第9話 過ごしていく場所
夏実と分かれた優子は寄宿舎に戻った。門限の二十分前なので、結構ギリギリの時間だった。
寄宿舎とは、このリンドウ女学園の敷地の中に建てられた学生寮で、遠くから通っている生徒や、スポーツや音楽、囲碁や勉強など特定の活動に専念するために厳しい生活をしようとする生徒などが入居している。
優子は両親や兄などが海外に転勤、留学などをする際に自分はどうしようかと考えたのだが、海外生活をする不安と、父の影響で始めた囲碁が好きだったこともあり、この寮に入って生活をしようと決心した。
親元を離れて生活するのは何かと不安だったが、一月を過ぎ次第に生活に慣れてきていた。
この寄宿舎は一階と二階が食堂や浴室、勉強室などの共同スペースになっており、三階以上が各生徒の部屋になっている。
通常は生徒が二人一組で一部屋を利用するのだが、人数が余っていたためたまたま優子が一人で部屋を利用していた。
階段を上がり部屋の前まで来たところで、いくつかの段ボール箱が部屋の前に置かれているのが見えた。何だろうと思って確認すると、どうやら引っ越しの荷物のようだった。
「あら住谷さん、ごめんなさいね。手違いがあったみたいで、連絡が遅くなっちゃったみたい」
優子に声をかけてきたのは寄宿舎の管理をしている、寮母さんだった。人の良さそうな世話好きおばさん、といった感じだがどこか天然なところがあった。
なんでも優子が今使っている部屋に、ルームメイトが引っ越してくるのだが、色々手違いがあって優子への連絡や荷物の搬入が遅れてしまったらしい。
このタイミングで引っ越して来るというのは、もしかしてと優子は思った。
「ああ、優子ちゃんだあ!」聞き覚えのある声がする。見ると、階段を勢いよく駆け上がってきたのは、朝から何かと付き合いのあった少女だった。
「夏実ちゃん? もしかしてこの部屋に引っ越してくるのって・・・・・・」
「うん! 今日からここでお世話になるんだけど、もしかして優子ちゃんもここで暮らしてるの?」
「暮らしているどころか、この部屋なんだけどたぶん、一緒になるみたい」優子が状況から推察する。話を聞いた夏実は、信じられないという風に部屋と優子を何度も見比べる。
「え、一緒に暮らすルームメイトって、優子ちゃんなの! やったあ、これでいつでも囲碁の話が出来る!」
「あはは、そうだね。それより荷物運ぶの手伝うよ」
夏実はありがとう、と礼を言いながら、部屋の中へ二人で段ボール箱を運び込む。
寄宿舎生活では、暮らしていくために必要なものは大概が備え付けられてあるもので足りるため、個人の荷物として持ち込むものは衣類や歯ブラシ、コーヒーカップといった小物などが中心でそれほど量も多くはなかった。
部屋の中は縦に長い長方形型の造りで、真ん中を境として対照的な構造となっていた。入り口の扉側に荷物を置くための棚があり、そこから奥にいくとベットが置かれおり、端の窓側には机があるシンプルな構造。
それが二人分あり、広いとは言えないが生活をしていくのは十分なスペースだった。
夏実は物珍しそうに、部屋の中を見渡す。
「引っ越してくるって知ったのが今だったから、部屋の中片付いていないけど……」優子が恥ずかしそうに告げる。
朝出かけるときに慌てていたのか、教科書やノートなどが机の上に散らばっており、ベッドも乱れたままになっていた。優子が慌てて片付け始める。
「あたしも片付けるの苦手で、よく怒られていたから気にしないでいいよ」夏実は話しながら、ダンボール箱から荷物を取り出し始める。
片付けながら、優子の本棚に並んだマンガ本に目を止める。
「マンガ、好きなんだ」夏実が本棚を見ながら尋ねる。
「うん、変……、かな?」優子が恐る恐る聞く。
「そんなことないよ。あたしだって、ゲームとか好きだし。ほら」そういって箱の中から携帯ゲーム機やら何やらを取り出す。
どうにかうまくやっていけそうだ、と優子は安堵する。親元を離れての、慣れない共同生活に苦労する者は多い。イジメに近いことがあったり、神経質な相手との生活で、物音を立てないように気をつかった、という話を聞いたことがある。同室の相手との相性は、寮生活で一番の関心事だった。
次々と荷物を片づけていく夏実を手伝いながら、優子は提案する。
「そういえば、お風呂の時間が終わりそうだから、そろそろ入らないといけないね」時計を見ると夜の七時を過ぎていた。
「ここのお風呂って、どうなってるの?」
「それぞれの階にシャワー室があって、それも使えるんだけど二階に大きな浴室があるから、せっかくだしそこに行ってみない?」
「何だか温泉みたいで楽しそうだね」優子の提案に、夏実が目を輝かせる。
ここの寄宿舎では、一階と二階部分が共用スペースとなっており食堂や浴室、ラウンジや勉強室などが置かれており、寮生活をしている者が自由に使えるようになっていた。
食事や入浴には、厳密なルールによって利用時間が定められており、入浴は部活動などで遅くなった生徒を除き夜の八時までと決まっている。
共同生活というのはルールによって成り立つものだ。
生まれ育った生活環境や習慣が違う人たちが、何も考慮せずに暮らせば衝突は避けられない。余計なトラブルを回避するためには、予めルールによって習慣を規定するのが有効な選択肢であると。
「そうと決まったら、タオルや着替えを持っていかないと」
「おっきいお風呂なんて久しぶり、楽しみだなぁ」夏実ははしゃぎながら準備をする。
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