第6話

 で、冒頭に戻る。


 ガタの来たパイプ椅子に腰掛け、オレはひたすら頭を抱えていた。


 伯父のパニックにただただ流されてしまったが、とりあえずトイレに行き、小便をすませて小部屋から出たとき、廃工場のがらんとした広さが頭上からのしかかってくるのを感じた。夕暮れが近づき、傾きかけた陽光だけが天窓から差し込んでいる。そこに、縛られた女の子とふたりきり、というシチュエーション。


 女の子のことより、広さとか薄暗さとか孤独感とかの方が強く迫ってくる。伯父がここで霊を見たとか言うのも、確かに信じてしまいそうだ。暗い気持ちになると、刑法二二四条未成年者略取および誘拐罪……なんぞという単語も頭に浮かんでくる。あぁ、やべぇ。


 どうしたものかと思っても、オレも閉じ込められた身だ。オレ個人の携帯電話を見てみたが圏外だった。他に連絡がつきそうな道具は持っていない。


 何もしない、できない、できるのは悩むだけ、という状況で、変わらない景色を眺めていると、よけいに気が滅入りそうだ。そうすると、どうしても目線が動くものの方に行ってしまう。……つまり、戒めを解こうともぞもぞ動いている紫子の方だ。


 お嬢様学校にしては丈の短すぎるスカート。艶のあるソックスと剥き出しの太腿。張りつめるブラウス。汗ばんで、透けて見える下着。


 そうしてじろじろ見ると彼女はなお恥ずかしいのか、なおもぞもぞと体に力を入れたり緩めたりしている。色白なので顔色が目立つとはいえ、不自然なほど顔が赤らむ。そんな動きや変化に、よけいに目が行く。これは好循環なのか悪循環なのか。


 その循環の中で、何度も目が合った。はじめは、このまま放っておいたらホントに夜叉か般若になるんじゃないかと思うくらい、気丈にこっちを睨みつけてきた。


 だが、次第に異なる変化が現れ始めた。視線の強さは変わらないのだが、ときおり、怒りよりも強い別の何かがこみ上げてくるようなのだ。そのたびに、頬の赤みが増して熱っぽい視線に変わる。スカートの裾にもかまわず強く身をよじり、切なげに「ん……っ」とうめいたり、猿轡のタオルを強く噛みしめたりする。


 回数を重ねるごとにより強い衝動に変わるようで、しまいには、眉根を寄せて薄涙を浮かべ、目で何かを強く訴え始めた。何を……してほしいんだ?


 オレはしばらく考えた。「むーっ!」彼女にいま、「んーっ!」何を為すべきなのか。


 ……オレは意を決して立ち上がった。横たわっている紫子に、一歩、二歩と近づいていく。そのすぐそばに、しゃがみ込む。


 そして、紫子の体に手をかけ、


 白い肌、朱に染まる頬に指をはわせ、


 ……猿轡を取った。


 とたんに、「トイレ! です!」やっぱりか。「早く! 手足も! 逃げたりしないから!」


 しかたねぇな。


 さっき入ったとき、トイレの構造は確認してある。一般家庭に毛が生えた程度で、一畳ほどの広さに洋式便座がひとつと小さな手洗い台があるだけだった。換気扇の他に外とつながるところはなく、鍵は壊れていた。逃げたり立てこもったりは無理だ。


 オレは戒めを解いた。彼女は脱兎のごとく個室へ駆け込んでいった。

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