五行の力

「それは、正確にはいつ頃のことかな。きっかけとなるような出来事が、なにかあった?」

「それは……」

 ゆかりは思い返す。きっかけ?

 たしか、最初に出会ったのは溢鬼いつきで……。そのときあったことは……。

「セン」

 ぽろりと、口をついて出た。

「セン?」

「そう……センと会ってからよ。こんなふうに、妖怪と出会うようになったのは」

「セン、とは。この間も言っていたね。それはなに?」

「仙狐……といっていたわ。齢千年を超える妖狐だって」

「へえ?」

 青年の目がきらりと光る。

 ゆかりは慌てて釘を刺した。

「センに手を出したら許さないわよ! いい子なんだから!」

 構えを取るゆかりに、青年はふきだした。

「わかったよ、わかった。――そんなに力まなくても、君の物なら、なにもしない」

「別に私のものってわけじゃ……」

「ふうん。でも、仙狐……ねえ。それと出会ってから、妖怪とあう頻度が増した? 仙狐自体は妖怪を寄せるものじゃない。じゃあなぜ……」

「ちょっと……?」

 青年はぶつぶつとつぶやく。

「少し、興味深いな。調べてみるのも面白いかもしれない」

 青年は頷くと、顔をあげた。

「うん! 参考になったよ。ありがとう」

 にこやかに手を差し出す。

 握手を求めているのだろうが、ゆかりはどうもそれに触る気にはならなかった。

「……うーん。嫌われたものだね。まあいいか。そのうちまた遊びに来るよ」

 青年はひらりと身をひるがえす。

「そうそう。君のその力、せっかくもってるんだから、妖怪退治に役立てるといい。使えるはずだよ」

「役立てれば……って」

「それじゃあね!」

 困惑するゆかりを置いて、青年はさっさとどっかにいってしまった。

「なんだったの……」

 ぽかんとするゆかり。

 だが、時計を見てはっとした。

「いけない! 遅刻しちゃう! 急がないと」

 ゆかりは急いで自転車をこいで学校へと向かった。


「へえ、そんなことがあったの……」

「朝から、妙な気分だったよ」

 放課後、若木はるかに簡単に砂かけ事件が解決した報告をしたのち、部室でゆかりは絵美に今朝の出来事を話していた。

「ゆかりに五行の力、ねえ……」

「絵美、何か知ってるの?」

「五行自体は、知ってるわ」

「それってどんなもの?」

「そうねえ……」

 絵美は椅子に座ると、ゆかりにも席につくようにうながした。

「五行思想――または五行説というのだけれど。万物はもくごんすいの5種類の元素からなるという説よ」

「木・火・土・金・水……」

「そしてその五つの元素には、互いに相性があるの」

「相性?」

玉響たまゆらさん……といったかしら。その陰陽師も依然言っていたでしょう。金剋木ごんこくもく……と。それは相剋そうこくの関係を利用したものだわ」

「相剋?」

 ゆかりは聞き返してばかりだ。

「木は土に根をはり、土は水をせき止める。水を火を消し、火は金属を溶かす。そして金属は木を切り倒す――。そんな風に、相手を打ち滅ぼす関係を、相剋というの」

「……」

「順番に言うと、木剋土もっこくど土剋水どこくすい水剋火すいこくか火剋金かこくごん、金剋木――となるわね。その打ち滅ぼす、いわば力関係を、術に利用したものが、玉響さんが使っていたものだわ」

「……」

「おそらく、かまいたちは木の気を持っていたのでしょう。そのかまいたちに対し、金剋木を唱える――金で木を剋す――それによって、相手を滅ぼそうとしたのね」

「絵美……」

 ゆかりがうなった。

「なあに?」

「難しくて、よくわかんない」

「あら、まあ」

 絵美はおかしそうに笑った。

「それならそれでいいわよ。要はそれぞれに強い弱いの相性があるってこと」

「絵美はそんなこと良く知ってるねえ……」

「たまたま、本で読んだのよ。それより、ゆかりにその力があるというんだったら、妖怪への対処に役立つかもしれないわ」

「そんなこと言われても、私にはそんな力があるなんて自覚全くないし、どうやって使ったらいいのかもわからないよ」

「まあ、そうよね……。でも、玉響さんの言うことが本当だったら、これまでの連日の妖怪との遭遇も説明がつくわ」

「あの人の言うことを信じるの?」

「一理あるかもしれないと思うだけよ」

「一理ある、ねえ……」

 ゆかりは不審そうだ。ただの女子高生だった自分に、強い力があるだのなんだのと言われても。眉唾である。

「ゆかりに自覚がないんだったら、今は深く考えなくていいんじゃない? 幸いにも、そんな力が必要な事態にはなっていないんだし」

「なっても困るよ」

「あはは、そうよね」

 その日は依頼人がくることはなく、ゆかりたちは雑談をして過ごした。

「あ、そうそう」

「なあに? 絵美」

「ゆかり、今度の週末、暇だったら海に遊びに行かない?」

「海? たしかに今は海水浴シーズンだけど……急にどうしたの? 絵美、そんなに海が好きだったイメージはないんだけど」

「ええ。実は海辺の町で、親戚のおじさんが民宿をやってるんだけれど……。前々から遊びにおいでって、何度もお誘いを受けていて。でも、家族で行こうと思うと予定が合いそうにないのよね。それで、よかったらゆかりと遊びにいけないかなって」

「そういうこと。いいよ、週末だったら、暇だから。私でよければ喜んで」

「ありがとう。それじゃあ、朝9時に、駅で待ち合わせでいいかしら」

「うん、わかった。楽しみにしてるね」

 週末の約束をして、ゆかりと絵美は分かれた。


「へえ、じゃあ絵美さんと海水浴に行くんだ」

「うん。留守番、よろしくね」

「わかったけど……いいなー海。姉ちゃんだけ遊びにいくなんてずりー」

「じゃあ、あんたも一緒に行く?」

「いいよ……。姉貴と一緒に遊びにいくほど子供じゃねー。――にしても、海か。気をつけろよ、姉ちゃん」

「気をつけろって、何が?」

「最近、なんだか物騒だからさ。事故とか、合わないように気をつけてくれよな」

 貴志の言葉に、ゆかりはぎくりとする。

 ゆかりは妖怪を集めると言う、今朝の青年の言葉を思い出したのだ。

「大丈夫よ、何も起こらないって」

「だといいけど。念のため、センはつれてけよ」

「うん。そのつもり」


 そして週末。

 空は見事な快晴、絶好の海水浴日和だった。

「うーん、いい天気。やっぱり日頃の行いがいいからなあ」

「だとすれば、恵美さんの、だろ」

「それはあるかも」

 貴志は駅まで見送りに来ていた。

 そこに、絵美が現れる。

 帽子をかぶり、白いワンピースを着た絵美は、陽光の中で眩しく、美しかった。

「やっぱ絵美は絵になるねえ」

「何言ってるの。遅くなって、ごめんなさい。待たせちゃったかしら」

「ううん。今来たとこだよ」

「貴志君、久し振り」

「久し振り、絵美さん」

「今日はゆかりを借りていくわね」

「どうぞ。やかましい姉ちゃんでよければ」

「やかましいっていうな」

 貴志とのやりとりに、絵美は微笑む。

「相変わらず、仲がいいわね」

「そうかな」

「ええ、私は一人っ子だから。うらやましい」

「絵美さんみたいな姉ちゃんならよかったんですけどね」

「どういう意味よ、それは」

「だからそういうところが、仲がいいって言ってるのよ」

 絵美はくすくすと笑う。

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