Marble Cherry Drops

咲良 潤

十五夜

子供の頃は名前なんか知らなくたって友達になれた。


私の友達の友達がたまに連れてきていた男の子。

同じ年なのに周りの男の子より少し背が高く、とても明るくてそして優しい感じのする子。


私たちは小学生の最後の夏休みの間、毎日のように公園で遊んでいたけどその子が遊びに来るのは極たまにだった。でもその子はいつもみんなの中心にいたし、その子と一緒に遊ぶのはとても楽しかった。かくれんぼ、缶けり、鬼ごっこ。それに私たちがやったことのない遊びもその子は知っていて、それもとても面白かった。

私はその子と直接話す機会はあまり無かったけど、みんなで輪になって話す時やその子の友達との会話から少しずつ知れた。


彼の名前はタカちゃん。

彼はお姉さんと二人姉弟で両親は共働き。だから彼とお姉さんはおばあちゃんに育てられたらしい。しかし今ではそのおばあちゃんも家でほとんど寝たきりになり、逆に彼とお姉さんで手助けをしている。だからしょっちゅう遊びに来ることはできないとか。今日はお母さんの仕事が休みでおばあちゃんを見ることが出来るから、久しぶりに遊びにきたらしい。


彼の明るさや少しおっちょこちょいなところはおばあちゃんに育てられたからかもしれない。そして優しいところも。


私は、きっとその頃にはもう彼に惹かれていたのだと思う。


そして夏休みが明けて学校が始まると彼とはすっかり会わなくなった。学校が違ったし家も遠いみたいだったから放課後に遊ぶほどの時間はない。彼の友達のことを知っているクラスの男子に何気なく聞いてもよく分からないという返事だった。

これでは会いに行きたくてもいけない。


そんな折、夏休みに使い切らなかった花火をやろうという話が私に舞い込んできた。9月15日の夜にいつもの公園で。ちょうど十五夜で月が綺麗に見える日だったので、友達の親が同行するという形で計画できたそうだ。

私が集まるメンバーを聞くと、友達の友達も来るということだった。彼も来るかどうかは分からなかったけど、私が行かなければ絶対に会えない。

だから私は是が非でも行くことにした。

難関は親の説得。

夜に私が一人で出かけるのを決して許しはしないだろう。この辺りは街灯もなく夜は真っ暗になる。私が小学校低学年だったころの夏祭りの帰り道。まだ舗装されていなかった家の前の道で転んで畑に落ちて大怪我をしてから、親は私が夜に出かけるのを反対する。

しかし今日はどうしても行きたかった。

でも案の定、お母さんにどんなに説明しても分かってはくれない。友達の親も一緒だから大丈夫と言っても、その親御さんに私を家まで送ってくれるように頼むわけにはいかないだろう、とのことだった。せっかくお母さんの機嫌を取って、今日の宿題も早めに終わらせたのにすべてが無駄だった。

だから私はお父さんが帰ってきてテレビをうるさく見ているタイミングで二階の部屋からこっそり抜け出して公園に走っていった。時間は午後7時過ぎ。

6時から始めると言っていたから、もうそろそろ終わってしまうかもしれない。今年残った花火だから量もそんなに多くないだろう。

でも私は花火ができなくても良かった。彼を一目だけでも見られれば。


公園に着くとまだみんなは花火で盛り上がっていた。私を見つけた友達が私を迎えてくれる。でも彼女らは浴衣だった。今年の着納めとして着付けてもらったらしい。私も浴衣を着たかったと思ったけど、今日の親とのやり取りを考えれば不可能な話だったのですぐ諦めた。

私が残り少ない花火を受け取って火を着けている間に辺りを見回すと彼も来ていた。私はそれだけで十分だった。


私が来てから数十分で花火は終わってしまった。そしてそれぞれ家に帰る。私もみんなに手を振って一人で帰る。でもこの時間で家に帰れば親にバレずに済むかもそれない。

そう思っていたら誰かから声を掛けられた。

振り返るとタカちゃんだった。

彼と話すのは久しぶりだったし、こんな風に二人で話すのは初めてだった。

なに?と聞くと、ちょっと一緒に来て欲しいところがあるんだけど、と言われた。

うん、と頷いてついていく。

家とは反対方向だったから少し心配になったが、それでも胸の高鳴りの方を優先した。

階段を上り神社の脇をすり抜けていくと、そこは木々に囲まれながらもポッカリと空が見える場所だった。

そして今日は十五夜。

まるで月に手が届くような感覚になる。

この街は田舎で街灯も街の灯りも少ないので月も星も綺麗に見える方だが、それにも勝ってここから見る月は一点の曇りもなかった。

その月に感動している私に、彼がはいっと差し出したのはお団子。家で作っているのを二つほど内緒で取ってきたらしい。

十五夜の時には十五個食べるのがいいとされているから数が足りないのがバレたら怒られる、と言いながら一つを私にくれた。それを食べながら、私も親に内緒で家を抜け出して来たから帰ったら怒られると言って二人で笑った。

