第二部③『二人の日本人、撤退戦を戦う。』
前書
本隊から離れ出発したカズイチ率いる特殊作戦中隊の200名、太一の作戦指示書に従い敵本隊の9時方向へと向かった。
敵兵力およそ1万、対してエリザベート旅団は残り2200、彼我の兵力差はおよそ4倍。
本来であれば接敵せずにやり過ごすレベルの兵力差であるが、エドガー公爵本隊を逃がすためには足止めが必要なのだ、エリザベート旅団・・・いや数的に言えば2個連隊。旅団と呼ぶには数が足りない。これを率いるのは日本で陸上自衛隊の指揮官であった山下太一
果たして彼らは生きてヴェレーロ本国に帰還する事ができるのだろうか?
第9章『敵将の憂鬱』
敵の亜人種師団指揮官は報告を受け取る。
「報告します、ヴェレーロ兵我が進路の真正面に展開、数およそ2000!」
敵の司令官、および参謀達はは報告を受け取り分析を行う。
「報告ではおよそ6000の兵が居るとのこと、2000という事はヴェレーロ軍は戦力を分散させたようです。」
「うむ、2000ずつ3隊に分け包囲戦も考えられるな。」
「だが、我々の方が敵より4000多く優位性は変わりません。」
「まずは倍の4000を差し向け、この先発隊を叩いてはいかがでしょうか?」
敵の参謀達は口々に意見を言う。
「いや、それでは戦力分散の愚を犯す、案外敵の狙いはそこかもしれん、ここは全軍あげて一気に叩き残り4000も十分な兵力で叩くべきだ。」
「いや、6000しかない兵力をわざわざ分散させたのだ、これは罠かもしれん」
「罠だとしたら、どのような・・・・」
参謀の一人のが記録を見ながら指揮官に提案する。
「ヴェレーロ軍は以前の越境作戦のおり1000の兵を瞬時に壊滅させた未知の魔法を使用してきます、味方を1箇所に集めたら危険では?私は分散配置を提案します」
「それは、あの一度きりだ、その後はオーソドックな戦法に終始している。特殊な条件下でしか実施できないのでは?」
「ここしばらく、味方の部隊が物資を強奪されており、それも以前と同じような状況かと、油断はなりません」
「しかし、この前のは全員生きておる、単なる眠りの魔法ではないか?敵にその気があれば殲滅しているはずだ」
亜人の参謀諸氏はみな腕組みをし考え込む
「うーん・・・・・ヴェレーロ軍の意図が読めん・・・」
「将軍、いかがいたしましょう?」
「敵の旅団を壊滅させたかと思えばすぐに援軍が駆けつけた、ヴェレーロ軍は用意周到に兵を配置してる可能性は高い。内通者からの連絡を待つか、一気に踏み潰すか・・・」
亜人の司令官も考えあぐねていた。
参謀の一人が提案した。
「とりあえず偵察隊を出して様子を見ましょう」
司令官はこの時点で消極的な作戦案を採用した。
「うむ、敵の意図がはっきりしない限り罠の可能性も十分なあるし、十分な援軍もあると見ていいだろう、ここは探りを入れておこう」
「威力偵察隊500を出し、敵の出方を見る!すぐ準備せよ」
亜人軍は威力偵察隊500をヴェレーロ軍駐留地域に進撃させた。
太一の作戦目的は敵を遅滞行動に誘導することであり、この時点では作戦通りに事が進んでいた。
