第二部⑥『最終話:二人の日本人、撤退戦を戦う。』

 カズイチは、太一と別れ新エドガー家領地アムルヌイより本国のエールラントへと戻っていった。

エールラントに戻った、カズイチはエリザベートとの結婚のため、没落したアフトマータ侯爵家の家督を継ぎカズイチ・アフトマータ侯爵になったのだ、そんなカズイチとエリザベートは、穏やかだが、多忙な日々を送り領民の生活向上のために懸命に働いていた。


ある日、国王より王都ヴィシュビルに招聘しょうへいされ、先の侵攻作戦であげた功績を称えられ、王都に止まり国の為にその魔法能力を使うよう命じられたが、カズイチは軍事利用はさせまいと遠回しに固辞する。

 断られたヴェレーロ国王カルヴァリン・ヴィシュタルは何としてもカズイチの能力を魔法兵団能力向上に利用するためカズイチを幽閉し拷問にかけ、秘密を聞き出した後に始末しようと画策。それがならぬ時は暗殺せよとの方針を固めた。

カズイチたちの身に危機が迫る。


『二人の日本人、撤退戦を戦う。』

第6話 最終回「カズイチの帰還」

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第20章『太一からの手紙』



その頃宿舎に戻った僕は、別れ際にノヴァが渡してくれた太一の親書を思い出し封を解いた。

そこにはこう記されていたのだ。


〝カズイチ君これを君が見たという事は国王に招聘されたと言う所だろう、単刀直入に言う、君殺されるよ?“


衝撃的な内容であった。

だが、可能性は十分に考えられる、以前僕が様々なアイディアを思いつき、それを魔法に組み込んで成功させた時に、政治的に全く使えないと自分に言い聞かせた。だが撤退戦の時はそんな事言ってられず、惜しげもなく使ってしまったのだから、こうなる事は至極当然の事である。


僕は深くため息をつき、気分転換に表に出ようとしたところ衛兵より遠回しに外出は控えるよう通達された。

僕はことの外事態が早く進行してる事に今になってようやく気がついたのだ。


外ではエリザベートが近衛兵に食ってかかる声がする。

「どうして我が夫に会うのに上官の許可が必要なのですか!今すぐ会わせなさい!」


非常にまずい事態だ!

その時窓に人の気配を察知して振り向く、そこには誰もおらず風がカーテンを揺らしていた、しかしそこには太一からの親書がそっと置いてあったのだ。


僕は急いで手紙を読んだ


カズイチ君、今精霊通信を使うと魔導探知に引っかかるので使用は控えた方がいい、それと西の城門にある番兵の詰所を訪ねて行きたまえ、そこにアントニーと言う協力者がいる彼に会うといいだろう、あと国王への親書を同封しておく、これをできるだけ偉い人を通じて国王に渡してくれ、たとえ君が国王に協力的だったとしても結果は同じだ気をつけるように。それと脱出する事態に発展するようであれば、魔導探知を妨害する方法を今のうちから考えておきたまえ。


僕は言われた通り、近衛兵長を通じ親書を国王へ届けた。

その数時間後、僕はあっさりと解放され王都内での自由な行動を保障された、もちろん監視付きで。


そのころ、国王は青筋を立てて怒っていた。

「軍務尚書!この親書を見たまえ!」

「はっ!失礼します!」

そう言って親書に目を通しがく然とした。


「陛下、これは……」

「見ての通りだ!かの者は聖教団大司教猊下の手の者で任務を帯びており手を出す事まかりならんと言って来おった!」


もちろんこれは太一の偽造した親書であるが、あまりにも精巧に偽造してあるので、本物と区別はつかなかった。


「聖教団徒ですか……これは厄介でございますね、大司教の手前、軟禁は解いて王都内の自由行動位は認めぬ訳にはまいりませんな」

「行きたくもない礼拝に毎週欠かさず行ってやっておるのに!あのクソ坊主どもめ!余の信仰心を逆手に取りおって!なんとかならんのか?」

「しかし、国教として掲げておりますゆえ、無碍にする訳には参りますまい」



参謀の一人が進言した

「いっそ、事故に見せかけて始末してはいかがでしょうか?強盗、交通事故、酔ってからの溺死など、理由は如何様にでもつけられましょう。犯人と思しき者を捕まえようとしたが、激しく抵抗され、やむなく殺害したと言う事にすれば証人もおりませぬ、代わりに犯人を成敗したと言えば聖教団にも面目は立ちませぬか?」


