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なだらかな丘陵地帯を埋め尽くす人間の兵士の数、およそ数千人。反対側から押し寄せる怪物たちの数はそれをさらに上回る。
美しい自然も、貴重な文化遺産もどこにもない。あるのは燃えさかる炎と渦巻く怒号。飛び散った血と、泥にまみれた死体だけだ。
人間たちは甲冑に身を包み、楯を片手に剣を振りかざして怪物と戦っていた。後方では弓を構えた部隊が並び、一斉に矢を放っている。他にも、槍を構えて突進する者、斧を振り回す者、魔術師らしきローブを纏い手の先から光を放っている者までいる。
一方の魔物側は、実に様々な姿をした怪物が入り乱れている。粗末な甲冑を身に着けたオーク。獰猛な肉食獣に竜のような巨大な爬虫類。空には翼竜に跨がった魔法使いが飛んでいる。
人間と魔物の雄叫びと悲鳴。刃物の響きと、矢が耳元をかすめる風切り音。凄まじい騒音が、意識を冷静にさせることを許さない。
広大な丘には木で組んだ柵や要害のなれの果てが、そこかしこで火の手を上げている。濛々と上がる炎と煙が、焼けた肉の香りを運んできた。
ちょ、ちょっと! 何だよこれ。マジもんの戦争じゃん! っていうか、リアル過ぎだろ! こんなん子供が泣くって! っていうか俺が泣きそうだ!
現実ではないと頭では分かっているし、そう自分に言い聞かせる。しかし、目に映る風景も、耳に聞こえる音も、体に感じる振動や風、香りまでもが、これは現実だと語りかけてくる。
こんな世界、過去にも未来にもあるはずがない。
社会科見学するような場所でもなければ、ましてや世界遺産であるはずがない。
確かに、場所を指定せずにログインして、場所を当てようと思ったよ? でも――、
俺は怒号渦巻く、血みどろの戦場を見回した。
こんなもん、当てようがねえ!
振り向くと、そこには妖気漂う禍々しい城があった。強固な城壁に守られた、真っ黒な城だ。継ぎ目と窓から漏れる赤い光が、血管と爛々と光る目を連想させ、城をまるで生き物のように見せていた。よく見ると壮麗なのだが、巨大な鬼がうずくまっているようにも見える。その圧倒的な存在感に、本能的な恐怖と戦慄を覚えた。
地球上のどこにも、あんな城はねえ。あるとしたら、映画かゲームの中くらいだ。
俺は確信した。これは事故だ。しかし緊急脱出の方法が分からん。
俺は空に向かってあらん限りの声で叫んだ。
「おおおおおおおい! 管理者聞こえてんのか!? 俺を普通の世界にもどしやがれえええええええええええ!」
すると、その叫び声に打たれたように、戦場全体が停止した。
――え?
人間も、怪物も、固唾をのんだ様子で俺のことを見つめている。
ひいいいいっ。こっち見んな! おしっこ漏れるだろうが。
その時、城の門が開いた。そして地響きと共に、新手の大軍が姿を現す。熊のように大きい奴もいれば、細身の猫のような奴もいる。だが共通なのは、目が爛々と光り、牙を剥きだして唸りを上げているという点だ。それは人の姿をした獣、魔獣の群れだった。
背筋がぞくりと冷えた。
――あいつらはヤバい。
本能がそう告げていた。
特に、先頭に立っている、あの男。
赤味がかった茶色の長い髪。その頭に犬のような耳が生え、ふてぶてしい笑顔の口元には牙が光る。その見た目は狼と人のハーフ、まさしく人狼。背後に控える魔獣とは格の違う、危険な香りを放っていた。
その鍛え上げられた筋骨たくましい肉体が、明らかに人間を超越した速度で戦場を駆けてくる。その後を追って、魔獣の群れも向かってきた。
「遅れんじゃねえぞ、てめえらぁああああ!」
「ウォォオオオオオオオオオオオオオオ!」
先頭の人狼の声に、遠吠えのような声で応える。
や、やべえ! ゲームだろうと何だろうと、怖いもんはこええ! 何だか、本当に命が危険な気がする!
俺は回れ右をすると、城とは反対の方角に向かって走り出した。
くそっ、何だってこんなことになっているんだ!? バグか? サーバーのエラーか? それにクラスの他の連中はどこへ行ったんだ? うちのクラス全員がログインしているはずなんだ! 何で俺だけこんなことになってんだ! あれか、ランダムにしたのがまずかったのか!? くそっ、俺も待ち合わせしとけば良かった! 相手がいないけど!
恐怖に震えながら後ろを振り向くと、妙にやる気満々のバケモノの軍隊が迫ってくる。
「王に続けェエエエ!」
「後れを取るなよォォオオオオ!」などと叫び声を上げて走ってくる。
もしかして、先頭のマッチョな人狼が奴らの王様なのか?
もう一度その人狼の姿をまじまじと見つめる。すると、俺が見ていることに気が付いたのか、にいっと口の端をつり上げて笑った。
おいおい! あれって、絶対俺を喰う気だろ! 喰われて死ぬって、嫌な死に方のかなり上位に入るぞ! 自殺するのにクマ牧場の中に飛び込んだ奴がいるって聞いたことがあるけど、まったく共感できねえ!
震え上がりながらも、唐突に気付いたことがあった。
――あの人狼、どっかで見たことあるぞ?
思い出せそうなのに、喉まで出かかっていて出てこない。だが、そんな疑問はすぐにどこかへ飛んで行ってしまった。
「あれは!?」
正面に人影が見える。
丘の向こうには人間の陣地があった。木を井桁に組んだバリケードがあり、武装をした人間が大勢いる。その人間たちの中に、見覚えのある顔があった。追いかけてくる怪物とは違う。忘れようにも忘れられない、美しい少女。
「
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