ヴェレーロ軍は敵の魔道探知ギリギリの距離に陣を張り全貌を見せないようにしている。
こちらは風精霊によるパッシブソナーにて500騎の行動は全て筒抜けになっていたのだ。
亜人軍偵察隊の壊滅の報が届いたのは翌日の昼前であった、それと同時に内通者からの報告も入ってきた。
「偵察隊壊滅!」
司令官は煽っていた杯を地面に叩きつけ怒った。
「何だと?!!500騎が壊滅しただと!?」
その時、一人の参謀のが近づき、司令官に耳打ちした。
「何?!敵は半数以上を撤退させ、2000の兵で我々の足止めをしているだと!」
「ふむ、食料は既に5日分を切ったとな?」
司令官は立派なヒゲを撫でながら考える。
————おそらく要人を安全に帰還させ援軍と補給を呼ぶつもりか・・・・
————2000の兵はその帰還を援護する捨て駒という訳か、物資も少なければ恐らく突入して全滅の道を選ぶか・・・・それとも・・・
————我らの足止めをして、ジワジワと撤退するかのどちらかだ。
————食料切れを待って殲滅するか、一気に叩き潰して本隊を追うか・・・
方針を決めあぐねている時に報告が入った。
「将軍!前方に土けむり!敵が突入してきます!」
「ほう、全滅の道を選んだか・・・敵の指揮官も中々勇猛と見える!」
「よし!全軍をあげてこれを叩き潰す!数で押して有無を言わさず壊滅させろ!」
座っていた椅子を跳ね飛ばして手のひらを前に突き出し号令を発した。
亜人軍1万の兵が一気に突撃していった。
「がははは!我に続け!!」
勇猛な亜人の将軍は兵の先頭にたって突撃していった。
太一はその動きを察知し敵が全軍で動いたのを確認した。
「かかった!!魔法兵横一線!一斉射!」
この世界の魔法兵は号令と共に各々で魔法攻撃を放つのが通例であったが、太一はそれを横一線に並べて一斉に撃たせる。
魔法に関してはカズイチがスクロールに呪文を書き込んで太一に渡してあった。太一はその魔法がどう言うものかは知らないが、面制圧魔法をオーダーしてありカズイチの能力は十分に信じている。
横一線に一斉に放たれた魔法は土精霊と炎精霊のコンビネーション、その様相は敵味方双方から見てもただの岩が飛んでくるだけだ
ヴェレーロ軍の魔道兵はあっけに取られる
「投石魔法?炎はどうした?」
亜人軍の方もよく事態が飲み込めない、とりあえず間隔をあけて岩石をやり過ごす体制に入る。
亜人の将軍は豪快な笑いをあげ、勝利を確信した。
「がはははは!投石(カタパルト)だと?!一体何百年前の戦をしてるのだ!」
「このような攻撃しか出来んとは、敵はもはや万策尽きておるぞ!」
剣を高く掲げ振り下ろし全軍を鼓舞する。
「敵は最後の悪あがきだ!恐れずに突き進め!!!」
騎馬隊は速度を活かし、飛んでくる岩石の前に出る。
その瞬間、爆煙と共に騎馬隊の頭上で岩が弾け飛んだ。
一瞬にして砕けた岩が爆風で地面に叩きつけられ爆煙と土けむりを上げる、もうもうと立ち上がる煙の中、そこには原型を留めないおびただしい数の亜人の死体が転がっていた、1000単位はあるだろうか?