「うむ、それで行こう手練の者を早急に集め実行せい」






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第21章『アリビアール・イズレチィティ』


そのような物騒な話が進む中、僕はエドガー侯爵やエリー、アリーにこの手紙を見せた。

急ぎ領地に戻らねばカズイチの命が危ない。


エドガー侯爵は国王に掛け合ってくると申し出たが、太一の手紙にはそれは逆効果と記してある。

もはやヴェレーロ国内にカズイチの安寧の地はない。


誰もが肩を落としたその時、皆は顔を見合わせた。

あった……一箇所だけ、領内でありながら国王が手を出しづらい場所が……


その話し合いを行うまえに、宿舎周辺が騒がしくなった、近所で火事が発生したのだった。


「お父さん、随分直接的な方法で来ましたね……この混乱に乗じて僕を狙って来るでしょう」

「そうじゃな、十分考えられるのぅ」


「国王の狙いは僕一人です、その為にお父さんやエリーを危険な目に会わせられません!」

エリザベートが何か言おうとしたその時、近衛兵がドアをたたく


「エドガー侯爵様、近所でテロと思しき火災が発生しております!急ぎ安全な場所にご案内します!」

そういって窓を破り20名ほどの兵が入って来た。


「案内の割には随分と乱暴じゃのぅ」

エドガー侯爵が落ち着いた口調ではなす

「君たちの上官を連れてきなさい、君たちもそのテロリストとは限らぬからな」

そう言って、エドガー侯爵は腰のサーベルに手をかけた。


隊長思しき、階級の高い人物が入ってきた、兵たちは左右に分かれ敬礼にて迎える。

「エドガー侯爵閣下、ここは危のうございます、直ちに王宮へ避難していただきます、アフトマータ侯爵とその奥様、第二夫人も…」

そう言いかけ言葉を止めた、


「アフトマータ侯爵はいづこ?」


エリザベートも気がついて振り向くとカズイチの姿はそこにはなかった

アリビアールが咄嗟の機転を利かせ窓から逃がしたのだ。

「あ〜らぁ隊長さん任務ご苦労様ぁ〜、でもここには最初からこの3名しかいません事よぉ?」


隊長は「チッ!」と軽く舌打ちすると兵たちに目で合図した。

兵たちはガチャガチャと鎧を鳴らしカズイチを探しに飛び出して行った。


表は逃げ惑う民衆で大混乱しており、カズイチを探す事は困難であった。

三人は隊長の後について仕方なく王宮へ避難する意外に手はなかった。


その時、隊長に民衆の一人がぶつかって倒れた。

だが隊長は倒れたまま動かない、隊長から血だまりが広がってゆく


その、ぶつかった男が三人に近寄ってきた、エドガー侯爵は緊張した面持ちでサーベルを抜いた


「侯爵様、タイチ閣下の伝言です、急ぎ西門へ向かって下さい」

男はそう告げると再び民衆の中に消えていった。


民衆に紛れ三人は急ぎ西門の番兵詰所に向かった。

各所で火の手が上がり混乱は一層深まってゆく

「他の火の手は、近衛のものじゃないわね……」

アリビアールは普段とは違った雰囲気で呟く、彼女も衛生兵とは言え軍人として十分な訓練を受けた人間だ、この三人の中では一番頼りになる。


「アリー……あなた……普通にしゃべれるのね?」

「エリザベート様、冗談が言える程には落ち着いていらっしゃいますね、実は私はタイチ閣下より内々に皆さんを警護するようにと仰せつかっています。」


「あなた……それじゃ最初から……だから何時も側にいたのね」

「ぁぁ〜でもぉ〜カズ君の事、愛してるのは本当ですよぉ〜、だから適任者なんですよぉ〜、今後ともぉ〜第二夫人でいさせてくださいねぇ〜」


アリビアールがいつもの話し方に戻ると、エリザベートはピキピキと青筋立てて怒りをあらわにした。

西門の近くにも火の手が上がっている門外に逃げ出す民衆で混乱を極めている。


ようやく詰所に辿りついた三人、アリビアールは2〜3言暗号のような問答をする。

隊長らしき人物が現れて、自分がアントニーだと名乗ったタイチの指示で潜入工作を行っていたのだ。馬の手配は済ませて逃がす算段はつけてあるが今後も工作活動を行うとの事であまりおおっぴらには動けないとの事


その頃、門の外でカズイチがアントニーの用意した馬で待機していた。

エリザベートを目視すると大声で叫んだ

「エリー!!!!」

「カズイチぃ!!」

お互いの無事を確認するように名前を呼び合った。

「ごめん!僕はもうここにはいれない!君は王宮に戻るんだ」

「いやよ!そんなの!命令したじゃない!そばを離れるなって!」


「ダメだ!君が来たらエドガー家はおしまいだ!領民はどうなる?!君とお父さんは僕に騙されていた!被害者だと言えば家と領地は守られる!」


「いや!!!私もいく!」

その言葉をエドガー侯爵が遮る

「エリザベート!」


エリザベートはカズイチと父親を交互に見ながら迷った、家督や領民か、最愛の男か……


「いたぞ!あそこだ!!!」

近衛兵に見つかってしまった!騎馬数騎が民衆を押しのけながら進んで来る。


「エリー!いままでありがとう!本当に楽しかった!そして愛してる!だからお願いだ!他の良い人を見つけ幸せになるんだ!僕は異世界の人間だ!どこでも生きていける!心配ない!」


