをしただけで、夏実ちゃんが頑張ったからだよ」優子と夏実は二人で手を取り合って喜ぶ。


「あら、夏実さんも無事にテストを終えられたんですの?」


 対局室の前で喜び合う二人を見て、麗奈が声をかける。


「えへへー、見て見てー、赤点取らなかったんだよー」夏実が、誇らしげに答案用紙を掲げる。


「良かったですわね。私もこれで、ライバルに対して余計な気兼ねをすることなく、存分に戦えるというものですわ」


 麗奈はよくやった、という風に夏実の頭を撫でて賞賛の言葉を口にする。


「二人はいつの間にライバルに?」優子が仲良く会話する夏実と麗奈を見て、疑問を口にする。


「この前の対局で、夏実が勝ったから麗奈ちゃんとはライバルなの」


「あれはたまたまミスがあっただけで、次に打つときは同じ失敗は繰り返しませんわ! だから勝ちを預けているだけで、決して負けたわけではないですの」麗奈がムキになって反論する。


「言い訳しちゃダメだよー、勝負は勝負だもん」


 夏実の挑発に、麗奈が怒って夏実を追い回す。ぐるぐると走り回る二人を見ていた優子に声がかけられる。


「ごめんなさい、どいてくれる?」騒ぎを意に介さない、冷静な声音がする。対局室の扉をふさぐように立ってしまっていた優子が慌てて動く。


「あ、すいません」優子は謝りながら、声の方へ顔を向ける。そこにいたのは沙也加で、いつもと変わらないポーカーフェイスだった。


「沙也加先輩……」


 夏実が逃げ回るのを止めて、沙也加をじっと見る。立ち止まった夏実を見て、麗奈も我に返って子供っぽいことをしてしまったと、顔を真っ赤にする。


 対局室の中へと入っていく沙也加を見送りながら、麗奈が感想を漏らす。


「今回の優勝候補の筆頭ですわね」


「ランキング戦での成績では、中等部で一番上だもんね。順当にいけばそうなるね」優子が冷静に分析する。


「戦う前から負けるかもしれない、と考えるのはよくありませんわ。私たちだって、まだ対戦していないだけで実力は分かりませんもの」


 麗奈の話に、優子が夏実をちらりと見る。この中では、夏実だけが沙也加と対局経験があった。


 夏実は真剣な眼差しで、沙也加が入っていった対局室を眺めていた。


「あたし、もう一度対局したい」夏実が静かにつぶやく。


 前は届けられなかった言葉、伝えられなかった思いをもう一度ぶつけたいと思う。


「その意気ですわ、私たちの実力を見せましょう」


「さあ、私たちも入りましょうか」三人は対局室に入っていく。学内囲碁トーナメントは一週間後に迫っていた。

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