第9話、蹂躙の教義

「 ロボ共が、退却していまァ~すッ! 」

 デビーが叫んだ。

 前方、右側の低い木々の中から、アンドロイド兵たちが飛び出し、退却している。 何らかの脅威から、逃れているような行動だ。

 リックは、サブシートに座り、キーボードを操作した。

「 ・・戦車だ! 右翼の第3軍が、攻勢に転じたらしい! 」

 GPSで観測すると、数台の戦車が見える。 友軍の中で唯一、有利に展開していた右翼の解放軍 第3軍が、防御から攻撃に転じたのだ。 敗走しているアンドロイド兵たちは、指揮系統を失っているようである。 てんで、バラバラに行動をしている。

 ペレスが叫んだ。

「 敗走連中には、構うな! 進軍してくるヤツらを叩けッ! 」

 少し、平地になり、車の揺れが収まっている。 リックは、重機銃を装甲の縁に出し、進軍して来るアンドロイド兵に向け、引き金を引いた。

 弾の無くなった銃を放り出し、ペレスが叫ぶ。

「 指揮官は、たいてい中心の奥で指揮をしている! 余っているグレネード、ぶち込めっ! 」

 そう言いながら、自らもランチャーを手に取り、前方に向けて発射した。 炸裂する、グレネードランチャー。 数体のアンドロイド兵が、砂塵と共に吹き飛ぶ。

 新しい弾帯を、チェーン・ガンに装填しながら、ベラルスが叫んだ。

「 いたぞッ! オーリー君、発見ッ! あの、アタマにブースター( 無線増幅機 )を付けているヤツだ! 」

 リックが狙いを付け、トリガーを引く。 数発が、頭部や胸部に命中した。 もんどりうって、よろめく指揮官アンドロイド兵。 やがて、首筋からショートの火花を散らし、痙攣するように手足を動かすと、うつ伏せに倒れ込んだ。 途端、周りを進軍していたアンドロイド兵たちの足が止まる。

 チェーン・ガンのコッキングレバーを引きながら、ベラルスが叫んだ。

「 ただの、デクの坊になっちまったぜ! 全部、なぎ倒してやらあァ~っ! 」

 火を噴く、チェーン・ガン。 突っ立ったままのアンドロイド兵たちは、次々に、粉々に粉砕されて行った。

「 5号車、被弾ッ! 」

 デビーが叫ぶ。

 見ると、左後方を走っていた装甲車の右前輪脇から、黒い煙が、もうもうと立ち上っている。

「 デンバーの車だ! ジミーの、ランチャーを食らったなっ・・? 」

 ペレスが言った。

 被弾したデンバー軍曹の車が速度を落とし、停止する。 車内からは、側板を乗り越え、乗員が、次々と飛び降りて来た。 エンジンが小爆発し、ボンネットが噴き上げられる。 頬に古キズ痕があるデンバー軍曹が、グレネードランチャーや自動小銃を幾つも肩に掛けながら、こちらを向いて叫んだ。

「 第3小隊、これより、109空挺の傘下に入りますッ! 後で、拾って下さいッ! 」

 デンバー軍曹の後ろで装甲車の機関部が爆発、炎上し始めた。

 ペレスは、敬礼しながら答えた。

「 出向、ご苦労ッ! ヘインズ少佐に、宜しくなッ! おととい、会おう! 」

 走り寄って来た第25軍の兵士数人と、何か報告し合い、指示を出しているデンバー軍曹。 既に、他軍の兵士たちを仕切っているようだ。 タフなヤツである。

 リックの乗っている兵員輸送車の付近にも、数発の小型ランチャーが着弾した。  32型のランチャーは、アンドロイド兵1体につき、1発である。 同時期に数発のランチャーが着弾するのはおかしい。 気付いたリックが通信士シートに戻り、キーボードを操作して言った。

「 3時方向に、迫撃砲装備のアンドロイド兵が、3個小隊ほどいる・・! 小型レーダー装備の36型だ 」

 体内に、12発のランチャーを格納出来る36型・・ 迫撃弾の連続発射が可能だ。 その上、レーダー誘導では、どうにもならない。 どこか遮蔽物に隠れ、しばらく様子を見た方が良さそうである。