運良く生き残った兵は何が起きたか分からない、いや生き残った方が地獄である、腕を探し呆然と彷徨う者、ハラワタをぶちまけ母の名を呼び這いずる者、腰から下がなく腕だけで何かにすがろうとする者。大地が亜人の血と肉片で染まる。
それを見ていたヴェレーロ軍の魔法兵団もあまりの威力に我が目を疑った。
太一もそれを見て呆然とした。
「カズイチの野郎・・・なんて非人道的な魔法を・・・フレシェット弾かよ・・・そんなの自衛隊でも持ってないぞ・・・・」
フレシェット弾とは、金属製の矢を大量に仕込んだ砲弾を、敵上空で炸裂させ無数の鉄の矢を降らせる砲弾である、それを石つぶてで再現したのである。
どうやら、最初の一撃で敵将は肉片と化していたようだ、だが勢いのある敵軍は速度を落とさずそのまま突っ込んでくる。
「おいおい・・・今の見てなかったのかよ・・・・」
太一が苦々しい顔で号令する。
「第一線撤退開始、先頭騎馬隊のやや後方!第二線一斉射!しかるのち撤退!」
騎馬隊の後方に再び横一線、広範囲で炸裂する、完全に先頭の騎馬隊が分離した。
「何だ!この魔法は!!!こんなものががあってたまるか!」
さらに爆煙を抜けた敵騎馬隊の鼻先に第三線の火力が集中する。
「怯むな!!雁行陣で的を分散させ速度を持って肉薄しろ!!そうすればあれは撃てない!」
亜人軍はやや広めのV字を作り幅広く展開した。
太一が叫ぶ
「今だ!中央に火力を集中!真ん中をこじ開けろ!」
扇の要の部分に火力が集中し敵陣形は真っ二つに分断された。
それでも勇猛に爆煙を突破してきた騎馬隊は逆方向に転進して行くヴェレーロ軍を確認した。
「逃がすな!踏み潰せ!!」
一気に突撃して行く亜人軍、しかし、速度差のある歩兵、魔道兵、騎馬兵との戦列は縦に大きく伸びてしまったのだった。
太一は苦笑めいた表情でつぶやく
「カズイチの奴に馬200を渡したからなぁ・・・敵の偵察隊から分捕った馬も入れて150騎がやっとか・・・・・・こういう時はコブラ(AH-1S戦闘ヘリ)かアパッチ(AH–64戦闘ヘリ)が欲しいなぁ・・・」
望みのない願望を口に出して言ってみたのである。
「敵さんがそう出たという事は、ほぼ内通者がいると見ていい・・・次からはそこも勘定に入れなきゃだな・・・・」
太一は騎馬隊150を広い間隔で走らせ土煙をあげさせる、ようするに騎馬数をカサ増しして見せているのだ、その間に足の遅い歩兵や魔道兵はこっそりと逃す。
150騎と数百騎による盛大な鬼ごっこである。補足されればあっという間に飲み込まれてしまう
太一たちは少し狭目の岩場に逃げ込む、敵軍は最後尾に肉薄するほどに迫っていた、追いつかれる!
誰もがそう思った瞬間、太一が号令を出す。
「いまだ!点火!!!」
魔道兵がスクロールを実行する、後方を追ってきた数百騎が一瞬にして爆音と土煙に包まれる
地面の中に鉱石の結晶を纏った爆裂魔法を仕込んでいたのだ。
これは、太一がカズイチに相談して作らせた魔法である。ちょうど我々の世界で言うところの
対人地雷クレイモアである。
「俺も・・・非人道的といえば、非人道的か・・・・まさかこんな異世界で初めての実戦を指揮するとはな・・・思ってもみなかったよ。」
第10章『あの補給隊を叩け』
そのころ、全軍を出撃させ補給隊しか残ってない陣地では、前方の爆煙や土けむりを眺め
その苛烈な戦闘で敵兵が殲滅させられている模様を想像していた。
その時、亜人軍の魔道探知に何か異変が観測され、補給隊護衛の指揮官に報告された。
「やはり来たか!本体に伝令を出せ!我別働隊の奇襲をうけつつあり!来援を乞うと!!」
「護衛部隊500全部隊で迎え撃つ!魔道兵は眠りの魔法を打ち消せ!毎度同じ手が通用すると思うなよ!!」
