5月14日―岡崎家―

 結花の誕生日が来た。穏やかで、少し汗ばむくらいの晴れ日和。

 生きていれば、彼女は二十一歳になっていたはずだ。


 その日近藤は仕事が休みだったので、結花の家へ向かった。

 子供たちの賑やかな声が外にまで漏れ聞こえていて、微笑ましい。彼女の死を乗り越え……ることはまだできていないだろうが、きっと彼らなりに毎日を、楽しく過ごしていることだろう。

 インターホンを押し、お久しぶりですと挨拶をすると、結花の母親は少し驚いたような顔をして、それでも嬉しそうに歓迎してくれた。

「わざわざありがとうございます」

 誰もいない居間へと案内され、お茶を出される。

「こちらこそ、突然押しかけてすみません。四十九日、仕事で伺えなかったものですから……」

「あら、そんなわざわざ。いいんですよ。でも今日は、結花の誕生日ですし……きっと、あの子も喜んでるわ」

 飾られた結花の写真は、相変わらず満面の笑み。

 見る者をどこか安心させるようなその笑顔に、近藤の心も癒された。


「変わらず穏やかに暮らしていらっしゃるようで、何よりです」

「えぇ。……孫たちも、あのように元気で。結花と二人でいた時よりずっと、騒がしい毎日です」

 子供部屋から漏れ聞こえる声に、微笑ましそうな笑みを浮かべながら、母親は答えた。

「でも、たまにね……どうしても、切なくはなりますけどね。孫たちも、結花の写真を見ては、寂しそうにしていることがあります」

「……そうですよね。まだ、百箇日も済んでいないんですから」

「えぇ……」

 沈黙。

 近藤が何か言おうと口を開きかけた時、ちょうど母親も「あぁ、そういえば」と何かを想い出したように口を開いた。近藤の様子に気付いたらしい彼女に発話を譲られかけるが、いいんです、と頑なに首を振り、先を促す。

 大した話ではないんですが、と前置いた後、母親は切り出した。

「以前、生田さんという方が来てくださったんです。あの施設の、食堂の方なんですってね……お葬式には来られなかったからって、丁寧に手土産までくださって」

「そうなんですか」

 生田の部屋を訪ねた時に、線香を上げに行ってやれと言ったことを思い出した。約束というほどのことではないが、どうやら生田は果たしたらしい。

 生田の話をする彼女は、どこか嬉しそうだった。

「結花さんには、たくさん元気を頂きましたって……直接は口にしなかったけれど、好きでいてくれたのね。日記に書いていた言葉、全て響きました。結花のことを、あんなに深く想ってくれて……」

 肯定の意味を込めてうなずけば、母親はゆるりと笑みを浮かべた。まるで、その先にあったかもしれない、もう一つの未来を思い浮かべるように。

 未来の夫――それはもしかしたら、生田であったかもしれない――と幸せそうに並ぶ結花。そして二人の間に生まれたかもしれない、決して見ることのない孫の姿が、まるですぐ傍にいるかのように。

 もう手に入らないはずのものを、想い焦がれるように揺れた瞳に、近藤は何も言うことができなかった。

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