第26話 だらだらと書く

会社を辞めて、10年以上になる。黄金の40代も遠い思い出だ。転落。

この10年に何があったのか、もう一度振り返ってみたい。

2011年、東京のステーキハウスで退職パーティーを家族3人でやった。それから東日本大震災が起きた。ハッタリかましまくり祭りがあった。ゲシュタルトのワークショップがあった。ゴールデンウイークには淡路島に行った。体調が良くなかった。体重は、100キロを超えていた。長くないと思い、フリーの雀荘で、1ケ月麻雀をやり続けたこともあった。1ケ月で半荘500本超という記録を作った。神と呼ばれたこともあった。

7月、寛解との診断受けた。環境会議から取材の依頼をがあり、電話で取材を受けた。

それからの事件。中華料理屋で母の顔にノンアルコールビールをかけて店を出た。快感。映画のシーンのような。やっと復讐が終わった。そんな気分だった。

しかし、事件。母にタクシーに乗せられ、精神病院に入院。3日で脱走。実家に戻ったところに警察が来て、精神病院に連れ戻される。

2ケ月で退院。マンションを借りる。クリスマスパーティの日に、突然、感情の平板化が起きる。

2012年、バックギャモンの第1回ロバート杯開催。障害年金取得、障害者手帳取得。「実録・躁うつ病」というブログを開始。

2013年、転院。再起を目指そうと言われるが体調がついてこない。家事支援のヘルパーさんが入る。東京のホテルに缶詰めでコンサルの仕事。秋には糖尿病で緊急入院。まだ、お金があった。

2014年、某大手企業の子会社の情報分析の仕事の話が来る。しかし、夏には破談に。この頃から飛んでもない妄想が出て、警察に保護され入院。環境調整と言われ、転居を強要される。お金が無くなっていたのだ。12月5日、離婚。

2015年、転居、就労継続支援B型へ、地域活動支援センターへ。自己破産。転院。

2016年、躁転、パニック発作、頻脈発作。訪問看護開始。

2017年、新しい地活へ。川柳の会。生活保護の申請が通る。

2018年、躁転、転院。無一文。金銭管理代行サービスと契約。

2019年、就労継続支援B型へ。躁転、転院。

2020年、躁転。B型をやめる。父、逝去。

書ききれない、いろいろなことがあった。何度も救急車を呼んだ。入院の話も出た。後見人の話も出た。施設の話も出た。

危機。2015年、2016年、2018年の躁転は、破滅的だった。記憶障害を伴う解離性障害。よく、今、生きているなと思う。永久入院が妥当なのではないかと思う。

リスクが大き過ぎるんだよ、一人暮らしは。抱えているのは、精神疾患だけではないのだ。心臓も、喘息も、ある。

精神疾患は統合失調が悪化しているように思う。思考が消えた。

だらだとか。急いで書ききってしまったな。これが今の品質だ。だらだらとが出来ない。

今日はここまでだ。続きはまた後日。(令和4年1月18日)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る