魔道探知部隊が報告する
「この陣全域に結界を張られる反応が出ています!」
「やつらめまたしても物資を強奪するつもりか!させんぞ!アンチスペルだ!」
「結界内魔力上昇して行きます!何か仕掛けて来ます!」
「リフレクターで跳ね返せ!!」
————ここで一度時系列は前日の夜にさかのぼる。
エリザベートがカズイチに報告する。
「カズイチ、敵の側面を捉えたぞ、どうする?」
「エリー、明日には太一さんが陽動を仕掛ける、勇猛な将軍ほど簡単に引っかかり全軍あげて出撃するだろう、それまでは待つんだ。」
ここで手を出そうものなら、1万を超える兵力がこちらに向かってくる、そうなればひとたまりもない。
そして小隊長を集め、作戦の説明をする。
「エリー、明日は合図と共に君の騎馬隊は陽動をかけて敵の守備隊を引っ張りだせ。守備隊だけでも2個中隊は居るはずだ。距離を間違えるなよ、そして死ぬな」
「分かったわ、カズイチ、あなたを信じる」
「エレーナの小隊は、騎馬が動く時エンチャントをかけて防御と速度を上げてやってくれ、その後は打撃小隊への攻撃力アップを頼む」
「エンチャント後はどうすればいい?カズイチ君」
「撤退準備して待機だ、必要とあらば、攻撃に参加してもいい」
「分かったわ」
「グロームさん、あなたの小隊はすべての精霊を俺に預けてほしい、相当精力を使う事になるだろうがよろしく頼む」
「わかりました隊長、燃料は俺たち持ちですね(笑)
「相変わらずカッコイイね、グロームさん♡」
「ローディ校長は号令で一斉にこのスクロールを実行して下さい、その際横一線で広範囲に散布してください。」
腕組みの上に素敵なバスト乗せて、しかし怖い顔でローディは言った。
「カズイチ、このスクロール読んでもいいか?」
「ええ、どうぞ」
大魔導士のローディでさえ読解できなかった。
「おい、カズイチこれは何だ?精霊語でイエスとノーしか書いてないじゃないか?」
「これ、本当に読めるのか?」
「ええ、精霊たちにはすこぶる評判良いですよ、ゴチャゴチャ余計な言葉が無くて助かると(笑)」
ローディが耳打ちする
「これが終わったら、このカラクリを吐いてもらうぞ」
「ヒミツですぅぅ」
カズイチは意地悪そうに言った。
「チッ!やはりお前をエドガー家から買い戻し、あらゆる拷問にかけて吐かせてやる」
「ローディ校長が言うと冗談に聞こえませんよ、僕は戦後は平和利用にしか魔法使いませんからね!軍事利用なんてまっぴらです!」
「ほぅ、それが甘美な大人の拷問でもか?」
「校長がハニートラップを公言しないで下さい!ホントそれ、エリーが聞いたら僕は殺されますから!!」
冗談はさておきといった感じでローディが質問してきた。
「所で、太タイチはえらく手際がいいが、お前の国で軍人でもやってたのか?」
「ええ、太一さんは、僕の国で軍人だったんですが・・・。でも法律的に軍人とは公然と言えない軍人さんですけどね」
「なんだ?そりゃ・・・軍人が軍人って言ってはいけないとか、その法律可笑しいだろう?」
「あはははは、僕の国は昔の戦乱で敗戦国になって占領軍に平和憲法を作らされて、軍事力は持てないと言う程になってるんですよ、でも、自衛手段は必要なので、軍隊と言ってはいけない軍隊があるんです、しかも世界有数の軍事力ですよ。」
ローディは呆れた顔で続けた
「お前の国も難儀な国だねぇでも、そのニホンって国はどこにあるんだ?それ程の国なら噂くらい耳に入るはずだが・・・しかし何はともあれ近隣諸国でなくて良かったよ」
ーーーーまぁ・・異世界なんですけどね。
僕は苦笑するしかなかった。