「いやぁあああああああ!!!」


「おとうさん!いままでありがとうございました!エリーを幸せな世界に戻してあげてください!さよなら!エリザベート!」

そう叫ぶと馬に鞭を入れ駆け出した


「カズイチいぃぃぃぃぃいいいい!!」

エリザベートの悲痛な叫びが民衆の雑踏にかき消され彼女は泣き崩れた。


お父さんが目一杯の声で叫ぶ

「エリザベート!行け!!エドガー家はワシの代で終わりでよい!だがお前が命をつなげ!」

「好きな男の元で死ぬと言ったあの言葉は嘘か!ワシは構わん!行くんだ!!エリザベート!エドガーの血を絶やすな!!お前の一番愛する男の元で!!」


泣き崩れるエリザベートを馬上からアリビアールが引っ張りあげる

「お父様!お父様ぁ!!」

背後を振り返り父の名を叫び続けるエリザベート、

父の微笑みと手を振る姿、そしてカズイチがよくやる、親指を立ててサムアップする姿が民衆の中に消える。


アリビアールの馬がカズイチの馬に追いついた。

「エリー!なんで来たんだ!エドガー家はどうするんだ!」

「いや!絶対に離れない!あなたと死ぬまで一緒にいるの!エドガー家の血は私とあなたの血で残すの!!!!それがお父様の遺言、そして私の想い!」


カズイチは目一杯涙をこらえて叫ぶ

「いままでみたいな暮らしはできないよ!それでも君とどこまでも一緒にいたい!」


それにアリビアールが水をさす

「カズ君妬けるなぁもぅ、エリザベート様は残ってくれた方が私は良かったんだけどなぁ〜逃げ切ったらそれ、私にも言ってね♡」


「ちょっと!一番大事なところだから口挟まないで!!!」


「エリザベート様!喋ってると舌噛みますよ!!」

すぐ後ろに近衛の騎馬隊が迫りつつあるのだ!カズイチは丸腰、アリビアールは刀一本


「エリーあなたカズイチの馬に飛び移って!」

アリビアールが初めてエリザベートの愛称を口にした、そして馬を寄せエリザベートを飛び移らせたのだった、覚悟の決まった微笑みをみせて

「あなたは本当に私の親友で恋敵よ!幸せになってもらわないと困るの!必ず逃げ延びてね!」


そしてカズイチの方を見た、アリビアールもわかってはいる、すべてを分かった上で彼女は最期のワガママを言った。

「カズ君!私にも言って欲しい、それで私強くなれるから!お願い!」


「アリー………」

「第二夫人だって、その言葉言ってもらっていいのよ?アフトマーダ侯爵さまぁ♡」


僕は後ろに飛び乗ったエリーの顔を見た、エリーは僕を見つめうなづいた

「同じ男を愛した女ですもの、ちゃんと気持ちを伝えてあげなさい」


僕はアリーを見つめて言った

「アリー何時もありがとう!君も僕の大切な仲間だ!共に死線を超えたかけがえのない仲間だ!」


アリビアールは少し残念そうに微笑んだ

「そっかぁ、死線だけじゃなく、一線も超えたかったんだけどね、わかったわ、エリーとお幸せにね」

寂しそうに笑ってアリビアールは抜刀した。


エリザベートが後ろで思いっきりカズイチをつねる。

「いたい!!!いたたた!何するんだよ!!」


「そんなあやふやな言葉で女を死地に送り出すの?!どんだけ甲斐性無しなの?!あなたの国じゃどうか知らないけど、ここはヴェレーロよ!家計が許せば何人妻を持ってもいいの!!どうなの?!気持ちは!!!半端な事言ったら許しません!」


意外だった、でも三人で過ごした時間はエリザベートの心を変えていったのだろう本当にエリザベートと親友になれた彼女が最期に気持ちを聞きたいと言うのだ。

「アリー!いつも邪魔して、引っ掻き回して君のおかげで僕は何回切られたと思ってるんだ!それでも、いつも側にいて落ち込んだ時も僕らを励ましてくれた!いままで冷たくしてごめん!」


「…………」


「アリー君の事も愛してる!第二夫人上等だ!ここはヴェレーロだ!君も俺の妻だ!絶対に死ぬな!死んだら俺もエリーも悲しむ!だから死ぬな!俺の子をいっぱい産んでくれるんだろ?!絶対に死ぬな!!」


蹄の音を立て走る馬上から発したその言葉はアリビアールに届いたのだろうか?

それは分からない。


————カズ君……私…かっこいいかな?カズ君好きよ、本当に……愛してる……帰れたらカズ君の子どもいっぱい産んであげるね。


「うらぁああああああああああ!!!!!!」

いままでに聞いた言のないような雄叫びを上げて馬の速度を落とし近衛の騎馬に突っ込んで行く、土煙でよく見えないが火花の散る光と斬られて落馬した人体のシルエットが遠く後方に離れて行く。


「アリィィィィィ!!!」

僕は有らんばかりの声で、喉がかすれるまで叫んだ。





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[chapter:第22章『カズイチ奪還作戦』]


アリビエールの名を何度も叫び声が枯れた時、僕とエリザベートは大きな喪失感の中に居た、だが喪失感に支配されている場合ではなかった、後方からかなりの数の騎馬が近づいてくる、それはアリビアールの敗北を意味する、それと同時に少数ではあるが左右からも馬群が近づいてきたのだ、僕もエリーも丸腰だ残るは魔法のみ……狙いがつけられない、ならば僕を爆心地にして…………


「エリー……もしもの時は君を慰み者にさせたくない、だから……」

そういうとエリザベートは僕の体をギュッとつかみ

「いいの、カズイチとなら私怖くないわ、だから死ぬ瞬間まで一緒よ」


ところが、後方から追い上げる馬群は次々と脱落していく、何者かが妨害しているのか?そして後方の馬群は姿が見えなくなった。


「なんだ?何がおこってる?」

困惑する僕の耳に風精霊通信が飛び込んでくる、混線してるのか?

