第2章 10日間
第4話
次の日、同じ時間の同じ電車かは分からないけれど、似た様な電車に乗った。
次々に人が減っていく光景には少し慣れたけど、ろくにバスが無いのは困ったものだ、なんて思いながら、所々ひび割れたコンクリートの上を歩く。
霞ヶ丘神社の社に着くと、そこには黒髪のセーラー服を来た神様が、階段の一段目に腰をかけ、本を読んでいた。
「何読んでんの?」
「ライトノベルです」
「……」
神様が人間の書いた本を読む事自体が驚きなのに、更にそれがライトノベルだと言う事に衝撃を受けた。
「別にライトノベルが悪いとは思わないけど、神様が読むとは思わなかったな」
そう言って、後頭部を掻くと、
「言葉の勉強に丁度良いんですよ、神様とかよく出て来ますし」
と一言。
今時の創作物は神様も制服を着たりするのですね、と立ち上がって一回転して見せた。
『可愛いね』とでも言ってあげた方が良かったのだろうか。
とてもよく似合っていた。元々制服が似合わないのは学生くらいの年齢をとうに越した者かそう見える者くらいであって高校生の様な容姿をした神様が似合わないはずは無いのだけど……そう言う事ではなく。
結局、無表情のままでは反応に困るだけなのだけど。
全く、神様と言う奴は分からない。
それから俺は「それにしても」と話を切り出して、
「300年不老不死って、たかが罰ゲームにしては重過ぎないか?」
不老不死。それは一見、むしろ願ってまで手に入れたいものでは無いかと思うかも知れない。
実際、ドラゴンボールでも某サイヤ人が願おうとしているし、某地球外生命体もそうだ。
しかし一方で、不老不死の薬をみすみす捨てている物語もある。
『逢ふ事も涙に浮かぶ我が身には死なぬ薬も何にかはせん』
竹取物語だったか。
逢いたい人に会えないのに不死の薬を飲む事に意味なんてあると言うのか、と大体そんな意味の歌。
まぁ、つまり。不死になる事に意味を見いだせないのなら、それは無意味でしかないのだと言う事だろう。
まして、今日生きる理由もない俺にとって、300年限定ではあるものの、それはまさに呪いそのものと言っても過言ではない。
「そうでしたか? 大抵の人は喜びますけど」
神様は平然と、しらを切る。
不老不死が良いものではない事は、神様が一番知っているだろうに。
そう思って、ふと。
「そう言えば、神様って不死身なのか?」
「不死身か、ですか」
それが今日の分の質問で良いのですか、と少女は尋ね、コクリと頷く。
不死身かどうか、寿命は長いのかどうか。
俺は何一つ、知らないのだと思い知る。
コホンと小さな咳払いが聞こえ、
「神様を生きていると表現していいかは甚だ疑問ですが、私達の命は有限であり、無限です」
「……いや、どっちだよ」
ここで何かを察せる程、俺は神様に対する知識はなかった。
はぁ、と神様はため息を吐く——まるで、理解力がないですね、と言いたげに。
「神様が存在する為にはいくつか条件があります。条件が揃っていれば存在出来て、揃わなければ消滅する、それだけの事です」
「へぇ、なるほど」
分かったような、分からなかった様な。
「じゃあ、お前はどれくらい生きてるんだ?」
「どれくらい、ですか」
神様は右手の人差し指を眉間に当て、
「いつから存在しているか、正確な日時を私は知らないので何とも言えませんが、恐らく一千年から八百年でしょう」
実に、神様らしい答えだと思った。
人間であれば自分の産まれた日時は親が教えてくれるものだけど、神様にはきっとそれが無く、そもそも時間の概念にさほど興味がないからそんな二百年の幅がある答えになってしまったのだろう。
「でも神様なら知ろうと思えば分かるんじゃないか?」
人の願いをもし本当に叶えられて、寿命を300年与えられる程の存在であれば、そのくらいわけ無いのではないかと、そう考えた。
「出来る事とする事は違いますよ」
明日、一番に尋ねられたら違う答えを言うかも知れませんが、と神様は手にしていたライトノベルを再び開く。
これは実に彼女らしい回答だなと、そう思った。
***
時報が12時を告げ、俺はファストフード店で買ったハンバーガーを持って神社に向かった。
本来店内で食べてしまっても良かったのだけど、それこそ店にわざわざ出向く事もなかったのだけど、神様が「ハンバーガーが食べたいです」と言い、仕方なく買った次第である。
聞くところによると、食べなくても消滅しないけど、食べないと自分が存在しているのか分からなくなるから、だそうだ。
社に着くと、神様は初めて会った時の白い衣を羽織っていて、その長い髪が時折なびいている姿につい足を止めてしまった。
乱雑に生える雑草やら風情のカケラも無いオンボロの建築物が、彼女にあてられると寧ろ情趣が有る様にさえ感じてしまうのだからきっとあれが神様と言うものなのだろう。
「供えた方がいいのか?」と本殿へ投げ入れ様とするそぶりを見せると、
「手渡しで結構です」
そう言って、代金を払おうとしたから断ってやった。
神様は包みを開けると、ハンバーガーを物珍しげに見つめる。
「食べた事ないのか?」
「供えなれた事ないので……」
小麦粉と牛肉、玉ねぎが主成分の様ですね、なんて言っている辺り、どうやら本当らしい。終いには一口かじって、その跡を眺めている始末。
「ごめんなさい、苦手でした」
無表情のままだったが、とても申し訳なさそうに言う神様が少し面白いなと思った。
「神様にも好き嫌いはあるんだな」
『神は人の上に人を造らず』なんて、まるで神様が平等主義だと唄った名言が食べ物如きでさえ好き嫌いをすると言う事実でいとも容易く否定出来てしまうと思うと笑みがこぼれる。
「平等のままでいるのは無関心の間だけです。関心を向けてしまったら、平等には見れませんよ」
「それはさておき」と神様は続けて、食べれなかった事や店員に不思議がられたであろう事を改めて謝罪し埋め合わせをしたいと言う趣旨の事を言ってきたが、彼女の持つハンバーガーを取って、
「別にいいよ。それに俺は少し優越感に浸ってたんだ」
そう言って、かじってある方の反対側を口に含んで咀嚼する。
「優越感……ですか?」
「一人分では無く二人分を買って行ったんだ。店員は恋人に買ったんだろうと思ったんじゃないか?」
「……」
神様は1度躊躇って、
「恋人なら一緒に買うのではないでしょうか」
恋人が一度もいた事がない事が露見した瞬間だった。
そして言わなければお互い都合が良かったはずなのにわざわざ口にする辺りが多分、この神様の性なんだろう。
それから俺は日が暮れるまで、実のない話をひたすらした——次の日になれば呆気なく忘れてしまうほどにどうでもいい話を。
帰り際「供え物目当てか?」と尋ねて、「私を何だと思ってるんですか」とそう言われた。
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