エリザベートはカズイチの横に寄り添うように座る・・・と言うか他の女を牽制するかのようにめちゃくちゃ無言のアピールをしている。
アリビアールがその反対側に座り僕の腕をとり胸を押し付けて、2号を猛烈アピールしている。
「ちょっと!カズイチは私の婚約者よ!アリビアール離れなさい!」
「良いじゃないですかぁ〜貴族様は2号3号当たり前なんでしょ〜?正妻はエリザベート様でいいんですよぉ〜カズ君のご寵愛たっぷり受けちゃって下さい〜」
「カズイチ!鼻の下伸ばしてないで何とか言いなさい!わかっちゃいるけど、何か嫌なのよ!!」
ーーーー僕は明日の作戦決行のプレッシャーでそれどころではないのだが・・・・
「まぁまぁ、二人とも・・・・」
「まぁまぁじゃないわよ!カズイチが煮え切らない態度とるから私がイライラするのよ!」
ローディがニヤニヤしながら言う
「おや?すでに仲違いかぃ?婚約破棄してカズイチを我が家に戻したらどうだい?アリビアート共々面倒みるよ?クックック・・・」
「あぁ〜そしたら、私が正妻ですかぁ?そうしましょう〜、わたしぃ〜カズ君の子どもいっぱい産むね♡」
もう、勘弁してください、僕はそこまで余裕ないんですけど・・・・
「アリビアール、君の好意は嬉しいけど、僕の国では一夫一妻制なんだよ、僕にはエリーが居る、それで十分なんだ」
「・・・・・カズイチぃ♡!!!!!」
エリザベートは真っ赤になって両手で頬を押さえ、クネクネと動いている。
「ぁ〜ここはヴェレーロですよぉ〜、郷に入れば郷に従えって言うじゃないですかぁ、確実にお家に男子を残すための、ヴェレーロ人の知恵なんですよぉ〜」
「あ、そうなんだ?」
僕はちょっと感心した、そう言えば新生児の生存率も日本に比べたら低そうだしな・・・
「ちょっと!アリビアール!!あんた!折角カズイチが良い事言ってるのに!何水挿してるのよ!!カズイチも納得してるんじゃないわよっ!」
「わ・・・わたくしだって、その気になれば、男児でも女児でもバンバン産めますわっ!ね、ねぇ・・・カズイチ?」
エリザベートは耳までゆでダコみたいに真っ赤になってコチラをチラ見する。
こっちはこっちで争奪戦が激しいようだ・・・・僕は戦略物資かっ!全自動お家御用達子種製造装置・・・・
————貴族様って大変なのね・・・・
そして、最後にアリビアールに指示を出す
「アリビアールさん負傷者が出たら救護を頼みます、司令部の面々と待機で、さらに前衛が撤退を開始したらあなたも逃げて下さい、常に風精霊で連絡を取り合うようにお願いします。」
「は〜ぃ、わかりましたぁ〜」
カズイチはにっこり微笑んで、何となく感じていた疑問を解消すべく質問してみた。
「所でそんな話し方ですけど、アリビアールさんておいくつなんですか?」
「うふっ♡、女の子に歳を聞くなんて失礼よぉ〜知りたい?」
「ええ・・・まぁさほど興味はないですが参考までに・・・・」
「じゃぁ今夜カズ君の腕の中でゆっくり教えてあげるねぇ〜♡」
カズイチは困惑した表情とすごくビクビクした表情で語る。
「そういう発言すると、エリーが・・・・・」
言い終わらないうちに、僕は耳を引っ張られ引きずられる
「いててて!ほらね!!」
「カズイチ!明日は早いんだからもう寝ましてよ!あなたは私が一晩中監視します!」
「いや!作戦あるんだから君も寝ろよ!」
「その間にあの雌犬が襲って来るとも限らないでしょ!」
その光景を眺め皆んなは顔を見合わせた。
「もう完全に尻に敷かれてますね・・・」
グロームが苦笑しながら言う。
「ありゃ、奴隷根性抜けないわ〜」
と、ローディも苦笑い。
「異性のパートナーってそんなに良いのかなぁ〜カズイチ君見てると面倒なだけのような気がするけど・・・」
エレーナが興味なさげに呟く。