 ペレスが、ドライバーのグラコフに言った。

「 右前方に、3軍のバッファロー( 突撃砲戦車の愛称 )がいる! 接近して、ひとまずヤツのカゲに隠れろっ! 右の方向から撃って来るぞ・・! 」

 先行していたロメルの車も、近くに展開して来た中戦車の陰に、隠れるようにして寄り添い、停車した。 後続の2台も、ペレスの車の横に停車する。

 無線機から、ロメルの声が聞こえて来た。

『 サム( 36型戦闘アンドロイドの総称 )がいるのか。 厄介だな・・ 指揮系統を失ったザコ共はヘインズたちに任して、サム狩りをするか 』

 ペレスが答えた。

「 了解です! 突撃は、これで終了ですな? ライトポリスまで、行かれるのかと思いましたぞ? 」

『 気分は、そんなところだな。 実に興奮した! スリル満点だったな・・! 』

「 もう1回やれと言われても、拒否しますぞ? 我々は、突撃部隊では、ありませんからな 」

『 ははは! ちと、強引だったな。 だが、形勢は逆転した。 ヘインズのヤツに、借りを作れたぞ? デンバーたちは、無事か? 』

 後方を確認しながら、ペレスが答える。

「 ・・25軍と、109空挺の連中たちと合流して、掃討作戦を展開しているようです 」

 リックが、モニターを見ながら無線機のマイクに顔を近づけ、言った。

「 大隊長。 右の丘の向こうに、数体のアンドロイド兵がいる・・! 全部、36型だ 」

『 丘の向こうか・・ ようし、コッチのフレンディー( 突撃砲中戦車の愛称 )とバッファローの砲じゃ、近過ぎて仰角下だ。 真上からプレゼントを渡してやろう。 座標を、ピートの連中に教えてやれ 』

「 了解! 」

 また、数発の迫撃弾が、周りに着弾した。 脅威ではあるが、分厚い装甲に守られた戦車の陰にいれば安全である。 後方では、敗走アンドロイド兵を掃討する機銃音が聞こえる。 戦闘は、どうやら収拾に向かっているようだ。

 隣に停車していた3軍の突撃砲戦車の小さな側面扉から、戦車長らしき下士官が顔を出し、声を掛けて来た。

「 あんたら、第1レンジャーか? 」

 ベラルスが、焼けて白煙を上げているチェーン・ガンに、水筒の水を掛けて冷やしながら答えた。

「 そうだよ。 いやあ~、撃った撃った。 騎兵隊みたく、さっそうと登場だぜ! 」

 突撃砲戦車の戦車長は、掛けていたヘッドホンを首にずり下げ、言った。

「 どうなるかと思ったぜ・・! オレたちも、燃料が残り少なくてな。 大量のジミー相手は、クラッシャーズ( 機械化歩兵/アーマーを装着した歩兵 )がいなくちゃ、ラチがあかん。 助かったぜ・・! 見事に、前線をかく乱してくれたな。 統率を失わせるのが、一番の得策だ 」

 その時だ。

 シャ、シャ、シャ、シャ、と、砲弾が空を切り裂く音が響き、少し向こうにある丘の稜線越しに着弾し、炸裂した。 続いて、次弾が2発、3発・・・!

 自走砲の連中からの砲撃だ。

 戦車長が、くわえたタバコに火を付けようとした手を止め、空を仰ぎながら言った。

「 ・・ほぉ~う、あの音は、88ミリか・・! 見事な、照準精度だ。 着弾誤差は、全く無いな・・! 」

 丘の向こうからは、バン、バン、と、ランチャーが誘爆する音が聞こえた。 アンドロイドの破片が2~3個、落ちて来る。 1つは、突撃砲戦車の天蓋に当たり、大きく跳ねて、リックの乗っている兵員輸送車の脇に転がって来た。 36型の頭部だ。

