彼女の物語だけは、ハッピーエンドにしてくれないか。

出世魚

第1話 オープニング

僕が彼女から突然連絡を受けたのは、今から約2ヶ月前だ。その日は酷く雨が降っていて、会社帰り、傘を忘れた僕は、自宅の最寄りの駅の真横のカフェでボーッと携帯電話を触っていた。


どうやらこの雨はゲリラ豪雨で数十分後には止むらしい。 隣県の高校は爆破予告をされたらしい。海外に留学していた友人が帰国するらしい。入り乱れる情報に別段何を思うわけでもなく、機械的に指を動かしていると、突然着信があった。


覚えのない番号。普段、知り合いとの連絡はSNSで済ませているし、会社の連絡なら鞄の中にある社用の携帯電話へかかってくるはずだ。今時迷惑電話でもないだろうし…僕は少し躊躇しながら、煌々と輝く緑色の電話のマークを押した。


「…で…で…す」

向こうも外にいるのか、雨の音にかきけされてほとんど何を言っているのかわからない。

「もしもし?」

「…で……す」

「もしもし。ちょっと、お電話が遠いようですが」

「………」

「どなたですか?」

移動したのだろうか、周囲の雑音がスッと消えて、上擦った声が耳に響いた。

「私です」

名前を聞かずとも、声の主はわかった。僕は動転して、何も言えなくなった。もう二度と、着信は無いと思っていたから。

「すみません…やっぱり何でもないです。すみません」

声の主は我に帰ったようによそ行きの声を出した。このままだと電話が切れてしまう。

「待って…今、どこにいるの」

口の中がカラカラで、上手く舌が回らない。「新宿です…でも、あの、やっぱり」

「行くから。…30分で着くから、東口で待ってて」

すみません、という彼女の消えそうな声を了承と解釈し、僕は改札に向かう。定期券を出す手が震える。頭が少しズンと重くなる。


あと3分で、新宿行きの電車が来る。止まっているのも落ち着かなくて、意味もなくホームの壁に取り付けられた鏡を見た。これだけ動揺しているというのに、僕の顔は歪むことなく、疲れている様子すら窺えた。

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彼女の物語だけは、ハッピーエンドにしてくれないか。 出世魚 @365dayshamachi

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