「こちらクリーチャー、近衛は始末した、繰り返す、近衛は始末した、後方クリア!」

「?????」

————なんだ?これは………


左右から挟み込む馬群は敵対するにはおかしな行動だった、マントを翻し近寄る馬群

そのマントの模様は見た事がある、そして懐かしい、緑と薄緑を基調とし茶色と黒のまだら模様。

それはカズイチの記憶にある日本のTVニュースでよく見かける、

そう……陸上自衛隊迷彩2型だ。


————ええ?!陸自?!!

一人の男が馬を寄せ叫ぶ

「カズイチ中隊長殿!エリザベート旅団長!ご無事でしたか!」


その男はとても懐かしい顔だった

「グロームさん!!!!!!」

僕は驚いた。


「ここから先は我々特殊作戦群ガーディアン小隊が護衛致します!」

あの戦いの後、一度解体されたカズイチの特殊作戦中隊は太一の元で再訓練を受け潜入、工作、救出、要人護衛、暗殺などを行う特殊部隊に育っていたのだ。

アサシン小隊、クリーチャー小隊、セイバー小隊、ガーディアン小隊と役割ごとにコードネームが振ってある。


「グロームさん!アリーが!アリビアールが!!」

僕は感情が高ぶってうまく伝えられないでいたがアリビアールの身を案じて叫ぶ。

グロームは察して、部下に合図し2個分隊が隊列から下がっていった。


その後は特殊作戦群の指示に従い旧国境へと馬を進める。途中迂回したり身を潜めたりしながら旧国境まではかなりの日数がかかったが、ヴェレーロ国軍も太一の偽親書が効いてるのか、おおっぴらに軍を動かせず、暗殺用の部隊がチョコチョコと現れてはアサシン小隊やセイバー小隊の餌食となっていった。