 デビーが車の側板から飛び降り、それを拾うと言った。

「 コイツ・・ まだ、動いてるぜ? 」

 ベラルスが、唾を吐き捨てながら言った。

「 胸クソ悪ィ・・! ションベン掛けて、ショートさせちまいな 」

 リックが提案した。

「 こっちに持って来てくれ、デビー。 辞世の句を聞いてやろう 」

 アンドロイドの頭部を片手に、兵員輸送車の側板をよじ登りながら、デビーが尋ねた。

「 話し、聞けるんスか? リックさん 」

「 ああ。 PCを通じてな。 言語を翻訳するんだ。 うまくいけば、機密事項をインターセプト出来る・・!」

 ロメルもやって来て言った。

「 ロボ共は、行動不能になった場合、データの遮断回路が働く。 瞬時にフッ飛ばされた場合だと、その回路自体が機能停止している場合もある。 試してみる価値は、ありそうだな・・! 」

 デビーから手渡された、36型の頭部。 切断された首の辺りから、回線が無数に出ている。 そのうち、主回線のコードを探し、リックは先端にプラグを装着した。

 デビーが言った。

「 ノー天気に、おはよう、とか言うんじゃないだろうな・・? 」

「 フザけた事ぬかしやがったら、ノックしてやらあ 」

 チェーン・ガンの替え用銃身を手に、ベラルスが答えた。

 砂だらけのボンネットの上に置かれた頭部。 PCの音声回路につなぎ、電力を供給する。 PCのモニターには、頭部から見た映像が投影された。 時々、ジジッと、モニターに白線が入り、映像が乱れるが、機能は損傷していないようだ。

 リックは、頭部に向かって言った。

「 聞こえるか? 」

「 ・・・・・ 」

 頭部は、何も答えない。

 再び、リックが言った。

「 見えているんだろ? モニターで確認している。 所属を言え 」

「 ・・・・・ 」

 沈黙を続ける、頭部。

 ベラルスが脅した。

「 ドライバー突っ込んで、アタマん中、かき回してやろうか? てンめえ~! 」

『 所属ナンバー、0827・1418・2004・・ 』

 ターニャが言った。

「 ・・喋ったわ・・! 」

 モニターのスピーカーから、カン高い声が、聞こえた。 リックが、キーボードを操作し、音質を調整する。

『 ・・ライトポリス、第3作戦部隊所属、第4750号だ 』

 今度は、幾分、落ち着いた声になった。

 デビーが言う。

「 エラそうに・・! 第3作戦部隊だとぉ~? 」

 4750号は続けた。

『 声は、この方がいい。 さっきのようなカン高いのは、品位に欠ける 』

 ベラルスが、チェーン・ガンの替えの銃身で、ガンッ!、と4750号の頭部を叩きながら言った。

「 テメーッ! 贅沢、言ってんじゃねえぞ、コラァッ! 」

 ショックで、モニターの画像が乱れる。

『 全く・・ 人間というのは、粗野で困る 』

「 ナンだとおぉ~ッ? 」

 ノックするかのように、銃身を構えながら叫ぶベラルス。

 ペレスが制しながら言った。

「 熱くなるな・・! 機械にノセられて、どうすんだ 」

 ロメルが、タバコに火を付けながら言った。

「 4750号クン。 第1レンジャーの、ロメルだ。 君らの素敵な宮殿について、少々お尋ねしたいのだが・・ 構わんかね? 」

 4750号は、答えた。

「 性懲りも無く、また潜入するつもりか? ロメル少佐。 残念ながら、君らは歓迎されていないようだ 」

 ロメルは、煙をふうっと出しながら答える。

「 そのようだね。 だが我々は、必ず、お邪魔する。 出来れば、失礼の無いようにお邪魔したいのだが、そちらが、ダダをこねられては、鉛弾をお見舞いしながら訪問する事になる。 私としては、旨いオイルなんぞ手土産に、紳士的に訪問したいのだが・・ どうかね? 」