アリビアールが心底残念そうに叫ぶ
「エリザベート様ぁ〜私2号で良いんですってばぁ〜!気にしなくて良いんですよぉ〜」
「うるさい!雌犬!」
エリザベートはヒステリックに叫んだ
カズイチはエリザベートのギラギラした監視の中眠りについた。
————明日は誰も死なせない・・・死なせたくない。そのためなら俺は・・・・
第11章『神と悪魔の蔑みの中で』
亜人軍守備隊はエリザベートの騎馬隊を確認する。
「なんだ?!たったの50騎程度ではないか?!あれで何をするつもりだ?」
エリザベートが騎馬小隊に指示を出す。
「よし!引きずり出したぞ!各騎・・・・・後退っ!」
貴族の矜持が敵を前に後退など許さないが、敵の騎馬部隊は軽く200を超える数字だ、カズイチの指示に従い後退を開始する。
守備隊指揮官は違和感を覚えた。
「まて!待て!追撃やめ!50程度の騎馬で挑発行為!何か罠がある!」
「速度を落として深追いするな!」
またしても太一の作戦に引っかかる。
敵が繰り出した騎馬を陣から引き離し、味方騎馬隊とも距離を取らせ魔法で取り囲むように攻撃・・・太一の思う理想の展開となった。
「太一さんすごいな・・・これだけの指示でこの状況を作ってみせるとは・・・」
カズイチのはつくづく感心した。
ローディの部隊が攻撃を開始した、よし!スクロールを精霊に読ませろ!敵の騎馬隊を囲むようにして魔法攻撃開始!
敵騎馬上空で取り囲むように火球が発生し、真下に落ちてきた。
亜人騎馬隊指揮官は、なぜ自分たちの真上でなく騎馬のいない周辺に落とすのか意味がわからなっかた。
「どこに落としてるんだ、俺たちはここだぞ?」
火球が地面に着弾し爆発する、それと同時に大気圧が一気に爆風を押しつぶす。
爆風は逃げ場を失い、地面スレスレを広範囲に広がっていった。
「なんだ!これは!!!」
一瞬にして四方八方から爆風が押し寄せ亜人騎馬隊をなぎ倒していく。
自分たちで攻撃した第一小隊の魔導兵も言葉を失う。
理解不能!
ローディが叫ぶ
「カズイチ!あの魔法は一体何なんだ!爆風があのように・・・・」
カズイチは手を合わせ、敵亜人兵の冥福を祈りながら答える。
「爆風を風で押しつぶして流れをコントロールしたんです。低い位置の兵をなぎ倒すように・・・・」
「カズイチ・・・何という発想だ・・・・」
「僕の国にはありませんが、世界一の軍事大国が使う『デイジーカッター』という、兵器の魔法版です。」
「デイジー・・・カッター?・・・・・・お前は悪魔か!!!」
カズイチも半泣きで叫ぶ
「僕だってこんなの使いたくなかったんです!でも、皆んなを生きて本国に戻す為なら悪魔にでもなります!大好きな皆んなを生かすためなら・・・・敵を何万人でも・・・・」
そこまで言って言葉を止めた。
「戦争なんですね、これが・・・・」
カズイチは自分のやっている事に恐怖した。
残るは敵の物資とそれを守る歩兵だけだ、このような大量の物資は200名程度では強奪できないし、奪って帰るにも運搬の手段がない。
壊走してくる残存兵が合流したら200名程度の兵力では支えられるものではない。
太一は殲滅ではなく無力化と言った、ならば答えは至極シンプルである、物資を焼き払えばいい。
その前に、この世界の魔法について、少し補足説明をしておこう。
まず、魔力は無限ではない、精霊のレベルに応じて引き出せる魔力も限られている。
また、発生させたエネルギーに必要な量の精力を精霊に与えるのだから、大きすぎる力はエネルギー不足で人間では到底精力が足りない。
今までは個々人で使っていた精霊をカズイチは一人に集約させ、皆が燃料(精力)を出し合って発生エネルギーに見合う力を使かっているのだ。
