盤上ダイアローグ
リェロン
プロローグ
あたしたちは無言で語らっていた。
言葉の代わりに紡がれるのは石。白と黒に彩られたそれは、何よりも雄弁に互いの気持ちを伝えていた。
相手が碁盤の上に、カチリと音を立てながら白い石を置く。あたしもそのメッセージに応えて、碁盤の上に黒い石を置く。
盤の上には数多くの石が並べられ、一つの模様を描き出している。二人で織りなす共同作業、それは決して一人では作り出せなくて。
場は静寂に包まれている。相手の息づかいが聞こえてきて、互いの呼吸が心臓の鼓動までもが同期しているみたいだ。
こもった熱気が、フル稼働している冷房さえも寄せ付けず、汗が背筋を伝って落ちる。
対話とは、人が人である限り、人が他者と関わろうとする限り、必然的に行われる。自分を相手に分かって欲しい、相手のことをもっと知りたいという欲望によって駆動される行為。
言葉ではうまく出来なかった。行為の代償として、時には相手を、自分を傷つけてしまう。誰だって痛みからは逃れたいものだし、それ以上に何かを損ねてしまうことを恐れる。
だからあたしは囲碁で語り合う。ゲームというルールの枠組みの中で、互いの存在を確かめ合う。あたしがここにいて、相手がそこにいる。その事実を確かめるだけで幸せを感じられる。
それだけじゃない。置かれる石の軌跡には、かつてそこにあった存在を思い出させる。今、ここで作り上げられるものは、きっと長い修練の結果としてある。
互いの手から出て、盤の上で結実したその形は、私が殺したはずのおじいちゃんの姿を浮かび上がらせていた。
優しくも厳しかったその姿は、今でも目を閉じれば鮮明に見える。たかがゲームに過ぎない、と誰かに言われたことがある。けれど、そのたかがゲームがこんなにも尊いものだと伝えたい。
この対局の機会を与えてくれた、この場所に来た時のことを思い返していた。
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