そして王都脱出より10日の後、旧国境の要塞までたどり着いた。

この要塞は回廊の出口に築かれており、この辺りではここを通るしか道はなかった

————さて、どうしたものか………

そう考えていると要塞の門が開く。

僕は恐る恐る入っていった、そこはアムルヌイ方面軍が既に占拠しており文字どおりエドガー侯爵領とヴェレーロ国の国境と変わっていたのだ。


そして懐かしい顔がそこにいた。


「やぁ、カズイチ君、な?僕の言った通りになっただろ?君はここに戻って来るって」

僕は泣きながら太一と硬く握手を交わした。


「太一さんありがとうございます、でも……アリーが……アリーが……」


僕の肩をポンと叩いて、太一が悲しそうに言った。

「アリビアールは立派に任務を遂行できたのかい?」


「はい、僕らを守る為一人殿しんがりを務め、土煙に消えてしまいました。とても立派でした……」

そこまで報告すると、僕は号泣してしまった。


「彼女は君の事が本当に好きだったみたいだよ、彼女の方から君たちの護衛を引き受けたいと上申して来たんだ。」

そう言って僕をぎゅっと抱き締めた、その瞬間僕は涙腺が崩壊してわんわんと泣いた。

他の特殊作戦群のメンバーは直立でアリビアールの任務達成に対し敬礼をする、もちろんその敬礼は自衛隊方式だ。


僕が泣き崩れている間じゅう、兵士たちは最敬礼にて応え続けた、それしか応える術がなかったのだ。






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第23章『国境回廊を朱に染めて』


そんな中、歩哨に立つ兵から緊迫した雰囲気で報告が入る

「要塞前方にヴェレーロ国軍!数およそ4万!」


太一は今日も苦々しい表情で、でもどこか余裕のある顔で頭をポリポリと掻いた

「あちゃ〜親書が偽物ってバレちゃったみたいね、カズイチ君いつもギリギリのタイミングだよね〜」


今までに経験したことのない敵の数に僕は心底恐怖してしまった。

「そんな余裕ブッこいてていいんですか?!4万っすよ?!」


しかし今の僕はアリーの敵討ちがしたいと心から思っていた、戦争はあんなに嫌だったのに、今は心底ヴェレーロ軍が憎い。その憎しみを察してかは分からないが太一が言った。


「あー今回はカズイチ君は戦闘に参加しなくて良いよ、今後も君はどちらかと言うと内政官をやってもらうから」

「戦争は僕ら戦争のプロに任せておけば良いのさ」

太一はウインクしながら答えた、そして付け加えた


「君の力は平和利用してこそ、その真価を発揮する、だが今だけは……このアムルヌイを守る力だけには利用させて欲しい」


「…………守る……だけですからね!」


「ああ、だって僕はホラ、自衛官だもん侵略ではなく防衛の専門家さ」


「その言葉信じます。」


「だから今回君は後方に下がってくれて良いよ、それにアリーの敵討ちとかそういう感情を持ち込んだら君は戦場で死ぬよ」


そう言って総員に号令する

「総員戦闘配置!魔銃狙撃隊配置につけ!距離1500で指揮官のみを狙撃せよ!」

「敵が混乱したら、野戦魔砲隊3斉射、観測班からの連絡を受けたら着弾修正!」

「門を開けたら騎兵は一気に突っ込み蹴散らせ!それまで弾幕を張りまくる!」

「特殊作戦群は半包囲しつつ、残った将校や指揮官を魔震銃マシンガンで潰せ!」


太一は、カズイチの残したノートを元に魔力を封入した薬莢で鉛の弾を弾き出す、銃と同じ構造を持ち、精霊持ちでなくても超遠距離攻撃が可能となる武器を開発していた。

さらに風精霊持ちは真空のトンネルを作り銃弾に風の抵抗や影響が出ないよう魔法自体にも工夫を凝らす。


風精霊持ちは狙撃手としては最強の部類になるのだ、いままで最弱とされ何かと肩身の狭い思いをして来た風精霊持ちたちは逆に特殊能力手として活躍できる事を大変喜んだ。


狙撃手スナイパー観測手スポッターは二人一組となり狙撃を開始しする。

真空のトンネルを作る為、射程が長く精度も高いのである。

観測手スポッターが標的と状況を伝え狙撃手スナイパーは射撃に専念する。



その頃ヴェレーロ軍の指揮官は前方の要塞を見つめ攻城戦開始の号令を出す為、抜刀して高々と掲げた。

兵士たちは、唾を飲み込み、その腕が振り下ろされるのを今か今かと待ちわびる。


プチュ!

その時、とても短い風切り音がして、突然指揮官が落馬した。周りの参謀達は唖然とし何が起きたのか理解できない。


スポッターが報告し次のターゲットを指示する。

「ヴェレーロ軍指揮官、距離1500、ヘッドショット……ターゲットワンダウン」

シャコッ!チャリ〜ン!狙撃手がボルトを引き空薬莢が石畳を跳ねる音がした。

「次、右隣のターゲット2……」


プチュッ!

浮き足立つヴェレーロ軍の司令部で、指揮官のすぐ隣に居た参謀も突然落馬する、地面に倒れる参謀に大きな血溜まりが広がってゆく。

「なんだ!何がどうなっている!弓兵か?!どこからだ!!」


淡々とスポッターは狙撃手に報告を行う。

「ターゲット2、同じく1500……ハートショット、落馬……ツーダウン」

シャコッ!チャリ〜ン!たった一発の銃弾が戦況を大きく左右する、それがスナイパーだ。

「次、ターゲット3、距離1400」


アムルヌイ狙撃隊はそれぞれターゲットを絞り、次々に指揮官を潰して行く。

ヴェレーロ軍陣地の指揮官は次々と打ち倒され敵兵は混乱し始めた。

プチュ!

「なんだ!何が起きてるのだ?報告し、ぅっ!………」

「おい!隊長がいきなり倒れたおぞ!」

「なんだ!頭から血が噴き出してるぞ!!」

「弓兵か?どこに潜んでいる!?」


騒つくヴェレーロ軍陣地、太一の指示で野戦重魔砲隊が射撃を開始する。


「野戦魔砲隊!探敵弾(たんてきだん)!夾叉射撃!(きょうさしゃげき)てぇぇぇぇ!!!」

ドドォ〜ン!ドドォ〜ン!地鳴りのような音を響かせ野戦砲が火を吹く。


指揮官が倒れヴェレーロ軍陣地では混乱を極めていた。

「突撃しないのか?指示は!?」

「どうなってるんだ?命令はまだか?!」

「おい!隊長が死んでるぞ!」

「なに?!どういう事だ!!」

混乱状態の騎馬隊の一部が吐出して突撃を始めるものの、全体の指揮系統が乱れ僅か100騎程度の兵力がバラバラに動き始める。


烏合の衆と化した敵陣の前後に突然轟音が鳴り響く。

ドン!ドン!ドォーン!

まずは敵陣の進路と退路を塞ぐように砲弾が同時着弾した、火柱と衝撃波でなぎ倒されるヴェレーロ兵、驚いて混乱し逃げ場を求め中央部に殺到、騎馬同士がぶつかって落馬したり、歩兵の身動きが取れなかったり、もはや秩序は崩壊していた。


観測班から報告が入る

「弾着!敵は中央に集結し身動きが取れない、方位修正+3……距離±5」


そんなド真ん中に集中砲火を浴びせた。

ドォーーン!

「うわぁ!!!」

混乱のど真ん中に着弾し、身動きの取れない兵士達は自分の身に何が起こったのかすら気がつかず爆散してゆく。


そこへ特殊作戦群が半包囲して機銃掃射を行った

タタタッ!タタタッ!タタタッ!3点バーストで射撃を行い中隊長、小隊長おぼしき敵を倒して行く

「ぅっ!」

「ひっ!」

悲鳴にならない悲鳴が巻き起こり、次々と折り重なるように倒れて行き大地が朱に染まる。

吹き出す血液が赤い川となって流れ砂地に染み込んで行くのだ。


指揮官を失い散り散りに動くヴェレーロ軍はわずか30分間程度で組織的に戦闘が可能な状態ではなくなってしまったのである。


太一は全軍に号令する。

「門を開けろ!全軍突撃!今回はもぅ嫌になっちゃう位徹底的に叩く!しばらくアムルヌイに手出しはゴメンだって程に、思い知らせろ!!」


大混乱の中容赦なく魔砲弾を打ち込み猛烈な砲火の集中で弾幕を張る、弾幕が止んだその中からアムルヌイ軍が一気に突入してくる、反撃の意思も削がれ、指揮系統も失った兵達は背中を見せて逃げるしかなかった、そんな中でも勇猛で腕に覚えのある勇者が大剣を振り回し、アムルヌイ兵をなぎ倒し反撃を行う。