それでも、大地を割ったり、あたり一面を火の海に沈めたり、宇宙に吹き飛ばすなど到底できるエネルギー量ではない。
その法則がある限り、魔法は万能兵器たりえない、むしろ補助兵器、支援火器としての役割を果たしているのが、この世界の魔法である。
故に45人程度の精力でこれ程の破壊力を生み出したカズイチは、魔導兵の皆にとって理解の範疇を超える存在となっているのだ。
最弱の風の低級精霊2体を折伏する能力しか持たない、この世界では最弱の魔導士に属するカズイチが何故それを可能としているのか、この世界の人間では理解できない
普通、限界以上に精力を提供すれば、当然その術者は死ぬ。
ところがカズイチはもちろん精力を提供した第二小隊の魔導兵達もかなり精力に余裕を残していのだった。
彼らはこのカラクリがどうしても理解できないのだ。
魔法兵たちは口々に言う
「どうやってあの広範囲の集積所を焼き払うのだ?この人数で・・・」
「魔導兵の多い編成では、焼き討ちなど不可能だ!」
カズイチは、土の精霊に指示を出す。
「土中にある、炭素・・・わかるか?コレを集積所周辺に巻き上げろ」
「そっちは、マグネシウムだ!無尽蔵にあるだろ!コレも結界内に巻き上げろ」
「お前が言うのはこれの事か?」
当然炭素やマグネシウムと言う単語は精霊語には存在しないが認識はできるようだ
指定した座標内に炭素とマグネシウムの粉末が充満し雲のように覆った。
エリザベートから預かった風の上位精霊シュクヴァールに命じる
「シュクヴァール!酸素を!」
「結界から出せば良いのだな?」
「逆だ!ドンドン送り込め!!」
「ほぅ、出せと言ったり送り込めと言ったり、汝もわがままな男よ」
亜人兵は霧のように発生する粉塵の中で咳き込みながら、状況のを把握しようとするが全く意味がわからない。
「リフレクターはどうした!」
「攻撃ではないので跳ね返す事ができません!これは魔力は感じますが魔法攻撃ではありません!!」
「なんだと!この霧は魔法攻撃ではないだと?!ゲホ!ゲホ!!」
そしてカズイチはグロームに静かに命じた
「グロームさん、雷をチョコっとだけ落として下さい。」
「奴らに浴びせるのではなく?」
「はい、もぅ全然精力使わない程度の雷で構いません」
「ふむ・・・・よく分からんが造作もない、ホイ!」
グロームは軽く雷を落とした。
「あ、あと伏せた方がいいですよ?」
「ん?なんで?」
そうグロームが答えた瞬間、物資集積所が火球に包まれた。
轟音を立て集積所は跡形もなく吹き飛ぶ、その爆煙は撤退してくる亜人軍本体からも恐怖の対象として目に飛び込んで来た。
続いて衝撃波が僕らの中隊を襲う、皆大地に伏せその凄まじさを感じ取る。
遅れたグロームは木の葉のように吹き飛ばされ低木に引っかかる。
十分に距離をとったエリザベート隊ですら風に煽られ大半が落馬する程の衝撃だ。
その爆煙は2000m上空まで巻き上がった。
太一は撤退しながら作戦の成功を悟った。
「カズイチのやつ、また派手にやったな・・・・一個中隊は多すぎたんじゃないのか?」
「何使ったら、あんな爆煙上がるんかなぁ?核攻撃のようではないが・・・・まさかサーモバリック爆弾でも使ったのかな?」
サーモバリック爆弾とは次世代の気化爆弾の事である、投下後1次爆発で可燃性の爆薬を散布し、2次爆発であたり一面を火の海にする。
しかしカズイチの使った爆発の正体は『粉塵爆発』である、サーモバリック爆弾と原理は同じだ空気中に可燃物が漂い条件にあった濃度に達する、それに着火すると爆発的に酸化反応を起こして行く、可燃物が密集しすぎても、拡散しすぎても効果は低い。
酸素を送り込む事で十分な酸化反応を促す事ができ、あの広範囲をあまり魔力を使うことなく吹き飛ばしたのであった。
