第23話 思索にふける放課後

 夏実が転入してから二週間が過ぎ、学園生活にも慣れ始めてきたある日の放課後、夏実はいつものように優子を対局に誘おうとした。


「ごめんなさい、今日は部活があるから」優子が申し訳なさそうに断る。


「優子ちゃん、部活やってたんだ」夏実が驚く。


「うん、月に二回ぐらいだけなんだけど文芸部に入っていて。夏実ちゃんも、何かやりたい部活動はないの?」


「囲碁の部活動ってないの?」


 毎日のように、囲碁と学校の勉強に追われていたから、そんな選択肢があることを失念していた。放課後、部活動に励んでいるクラスメイトを見ることはあったが、自分とは別だと思い込んでいた。


「囲碁の部活動はないの。プロを目指すために学校に入っている人は、アマチュアの大会に出ることが出来ないから」優子が首を横に振りながら説明する。


「そうなの?」夏実はその辺りの細かい事情には詳しくなかった。


 優子からの説明によると、中学生・高校生の囲碁の大会はアマチュア扱いになるために、囲碁専攻の生徒たちは参加することが出来ず、部として活動している人はいないらしい。


「まあ、部活動にしなくても、普段からやっているようなものだしね。わざわざ作ろうとする人もいないみたいだし。あ、そうだ。夏実ちゃんは文芸部を見学してみる?」優子の問いに、夏実は首を傾げる。


 文芸部というのが何をする部活なのかあまりピンときてなかったが、どうにも自分には合わなそうだと思う。


「もっと色んなものを見てから考えてみる。ありがとね」


「うん、分かった。それじゃあ、私部活に行くね」二人は、手を振って別れる。


 人生の、生活の全てが一つの物事に向かっているわけではないことは知っている。優子とはクラスメイトで、ルームメイトで、一緒に囲碁を打ったりするが、それでも全ての場面で一緒にいられるわけではない。


 熱心にアニメを見たりする趣味に、全部付き合えるわけでもないし、互いに趣味や一人の時間というのも大切にしたいと思う。


 けれども、どこかで寂しさを感じる。ずっと誰かと一緒にいることが当たり前だったから、不意に一人になった時に戸惑う。


 今日は対局室に向かわずに、校内を巡ってみよう。そんな気分になった。




 夏実は校内の敷地を一人で歩く。放課後になったこの時間は部活動が盛んで、威勢の良いかけ声や楽器の音が響きわたる。


 不意に自分一人だけが、何もかもから取り残されたような寂しさを感じる。空を見上げると、黒い雲が出始めて夜には雨を降らせそうな雰囲気だった。


 ゆっくりとしていると、自分が目指す場所に至れないのではないかという怖さに襲われる。


 自分には才能なんかなくて、いつしか魔法が解けるみたいに、夢から覚めるみたいに積み重ねてきたものが全部なくなって、どこへ向かえばよいのか分からなくなるのではないかという、漠然とした不安を抱く。


 もちろんそんなことはなくて、波が寄せては去っていくように、じっとこらえていればそんな気持ちも消えていくのだが、去っていくまでは辛さがある。


 誰かともっと繋がっていたい。一人になれば嫌でも自分と向き合わざるを得ない。何かゲームでもするか、買い物にでも行って気晴らしをする。そんな選択肢もあるが、本当の解決にはならないことを経験から知っている。


 転入とそれに伴うばたばたした日々は本当に良かった。余計なことを考えるヒマもなく、毎日を過ごすのが精一杯だった。向き合うことを避けていた喪失感が襲ってくる。


 おじいちゃんはもういない。一緒にいるのが当たり前で、ずっと共にいられると無邪気に信じていられた頃に戻りたい。


 大人は遅々とした歩みで、少しずつ老いていくだけなのに、気がつけば、あたしはこんなにも背が伸びて大人にも並びそうになっている。


 なのに心は変わっていない。野山を走り回っていた子供の頃のままで、無理をして大人のふりをすることも出来ず、けれども子供としての居場所を確かに失われていて。世の中には、大人になれる人となれない人がいるのだろうか? そんなことをぼんやりと考えながら歩く。

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