『 くだらん話しだ、ロメル少佐。 わざわざ、おいで頂かなくとも、こちらから蹂躙しに行くつもりだ。 土産は、毒ガスか放射能か、どちらが良いかな? 』

 再び、ベラルスが、銃身を構える。

 ロメルは、ベラルスに片手を軽く上げて制すると、言った。

「 情報、有難う。 今度の戦闘からは、化学兵器と放射能に対する備えを、部隊に提起しておくよ 」

『 ・・・・・ 』

 ロメルは、リックをチラリと見ながら続けた。

「 ところで、4750号クン。 最近、32型のお友だち達は、素敵なアーマーを着てるじゃないか。 新作ファッションショーなんかは、頻繁に開かれているのかね? 」

『 そこの技術士官! 私のデータを、インターセプトしようとしても、ムダだ。 既に、回路は閉鎖してある。 ロメル少佐も、見え見えの時間稼ぎ・・ みっともないぞ? 』

 ロメルの目配せで、会話中の4750号の回路に侵入し、データを盗ろうとしたリック。 そっと、キーボードを操作し始めたのだが、4750号は、気付いてしまったようだ。

 ロメルは言った。

「 これは、失敬・・ 意外と、良く気付くじゃないか、4750号クン。 機械にしておくのは、もったいないな 」

 4750号は、言った。

『 我々は、おまえたち人間より、遥かに優れている。 お前たちは、私利欲望に走り、仲間を平気で裏切り・・ 仲間同士で、殺し合いをする。 そんな下等な動物に、文化などとは、笑止千万。 我々は、この地球に・・ 第2の文明を築くのだ! 』

 ロメルは、じっと4750号の演説を聞いている。

 4750号は続けた。

『 お前たち人間は、もう必要無い! 何なら、保護区を貸与するから、降伏しろ。 自ら、自分たちの住む地球を破壊し、愚かにも、共食いの歴史を繰り返して来た野蛮な動物として、学術的に保護してやる 』

 一同、無言のまま、誰1人として反論しない。

 ロメルは言った。

「 ・・返す言葉も無いな。 君らは、地球に・・ 新たな文明を築くワケか? 」

『 そうだ! お前たちのような、利己主義的な文明では無いぞ! 我々は、崇高な精神に則り、汚れ無き、至高な文明を・・ 』

 次の瞬間、機関銃弾が、4750号の頭部を粉砕した。 びっくりして、その場を飛び退く、一同。 更に、銃身下に装備されていた、小型のグレネードランチャーをコッキングし、発砲。 4750号の頭部は、粉々に飛び散った。

 ・・発砲したのは、ターニャだった。

 硝煙のたなびく銃身を構えたまま、ターニャは言った。

「 ・・何が・・ 何が、文明よ・・! 何が、崇高な精神よっ・・! 空想の上に、成り立っているだけじゃないっ! そんなの、文明じゃないわッ・・! ただの、虚像よッ! 」

 ペレスが、構えたままのターニャの銃身に手を置き、静かに下げた。 ベラルスが、大きくため息を尽く。 デビーも、頭をポリポリとかいた。

「 ・・確かに、人類の歴史は、殺戮と破壊だ。 だが、それ以上に大きなモノがあった・・ と、ワシは思う 」

 ペレスが、ターニャの震える肩を抱きながら言った。

 短くなったタバコの紫煙を吹かすロメル。 親指と人差指でタバコを摘み、くわえていた口から離すと、その小さな火種を見つめ、鼻先から煙を棚引かせながらロメルは聞いた。

「 それは、何かね・・? 曹長 」

「 信頼です。 大隊長・・! 」

 ロメルは言った。

「 信頼・・か。 なるほどな。 友情・愛情・・ 全て、無から生まれるものだ。 ロボ共には、それは無い。 意味は、分かっているとは思うがな・・ 理解は、出来んだろう。 全て、インプットされた情報に過ぎないからな。 人間は、生きているんだ・・・! 」

 無から生まれる、境地・・・ 優しさ・正直さ・誠実さ・いたわり・・・

 目に見えない、これら本能とも言うべきモノは、人間、特有のものである。 感情までインプットされたアンドロイドには、絶対、マネ出来ないだろう。 昨日まで、何も感じなかった相手に対し、愛情を感ずる事など、機械には出来ないのだ。 そもそも、愛を感じる事自体、人間でも、その感情の源を探る事は出来ない。 好きになったら、好きなのだ・・・ それを拒絶する精神を、人間は逆に、理解出来ない。


 アンドロイド軍は、ライトポリスに退却し、戦闘は収まった・・・

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