三本目の尾
夜、一組の男女が、道を歩いている。
腕を組んで、何かを語らっている。とても仲むつまじい様子だ。
「へーそうなんだ」
「うん、そうなの。それでね……」
話はつきない。女性は笑顔で男性に話しかけ、男性がそれに応じる。
だがその会話がふと止まった。
「あれ? ……なんだろう、あれ」
「え? どうしたんだ?」
「ほら……あそこ。なんか、ちらちらって」
「ん……?」
男性が道の先を見る。
すると、奥の方がほんのり明るく、ゆらゆらと揺らめいていた。
「なんだ……?」
「や、もしかして、燃えてない? ほら、火じゃないかな、あれ」
「ほんとだ! やばい、火事かな」
「いってみよう!」
男女はかけだした。火事ならば、すぐに通報しなければならない。遠くに見える火に向かって駆け寄る。
だが、その足が止まった。
「え……ちょっと」
「うわ……え?」
「なんかあれ、近づいてきてない!?」
「!?」
男女は驚愕する。燃えていると思った火が、次第に近づいていたのだ。
それは確かに炎であった。だが、何かを燃やしているわけではなかった。
それは単に、ただ炎そのものとして、そこで燃えていた。
「――火の玉だ!」
「きゃあ!」
空中に浮かぶ人間大の炎を見て、男女は悲鳴をあげる。
そして、炎から逃げようと、後ろを振り返り走り出した。
だが、その逃走は失敗に終わる。
「うわあああ!」
「いやあ! 真司君!」
炎が、男性に燃え移った。
足をなめ、上半身をたどり、頭上へと、一瞬で燃え広がり、全身を炎が包む。
「いやだああ!」
「真司君! 真司君!」
男性は恐慌をきたして地面を転がりまわり、女性はその火を消そうと上着で男性の身体をはたく。
しかし、しばらくして。
「あ、あれ……?」
「真司君!?」
「この炎、熱くない……」
男性は炎に包まれたまま、呆然として立ち上がる。
全身を燃やされたまま、男性は平然と立っていた。
そして。
「あ……」
ふっと、炎が消えた。
男性の着ていた服も、少しも燃えていない。
何の変哲もない夜に戻ったその路上で、男女はぽかんとしてたたずんでいた。
「次のニュースです――」
「おはよー」
「あ、姉ちゃん。おはよ」
木城家のリビングで、ゆかりが朝食の席に着く。
テレビでは朝のニュースが流れていた。
「――市で目撃された怪現象です。3日の夜――」
「え? 怪現象?」
ゆかりはぼうっと聞き流していたニュースの単語に反応した。思わず、テレビに目を向ける。
「――火の玉を目撃したと言う証言が相次いでいます。中には火の玉に燃え移られたという証言もあり、不思議なことにその炎は少しも熱くなかったということです――」
「火の玉……」
「また姉ちゃん、首突っ込もうとしてんな?」
貴志があきれたようにコーヒーを飲む。
「だって。火の玉なんて、明らかに妖怪の仕業じゃない」
「なんかの見間違いかもしれないぜ」
「そうかなあ……。セン、どう思う?」
ゆかりの鞄にぶら下がったセンは、淡々と言った。
「今の話だけでは判断できぬな」
「そうだよねえ。やっぱ調べにいくしかないか」
「やっぱりそうなんのか……。危ないことはしねーでくれよ」
「はいはい。気をつける」
放課後、ゆかりは火の玉の目撃証言があった場所に来ていた。
「こうしてきてみたわけだけど……、でも、素直に出てきてくれるとは限らないよねえ」
「しばらく様子を見てみるしかないのではないか?」
「そうだね、その辺ぷらついてみようか」
ゆかりはしばし、そのあたりを歩き回った。
しかし、火の玉が出てくることはなかった。
「んん。今日は空振りかなあ」
「娘。何か捜索の助けになることは、にゅうすとやらで言っておらぬかったか」
「ええ? そうだなあ……。んー。……あ、そういえば」
「なんじゃ」
「目撃証言をしてたのは、ほとんどカップルだったらしい」
「かっぷる?」
「だから、ほら。男女の……恋人ってやつよ」
「なるほどな。ならば、こういう手はどうだ」
いきなり、センが人型をとった。
「ちょっと、セン!」
「問題ない。人目がないことは確認した。……ふむ。服装は、こんなものでよかったか?」
センは貴志と同じ制服を着ている。センの白髪金目の容貌と、高校の服装はなかなかのミスマッチだった。
「では、いくぞ」
さらりというと、センはおもむろにゆかりの手を握った。
「へ、ええ!? な、何するの!?」
「何、とは。恋人とはこのようなことをするのではないか」
「こ、恋人って……」
「恋人の振りをしておれば、怪異がでてくるかもしれぬであろう」
「あ、ああ……。そういうこと」
「そういうことだ。いくぞ」
センは平然と、手をつないだまま歩く。
はっきりいって、ゆかりは動揺していた。心臓の鼓動が早まっている。
何故と言って、センはかなりの美少年なのだ。完璧なまでに、整った容貌をしている。
外見年齢は14歳ほどであり、いささか年下とはいえ、その美少年と手をつないでいるという状況は、ゆかりを狼狽させていた。
(何考えてるの! センは妖狐なんだよ!)
だがつないだ手は温かく、伝わるぬくもりにゆかりの動揺は収まらなかった。
「来たぞ」
「!」
進行方向に、炎が見える。
まだ小さいが、それは次第に大きさを増していた。近づいてきているのだ。
センが手を離す。
それをごくわずかに名残惜しく思った気持ちを、ゆかりは気付かなかったことにした。
センが炎に駆け寄る。ゆかりは慌ててその後を追った。
火の玉とセンが対峙する。
「ふん……
センが飛び掛ろうと身をかがめる。
そんなセンに、炎が燃え移った。
「セン!」
「騒ぐな、問題ない」
センは平然としている。
「先だって戻った尾の力、試してくれよう」
センの白髪が、ざわとたなびく。
それは見る間に清らかな流水となり、ざばりと水の竜を生んだ。
水竜はセンを幾重にも取り囲むようにその身を滑らせ、ほとばしる水流が炎をかき削っていく。
ばしゃん! と水がはじけたとき。
炎はちろちろとしたわずかな残り火となって、地面に点々と落ちていた。
センがそれをひょいと拾い、ぱくりと丸呑みにする。
そうして火の玉はセンにたいらげられた。
「セン、今のは……」
「ふむ。三本目の尾では、水の力が戻ったようだな。他愛なかったわ」
「きれいだった。私が手を出す暇、なかったね」
「ならばそのほうがよかろう」
「え?」
「主は妖怪との関係に首を突っ込みすぎる。人の身体はもろいのだからな。弟に心配をかけぬよう、留意せよ」
「セン……」
言葉はそっけないものの、自分の身を案じたセンの言葉に、ゆかりは温かいものを感じた。
「ありがとう、セン」
「ふん」
ゆかりとセンが帰ろうとした、そのとき。
「きゃあああ!」
「!?」
突如、女性の悲鳴が響き渡った。
「セン、今の悲鳴は!?」
「向こうだ。いくぞ」
悲鳴の方向へ、センが駆け出す。
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