4000近い兵を失い、さらには食料物資まで失った敵の亜人師団は散りじりに撤退していった。
味方にただ一人の戦死者も出さずわずか2200の兵で1万を超える敵師団を撤退させたのだ。
知将タイチ・ヤマシタと大魔導士カズイチ・アオイの名はこの2200名の中だけで轟いたのだった。
ただ、魔力で粉塵を巻き上げて、そこに雷で着火しただけの、至って低燃費で高火力の魔法攻撃であった。
カズイチ中隊の皆んなは、半分砂に埋まった状態で起き上がった。
跡形もない集積所。
中隊の皆は、歓喜の声を上げる余裕はなかった、目の前で起きた理解不能の大爆発。
あれ程の爆発なら、ほとんどの魔導兵は精力尽きて死んでいるはずなのに、皆余裕を残してピンピンしている。
戻って来たエリザベートはロシナンテの馬上から直接砂だらけのカズイチに飛びついて貴族のお嬢様らしからぬ泣き方でわんわんと泣いた。
「カズイチぃぃぃぃ!!カズイチぃぃぃ!!」
とにかく名前を連呼して泣いた。
「カズイチ!今の魔法は何だ!!!どうやってやった?!!」
ローディはエリザベートからカズイチを奪い襟首を捕まえて顔がくっ付くほど近くで怒鳴った。
「校長・・・あれは魔法でなく、科学です!カラクリは・・・・ヒミツですぅぅ!軍事利用は金輪際させません!!」
ローディは後々の著書で、カガクとは?何だ?
あれは本当の意味で神の領域、まさに我らにとっての魔法であったと・・・・語っている。
我が世界の常識外にある最弱で最強の魔法使い、それがカズイチ・アオイであると。
「そう言えば以前言っていたな、科学とは人の英知の蓄積により神の頂に登る技術だと・・・」
「神に代わってお前が成したという事か・・・・本当にお前は神なのか?悪魔なのか?」
横からエリザベートが奪い返し抱きついたままで誇らしげに、叫ぶ
「カズイチは神でも悪魔でありませんわ!私の最愛の夫です!」
負傷者のヒールを投げ出し、アリビアールも腕を取る。
「そしてぇ〜私はカズ君の2号さんなのですぅ〜」
言うが早いか油断したカズイチに唇を重ねた。
あまりの早業に周りの誰もが、唖然とし凍りついた。
「アリビアール!!!ちょっとアンタ人の夫に何てことするのよ!」
「カズイチも何で避けないのよっ!キィィィィ!殺す!二人ともコロスうぅぅぅ!!カズイチ殺して私も死ぬぅぅ!!」
剣を抜いてアリビアールを追い回す。
「あははぁ〜、エリザベート様が余りにも奥手だからぁ、ワタシ、カズ君取っちゃいますよぉ〜」
ひょいひょいと剣を交わしながら逃げて行く。
追うのを諦めてカズイチの方にズンズンとやってくる。
殺される!!!そう思ったカズイチの胸ぐらを掴んでエリザベートは唇を重ねる。
「あの雌犬のキスなんか!私が塗りつぶしてやるんだからぁ!!」
そう言ってなんども何度も泣きながらカズイチはキスの上書きをされたのだった。
一つの局地戦が終わった。
亜人側に多大なる犠牲者を出し、味方にえも言われぬ謎と恐怖を残した戦いであった。
タイチの采配とガズイチのスクロールだけが成した不可思議な勝利だ。
ただ、この戦は勝ち戦ではない、負けなかっただけなのである。
依然敵中に孤立しわずか2200の兵と700もの難民を抱えヴェレーロ本国への帰還の道のりはまだまだ遠かった、敵はさらなる大群を繰り出して追撃して来るだろう、本当に帰り着けるのか皆は不安で一杯だ、ただタイチの用兵とカズイチの魔法を皆がアテにしている事は間違いなかった。
「二人の日本人、撤退戦を戦う」第3話 終わり
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