「我こそはヴェレーロ国軍にその人ありと謳われた、グワルト・カシナムである!我が大剣のサビになりたい奴は前へ出ろ!!」


しかし馬上から魔震銃(マシンガン)で銃弾を浴びせられ、名のある将と切り結ぶ機会もなくあっさりと倒される。この戦場には騎士の尊厳も名誉も何もない、あるのはただ圧倒的な火力と無駄死にとしか言いようのない死体のみである。


わずか半日程で4万程もいたヴェレーロ軍は5000程度までうち減らされ退却を始めた。


「程々に逃がしてやれ、精々俺たちの恐ろしさを国内外に吹いて回ってもらわにゃならん!」


「タイチ閣下!本当に逃がしてよろしいのですか?」


「大丈夫だよ参謀長、どうせ自分たちの負けた理由を、かなり尾ひれつけて5割増し位で勝手に吹聴してくれるさ、誰も無様な負けっぷりを認めたくないからね、そいつが当面の抑止力になる!」


「なるほど!」


「ヴェレーロ国王は国に最も貢献したカズイチ君に対し礼を持って遇さなかった、その事を後悔するだろうよ」

「後悔しますかね?」


「ああ、このザマをあと数回繰り返せば嫌でも目が覚めるさ、でもあの将兵達の家族からは僕は憎まれるだろうな……ほんと、戦争はロクでもない行為だ……」


勝利に沸き立つアムルヌイ軍の中にあって、一人タイチは浮かない顔をして戦場に手を合わせる。


「父を、息子を、兄弟を、恋人を失った人々が何万人も僕を憎む……生きて居れば彼らも何かを成し得ただろうに……済まなかった。ヴェレーロの戦死者達よ」


アルムヌイ軍将兵と僕は太一の指揮ぶりを目の当たりにして、これが個人の資質に頼らない集団戦闘の極意だと畏怖したのだ、「我が軍に英雄は要らない」いつか太一がそう言ってたのを僕は思い出した。





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第24章『二人の日本人、撤退戦を戦った。』


後日太一はカズイチに漏らした。

「カズイチ君、なんか我々二人の日本人は撤退戦ばかりだなぁ」

「あー思えば逃げてばかりでしたね、太一さんが居てくれて本当に良かった」


「いやいや、カズイチ君の様々な知識、大いに役に立ったよ」

「この世界でたった二人の日本人ですからねぇ……手を取り合って仲良く行きたいです」


「同感だ……ある意味僕ら二人は絶滅危惧種って訳だ」

「あはは、太一さんそれシャレになってませんよ」


そう言うと、カズイチとエリザベートは城壁の上に花束を持って登った。

「カズイチ君、アリビアールにかい?」


「ええ、アリーとこの地に散った英霊達に……」

「アリビアール、あなたは私の……いえ私たちの親友でした、その身を賭して私たちを……」


カズイチは小刻みに震えるエリザベートの肩をそっと抱いた、エリザベートはカズイチに寄り添い手のひらを顔に当てて泣く。

カズイチは肩を抱く手に力をこめ、花束を大きく振りかぶって投げようとした。


「カ〜ズ君、その花束投げるなら、私にちょうだい♡」


カズイチとエリザベートはハッとして振り返る。

そこには、松葉杖をつき腕や足に、そして顔の半分に包帯を巻いた彼女が看護兵の肩を借り立っていた。


「アリビ……アール……」

「アリー!!!!」

先に駆け出したのは意外にもエリザベートであった。アリビアールに抱きつき、大声で泣いた

「アリー!生きてたのね!アリー!うあぁああああん!!」


アリビアールもエリザベートと抱き合い子どものように泣きじゃくるエリザベートの頭を撫でる。

「おかえり!アリー!」

「ぅん、ただいまエリー」


抱きしめる腕につい力が入る

「アリー、よく無事で……ぅっ……ぅっ……」

「痛いよぉ〜エリーぃ」


カズイチも、ゆっくりアリーの前にやってきた。

「良かった、生きていたんですね、アリビアールさん……本当に良かった」

カズイチも小刻みに肩を震わせた。


エリザベートを撫でながらアリビアールもカズイチと向き合う。

「カズ君、無事に逃げられて良かった、体を張った甲斐があったってモンだね」

「アリビアールさん……」


「えへ、ねぇ?すごい?褒めて褒めて!あのね……最後の言葉、よく聞こえなかったの、それだけが気がかりでさ、何が何でも生きて帰って、続きを聞いてやる!って気になったの」


アリビアールは顔の傷をかばうように、微笑むような痛みを堪えるような表情で続けた。

「カズ君、ごめんね、顔に傷作っちゃった、落馬した時顔から落ちちゃったの…………ごめ……んね……ぅっ……ぅっ……」


今度は心底悔しそうにポロポロと大粒の涙をこぼす。

「ごめん……カズ君ごめん……、もうお嫁に行けなくなっちゃった……」

「アリビ……アール……」

カズイチが口を開こうとしたのをエリーが先に答えた。


「大丈夫!大丈夫よ!カズイチちゃんとあなたに「愛してる」って言ったから!第二夫人にするって、言ったから!あなたも私たちの家族よ!カズイチが嫁にしないって言ったら、その時は私がアリーを嫁にする!だから、泣かないで!」


