余命300年の過ごし方。
フィブリン
第1章 神様
第1話
「なぁ、お前は神様とか信じちゃう奴?」
小学生の頃、御山の大将ならぬ飼い猿の大将は俺にそう言った。
その理由は確かとある噂を話したのを聞かれたからだった様な。
俺はそいつの事がそれなりに嫌いだったし、クラスの大半から嫌われてる、そんな奴だった。
まぁ少なくともお前の前に神様が現れる事は無いだろう、と思ったけど、当然そんな事が言えるはずもなく、しばらく黙り込んでいると、一人の女の子が割って入って、
「神様はいるわ。信じれば救われるのだから信じなきゃ損じゃない」
なんて夢の無い論理なんだろう。
夢見る少女であるべきお年頃な少女がそんな事を言っていいものなのだろうか。
でも、確かに一理あると思った。
信じなくても何の得もないが、信じれば得があるかも知れないと、彼女の言う事は大体そんな感じなわけで、損得勘定で言えば正しいのである。
結局、神様の存在を損得勘定で決めていいのか、と聞かれれば詰まってしまう発言なのは確かなのだけど。
その後、白熱するどちらが勝ったとしてもさほど変わりのない無意味な論争が俺の目の前で繰り広げられ、どうやら決着は付かなかったらしい。
最終的には俺が答える事になり、
「別に、どっちでも」
と、手短に答えた記憶がある。
何故こんな事どうでもいい、昔の会話を思い出したのだろう。
その答えは明白で、自明な事だった。
神様をみた。ただそれだけの事。
***
低音ビートの効いたロック調の音楽。
早天、不快な目覚めを迎えた俺は左手を必死に伸ばしてスヌーズボタンを叩いた。
再び布団に潜ろう。そう思ったけど、ロックの神様は偉大で、アップテンポなリズムが脳内に刻まれて離れない。
それも、目を閉じると余計鮮明に再生されるのだからタチが悪い。
仕方ないから起き上がって、それから明かりをつけると、殺風景で、物のない高級マンションの1室。
昨日食べ散らかした菓子のゴミが散乱しているばかりだった。
少し驚いて、あぁそう言えば昨日全部売っ払ったんだった、とか思う始末だから、きっと俺はこれらを売るのに何のためらいもなかったのだろう。
カーテンを開くと、薄暗い東京の街並み。夏の明け方の空にはオリオン座が煌めいていた。
***
気がつけば、空は青くなっていた。
俺は始発の電車に乗って、高層マンションやらビルやらが立ち並ぶ街から離れて田舎、それも極端なド田舎なら風情があったのだろうけど、田んぼやら山ばかりと思えば住宅地やデパートもそれなりにある、いわば中途半端な田舎に来ている。
「おや、今日は学校はないのかい?」
目的の駅で降りると、ホームで気安く話しかける花柄の服を着たお婆ちゃん。
「今日はサボりです。内緒ですよ」
俺はとっさに思いついた言葉と笑顔でその場しのぎの適当な言葉を吐く。
嘘ではない。けれど真実というわけでもない、そんな言葉。
何処か含みがあって、何か事情がある事を察してしまう、そんな言葉を俺は吐いたのだった。
けれど、お婆ちゃんはそれについて気づいたそぶりなんて微塵も見せず、
「そうかい、じゃあ今日は楽しみなさいよ」
と、優しく微笑んでくれるあたり、この人はきっといい時間を過ごしていて、これからもいい時間を積み上げるのだろうとそう思う。
停まっていた電車の扉が閉まり、動きだす。
回送と言うわけでもないのに通り過ぎる車両はほぼ無人で、ここが田舎なんだと改めて実感した。
少しして完全に電車は見えなくなり、再び静かになった駅のホーム。
「じゃあ、またね」とお婆ちゃんは右手を微かに揺らして別れを告げると、俺は「あ、はい。さようなら」と返事をして、自動販売機でコーヒーを買った。
***
鶯のさえずり、川の聲、木々の揺れる音。
「……ここか」
『霞ヶ丘神社』そう書かれた門の前で俺はつぶやいた。
思ったより小さい。それが一見してみての感想だ。まぁ有名な神社というわけでないのだから当然の話だけど。
社には最小限の装飾しか施されておらず、人もいない。
どうやら地元民にさえ信仰されてないようだ。
脇に生える竹やら松やらで辺りは暗く、少し不気味である。
それだけならまだ良かったのだけど、ドクダミを始めとする、毒々しくも薬々しい悪臭に、腐葉土の匂い、それから樹木の腐臭やらが入り混じった、古い森特有の臭いが鼻をつく。
もしかしたら昔は美しい自然がそこにあったのかも知れないが、今は手入れが全くされておらず、雑草は伸びきっている状態。
まだこの神社が存在している事が不思議な程である。
なんで俺はこんな所に来ようと思ったんだっけ。
あぁ、そうだ。あの噂を聞いたからか。
『霞ヶ丘神社には神様がいる』
そんな噂をいつだったか聞いた。
小学生の頃だったのか、それとも中学生になってからか、はたまた最近の事なのかは覚えていない。
ありふれた絵空事。神社なのだから神様が居ないと言う訳がなく、信じるに足りないものだと思う。
それでも俺はその絵空事にひどく心を奪われていたのだ。
神様なんてろくに信じない無宗教者の癖に、こうして今わざわざ足を運ぶほどに。
俺は社の前に立つと、柱の横に張り紙を見つけた。
『ご利益一覧 心機一転 長寿 縁結び 開運』
中々働き者の神様らしい。
これを本当にたった五円でこなすのであれば関心である。
もっとも、仮に神様が実在したとして、五円で願いを叶えるなんて相当なお人好しであればあり得ないと思うのだが。
それにこの過疎具合を見る限り、どうやらこの神様は仕事をしてないようだ。
少なくとも俺が神様なら一万円は取るだろう。そう考えた俺は鐘を鳴らすと、諭吉さんをポケットを取り出すと投げる。
ヒラリと舞う諭吉。少し惜しい気もしたが、別にもう要らないものだし、幸い 人も居ないのだから拾えばいいのだ。
まぁ、そんな事をする気は毛頭無いのだけど。
ついに賽銭箱に落ちると、合掌。俺は生まれて初めて、文字通り神頼みをした。
「神様、貴方に会ってみたい」と。
………………
…………
……
5分、大体そのくらいだったと思う。
目を開けると、およそ全く変化のない社。
ファンタジーであれば急に光り出したりするものだが……とか考えたけど、そもそも夜じゃないのだからその演出ではイマイチだと気づく。
絵空事は所詮、絵空事。
神様はいるのかもしれないけど、人間の前に、それも何の特殊性のない俺の前に姿を現わす事はないのだろう。
大きく深呼吸をして足元に置いた軽いリュックサックを背負うと、社に背を向け、ポケットに忍ばせて置いたレモン味の飴玉を口に含もうとする。
含もうとして、地面に落とした。
「どこへ行くのですか?」
背後から心地よく響く透き通った声が渦巻き管を通り抜ける。
振り返ると、女の子がいた。
音もなく、気配もなく、唐突に。
柄のない真っ白な装束を纏った華奢な体。
腰の高さまで伸びる黒髪はとても綺麗である。
俺を見下ろす瞳はどこか儚げで、賽銭箱の前で閑かに立っていた。
少女は俺の視線に気づくと、
「ようこそ、霞ヶ丘神社へ」
と、事務的に、RPGゲームの話しかけると毎度同じ言葉が返ってくるアレの様に、そう言ったのだった。
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