第4話

綺麗な三日月を見ながら月見酒にいそしんでいた更夜の背中に小さな声が掛かる。

「……………………更夜さや……?」

「…………仁? どうしました?」

「……………………何でも、無い……」

「嘘、ですよね? 仁は無駄な事は嫌いでしょう?」

更夜は振り返ってかすれた声で己の名を呼んだ、青年に微笑みながら呼び掛ける。

『仁』と呼ばれた青年は少し身体を震わせた後、消え入りそうなか細い声で、言いながら更夜の傍にペタンッと体操座りして顔を伏せた。

「……………………夢、を…見て……更夜達が、居なくなる…気が、して……」

「大丈夫です、私達は仁を置いて消えたりしません。だから、安心して下さい」

「……………………そう、だよな…? 更夜達は、消えたり…しない、よな……?」

「ハイ。絶対に仁を置いて消えたりしません」

更夜は小さく震える華奢な背中を優しくさすりながら微笑んで頷く。

更夜のその言葉を聴いて、仁は安心した様に息を吐いて、体操座りの体勢のまま微かに寝息を立て始めた。

すやすやと眠る仁の頭を優しく撫でながら、更夜はお猪口に注いだ酒を煽った。

「……………………まだ、忘れられないのか……あの記憶が・・・・・…………」

「………………ン、ぅ……」

「……………………仁は強いからなぁ…けど、独りで抱え込むのは……辛い事だよ、仁…………」

気持ち良さそうに寝息を立てる仁を撫でながら、更夜は呟いた独り言は闇夜に浮かぶ三日月に届く前に風に消えていった。

「……………………破間の街ココにも、哀しい事実は溢れてるなぁ……」

「…………更〜夜〜仁知りませんか…って此処に居たんですね、部屋に居ないと思ったら……」

「……………………極夜。仁がどうかしたの?」

更夜は廊下の奥から現れた二十代前半位の男性に問い掛ける。

「あ〜……イヤ何でも無いんですけど、仁のヤツ今日軽く咳き込んでたから………」

「成程……そろそろ季節が変わるし、体調崩すかもね…元々身体が丈夫な子では、無いし」

「ですね…季節の変わり目は仁の思い出したく無い、過去の引き金トリガーですしね……」

「そうなんだよなぁ……コレばかりは、流石に僕は優しくしてあげる事しか、出来ないからねぇ…………」

『極夜』と呼ばれた男性は少し言いづらそうに言う。

「取り敢えず此処に居たら風邪を引きます。部屋に戻りましょう更夜」

「そうだねぇ〜……戻ろっか」

「…………と言うか、今まで見てて思ったんですけど。お酒呑み過ぎですよ更夜……」

「月見酒だよ月見酒〜」

はァ〜ッと重くて長い溜息を一つ吐いて、極夜は仁の華奢で細い身体を抱え上げる。

仁は最近食が細くなっている。季節の変わり目になると、何時いつも一口二口しか口に運ばない。

更夜曰く身体がついて行って無いらしい。「心の奥底ではまだ縛られてるからだろうね〜……」

と更夜が言っていたのが心に刺さった。

仁は重過ぎる過去ゆえか全て自分で背負い込んでしまう所がある。

傍から見ればもっと頼っても良いと思うのに……全て自分の中に溜め込んで吐き出す事を知らない。

溜まりに溜まった過去汚泥は次第に仁を蝕み、更に絡め取っていくにも関わらず……。

「もう仁は、楽になって良いのにね……」

「そう、ですよね……? もう独りで抱え込まなくて良いのに……」

「本人も努力してるんだろうけどね…まだ心の整理が付いてないのかも、ね……」

「心の、整理……」

布団に寝かせた仁を見て極夜は呟く。

更夜は仁の頭を優しく撫で、話を打ち切るように言った。

「…………そろそろ僕らも寝よっか、仁が起きちゃう」

「そうですね、寝ましょうか」

「うんじゃあ御休み極夜」

「御休みなさい更夜」

挨拶を交わして二人は布団に潜り込む。龍忌堂の夜は月明かりに照らされながら沈んでいった。

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