アリビアールは唇をぐっと噛み締め、涙をこらえた。

「それ、カズ君の口から聞きたかったなぁ!エリーが先に言っちゃうんだもん、嫌よ、私カズ君のお嫁さんがいい、エリーの嫁になんて……ならないよぉ……」


カズイチは二人ごとギュッと抱きしめた。

「おかえり、アリー、おかえり、アフトマータ侯爵第二夫人、こんな事普通日本じゃ言えないけど、ここはヴェレーロだから言うよ……」


ガズイチはその言葉をすごく躊躇している様子だ、顔が真っ赤で、そして後ろめたさと罪悪感と背徳感が折り混ざった、でもここは異世界それを憚(はばか)る事はないのだが……はやり日本人としての習慣が染み付いている。

それを敏感に感じ取った二人がボソッと言う。


「ヘタレ!」

「カズ君、相変わらずヘタレだねぇ〜」


「あ〜〜もぅ!エリー、そしてアリー!二人とも……」

「二人とも?」

「なんですかぁ〜?」


「二人とも愛してるよっ!ちゃんと結婚式あげて正式に夫婦になろう!」

「はぃ、よく言えました♡」

「やったぁ〜これでカズ君のお嫁さん決定!もう取り消せませんよぉ〜みんな証人なんですからねぇ〜」


「アリー、こう言う時の日本語教えてあげるね、ゴニョゴニョ……」

エリザベートはちょっと得意げにアリビアールに耳打ちする

「せーの!」


「ハイ、ヨロコンデー!」

「ハァイ!ヨロコンデ〜!」


「またそれかい!!!バイト先の居酒屋チェーンに居る気分になるわ!!」


それはアルムヌイ地方で定着した唯一の日本語であった。プロポーズの返事として大流行したのである。



気がつくと周りは人で溢れてた。大きな拍手とカズイチに対する罵声と二人に祝福の声が上がる。

パチパチパチ!

「いやぁ!おめでとう!お二人さん!」

「クソ!カズイチの野郎!こんな美人を二人も!」

「俺と奴の何が違うってんだ!」

「アリーおめでとう!良かったね!」

「エリザベート様、お幸せに」

「死ね!カズイチ!呪われて死ね!」

「推定120年以内に確実に死ぬ呪いをかけてやったぞ!」

「いいなぁ、私も結婚したくなった〜」

「いやぁ!カズイチ様!私も第三夫人にしてぇ!!!」

その中に聞いた事のある声も混じっていた。


「ほぉ、カズイチ二人も嫁を取るとはお前も出世したものだ」

「カズイチ君、意外と手が早いんだね、パートナー一人でも面倒なのに、お嫁さん二人とかもっと面倒じゃないの?」


「ちょ!ローディ校長!エレーナ!なんでここに!」


「お前のおかげであらぬ嫌疑をかけられてな、おかげで私もここ新天地でやり直しだ!まぁお前の魔法の秘密も聞き出したいしな、ちょうどいい」

「私は、こっちの方が魔法の研究進みそうだからローディ校長と一緒に来たの、カズイチ君!今まで使った謎の魔法の数々!ちゃんと種明かししてね!特にあの湖畔で使ったアンチスペル!絶対教えてね!」


エリーとアリーはカズイチにギュッと抱きついて嬉しそうにしている。

「ねぇ、カズイチ、キスして……」

「ぁ〜私にもキスしてぇ〜」


「ちょ!こんな人前で!」

「いいのよ、夫婦ですもの」

「ねぇ〜どっち先にキスするのぉ〜?」


「アリー!その妙にバランス崩すような発言はやめてくれないか!!」


太一はニヤニヤしながらカズイチの耳元でアドバイスをする。

「カズイチ君一つアドバイスをしよう!こう言う場合は正三角形の関係が一番うまく行くんだそうだ、くれぐれも偏らず、バランスを崩さぬようにね」


「それアドバイスになってないですよ!すでに選択肢が正三角形じゃないですかぁあああ!!」





—————————————————————————————————————

第25章『新生アルムヌイ王国』


それから程なくして、三人の結婚式が行われた。

教会の鐘がなり花嫁の入場を待つ、祭壇の真ん中に緊張してガチガチに固まったカズイチが立っている。


赤い絨毯が長く伸びるヴァージンドーロにドレス姿の二人が姿を現した、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が上がる。

アリビアールのエスコートにはグロームが付く。

グロームの肘に腕を通し、普段のアリビアールからは想像できないほど大人の女性を感じさせる佇まいだ。

 しかし、その顔には化粧でも隠しきれない傷跡が残ってしまった。それでもこの日の喜びを感じるその笑顔は誰の目から見ても美しい花嫁姿である、参列者全員がみなその傷の意味を知っているだけに、感動で涙を浮かべるのだ。


反対側から、一人エリザベートが姿を現した。エスコートは誰もいない、嬉しさと寂しさが彼女を包む。


顔を上げ前を向いて一人歩き出そうとしたその時、そっとエリザベートの手を取る人物がいた。

驚いて振り向く。


その瞬間エリザベートの顔がクシャクシャになる、化粧が落ちるのも気にせず、小さな子どもが泣きじゃくるように大勢の参列者の前で泣いた、鼻水も気にせずぐちゃぐちゃの顔でエリザベートが泣いた。