見上げた月はとても綺麗で、食べたお団子はとても美味しかった。二人だけの秘密の場所だよ、と言った君の頬にはお団子の白い粉が付いている。粉がついてたらバレちゃうよ、と言いながら私は頬の粉をとってあげた。


食べ終わったら来た道を戻って階段を下りる。

何で私をここに誘ってくれたのかを聞きたかったけど、怖さと恥ずかしさで聞けなかった。

でも彼が最後に、来年も一緒にここに来ようと言ってくれたことには大きく頷いた。


帰った私を待っていたのは母親の説教だったが、父親が様子を見てとりなしをしてくれた。それにその時の私は母親の説教が耳に入らないほど浮ついていた。



そして季節は巡って春を迎え、私たちは中学生になった。

その間、クリスマスや初詣の機会に彼に会えるかと思ったけど、その場に彼は来なかった。でも私は大きな期待を抱いて中学校に入学した。

この中学校は私たちの街とその隣、さらに遠くの街も学区に入っている。

だから中学校からは彼と同級生、はたまたクラスメイトになれる可能性だってあるのだ。

私は期待半分ドキドキ半分でクラス分けの表を見た。

自分のクラスは二組。そしてその組みの男子の名前を見ようとしたとき私はあることに気づいた。

私は彼の本名を知らない。

呼び名はタカちゃん。私が知っているのはそれだけだ。

”タカ”とは名前の最初?それとも最後?

たかゆき?たかひろ?よしたか?ひろたか?

私は他の組もじっくり見ていったが、それらしい名前はなかった。

一緒に公園で遊んでいた男友達に彼の名前を聞いてみたが、情報はバラバラだった。

名前の最初の文字を取って”タカちゃん”だという人もいれば最後だという人も。

はたまた苗字が高橋だから”タカちゃん”だとか、背が高かったから”タカちゃん”と呼んでいたという人まで。


名前があてにならないことを知った私は、時間をかけて彼を探すことにした。小学校ではクラスが二つしかなかったため、学年みんなと友達だった。だから中学になっても、学年全体に友達がいるようなものだ。だからどのクラスにも遊びに行ける。そうやって色んなところに顔を出していればいつか見つかるだろう。

もしかしたら学区が違ったのかと思ったが、彼の友達だった子はこの学校に入学しているから間違いないだろう。

その子に本名を聞けば話が早いことに私は今更ながらに気づいた。その子とはあまり接点がなかったから頭に浮かばなかったのだ。

友人を介してその子を呼んでもらい、公園の時にも花火の時にも来ていたあの背の高い男の子は覚えているかと聞いた。

すると予想もしていなかった返事が返ってきた。

彼は冬休みに入ってすぐに引っ越していったそうだ。もともと転勤の多い仕事をしていた親で、彼も2年前に家族揃って引っ越して来たらしい。祖母の病気もあってしばらく転勤は免除してもらっていたらしいが、その祖母が去年の11月に亡くなった後にすぐ転勤が決まった。

そして冬休みが始まってすぐに引っ越して行ったらしい。

だから私が会えることを期待していたクリスマスの時も初詣の時も、彼はもういなかったのだ。

話をしてくれた男子も彼の本名を教えてくれたようだが、私は頭が真っ白になってまったく覚えていなかった。改めて聞こうかと思ったが、もう会えない人の名前を聞いてもしょうがない。


中学生になれば毎日会える。そんなドキドキ感を抱えていた春休み。

自分自身で確かな恋心を自覚した矢先の出来事だった。



あれから数年。今年も十五夜の季節。

今年の十五夜は10月1日。

私はまたあの神社の裏手に広がる雑木林に来ていた。母親が、高校生になった私が夜に出かけるのを怒るようなことはもうなかった。

あれから毎年、私は十五夜の夜にここに来ている。


それでも君が来ることはなかった。


夜になると冷えるこの時期に一人で外にいるのは寒い。それに一昨年は雨で大変だったし、去年は受験勉強の合間をぬって出てきたのに月には厚い雲が掛かっていて全然明るくなかった。

そんな夜空の下で、私は毎年コンビニで買った三本入りの串団子を一人で食べた。

みたらし団子は好きだけど、あの日に君と食べた団子とは程遠かった。それに私一人で三本は少し多いようだ。


それでも私は今年こそはと、十五夜の夜にまたこの場所に来た。

今年の月はとても綺麗で、満月にはあと2日かかるらしいがとても明るく優しい光だ。

まるであの日を思い出させるかのように。

ちょうどあの日、君と見た十五夜と同じ景色だった。


私は今年も一人でみたらし団子の蓋を開ける。

一人で食べる団子はどうにも切ないが、やめるなんてもっとできない。


だって私はきっとあの日を忘れない。そして毎年ここに来て思い出すのだろう。

まだ名前も知らない君を。

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