「その泣き方、子どもの頃と変わらんのぅ」

「だって!だってぇ〜〜〜〜!!!」


参列者もその光景を見てさらに感動で涙する。

「ワシとタイチからのサプライズって奴ぢゃよ」

「お゛どう゛ざま゛ぁ゛ぁぁぁぁ」


「口が大きいな、美人が台無しぢゃ、その顔をカズイチに見せるのかぇ?」

「うえっ!うえっ!」


「きれいぢゃよ、エリザベート、ワシは満足ぢゃ」

エドガー侯爵は父親の顔になり嬉し涙を堪えた。


「王都に捕らえられていてな、そこのグローム君の小隊が救出してくれなんだら、処刑されていた所ぢゃ」


グロームは誇らしげに手をお腹の前に出し一礼する。

「結婚式に間に合うように、特殊作戦群全部隊出撃いたしました、間に合ってよかった」


「ありがとう!ありがとう〜〜〜!」


二人はしずしずと祭壇に登りカズイチの前に進んだ。

この場合はまず、正妻から、そして第二夫人と順番が決まっている、そうでなければヘタレのカズイチは何もできなかっただろう。


カズイチはエリザベートのヴェールをそっと上げた。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ、アイシャドウが縦に流れて黒い涙の跡がまるでピエロの化粧みたいに見える。


クックックと肩を小刻みに震わせ笑いを堪えると、強烈なボディブローが入る。

「ぅっ!」

それでも、カズイチはにっこりと微笑み、エリザベートとの出会いから今まで数々の死線をくぐり抜けてきた、戦友でもある妻を見つめた。


「きれいだよ、エリザベート、君は泣いてばかりだな」

「うるさい!今日くらいいいでしょ!」


「でも、今日の涙はうれし涙だ、良かったよ……愛してるエリザベート」

そう言ってそっと唇を重ねる。会場からは大きな拍手が起こった、みな死線を共にした戦友たちだ、その涙の訳も十分に知っている。



次はアリビアールのヴェールをめくる。残った顔の傷が痛々しい、でもそれは命がけで僕らを守ってくれた証だ。アリビアールは少し顔の傷を気にするように伏目がちに見上げる。


「アリビアール、ありがとう、とても綺麗だよ君には本当に助けられた。愛してるよ」

「カズ君、私嬉しいよ、こんな顔に傷を負った私を愛してくれるなんて、大好き!いっぱい子ども産んであげるね♡」


いつもの決め台詞を言うアリビアールの唇にそっと口づけをする

隣で正面を見て立っているエリザベートがボソっといった。

「ちょっとアリー……私の時より20秒長いわよ!いい加減離れなさいよ!」

「いいじゃないですかぁ〜もうちょっと!」


そう言ってカズイチの首に手を回しグイグイと唇を貪る

「ちょっと!アリー!やっぱりなんか腹立つわ!!!カズイチもいい加減離れなさいよ!!」

そう言って抜刀しようとしたが、その手は虚しく空を切る。

会場は盛り上がり、賭けが始まった!

「はい!張ったはった!今回刀がないから、オッズはアリー有利だよ!」

「エリザベート様に一口!」

「アリーに二口!!」

「これじゃなきゃエリザベート旅団じゃないぜ!!」

「エリザベート様が刀持ってきたぞ!!」

「すげぇ、アリー隊長ドレス姿でよくあれが躱せるな!」

「隊長ヒーラーだろ?特戦でもいけるんじゃないか?!!」


結婚式場は賭けで大盛り上がり、ドレス姿でもひょいひょいと逃げるアリーに裾を踏んで転ぶエリザベート、この乱痴気騒ぎを眼前にエドガー侯爵はふらっと白目剥いて倒れる。


「侯爵閣下!侯爵閣下!!」

「エ……リ……エリザベートに10口…………」


参謀も苦笑いしてタイチに語りかける。

「タイチさん、どっちが勝つとおもいますか?」

「さぁね、僕には分からんよ、ご祝儀だ、アリーに5口、エリザベートに5口だ」


ローディもエレーナもあきれかえって椅子に座り込んでぐいっと酒をあおる

「あっはっは!学生時代から変わらんな!でも生徒の結婚式に出席できるなんて教師冥利につきるってモンだ!私はエリザベートに3口だ!」


「ほんと、結婚って面倒くさいんですね、私独身のままで良いです、でも幸せそうですね、少し恋人も考えてみよっかな……?」


カズイチはもはやその場で立ちすくみ、笑うしかなかった。

会場の後ろの方でタイチの妻サラが娘のサクラを抱いてクスクスわらってる姿が見えた。

その横でノヴァがウサギの耳が生えた3人の赤ちゃんを抱いて無表情で立っている。


「え?やっぱりタイチさん種を超えて遥か遠くまで行っちゃったの?」


結婚の宴会はその夜遅くまで続いた。

二人の日本人がヴェレーロの地で紡ぎだした物語はこの先も続いて行くだろう。

皆が平和で幸せな人生であることを祈って、この物語はこれにて幕を閉じることにしよう。


カズイチは、バカ精霊の使い方を彼なりに真剣に考えそして、この結末を迎えた。

タイチとカズイチ、二人の日本はこの撤退戦を見事戦い抜いてそれぞれに幸せを勝ち取っていったのである。


「二人の日本人、撤退戦を戦う」最終話

「カズイチの帰還」

終わり。

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