ゲネシスファクトリー 八 【掴むために】
◆◇◆◇◆
◇ユーラシア大陸上空
ゲネシスファクトリー日本支部
専用チャーター機
二週間を掛けてヨーロッパをはじめとする世界六ヶ所の支部を回った管制室の面々は、皆が一様に窓の外を直視していた。
日本支部の時空域管制室において時空域のピックアップ作業を任されている栗原圭一も、類に漏れず窓の外に視線を向けている。
「この広大な砂漠地帯が二百年前は緑の大地だったとは、到底信じられる話ではありませんね」
チャーター機の窓から見える広大な大陸は、地平線の彼方まで淡いベージュに包まれた砂だけの世界が広がっていた。
「圭一、少し話ておこう。戻ったら早速に取り組もう。分かっているとは思うが時間はあまりない」
阿武室長の声掛けに無言で頷いた圭一は、他のメンバーに目配せするとチャーター機の奥に備え付けてあるミーティングルームへと足を運んだ。
決して大きな部屋ではないが、八名で構成されている時空域管制室のメンバーにはそれ程窮屈ではない。
全員が揃った事を確認すると、阿武が口を開いた。空気は張りつめているが、重苦しいという程でもない。
「思考をフラットにしよう。過去の経験則など当てにならん」
その言葉に小さく頷き、圭一が自分の言葉を並べていく。彼はここへ至るまでに既にその考えをまとめ上げていた。
「はい、成功した事がない過去の経験は、同じようにすれば失敗するという教訓でしかありません。俺は一つの答えに辿り着いています」
そう切り出した圭一の言葉に、その場の全員が静寂を以て答える。
圭一の言葉が続く。
「いくつもの支部の管制室を巡って思いました。何処の管制室も日本支部の管制室と全く同じ造りになっているはずなのに、全ての管制室が違う場所に見えたんです」
ゲネシスファクトリーの時空域管制室は、言わばユニット式と表現する事が出来る代物であり、全ての支部で同様の部屋に同様の機材が同様の配置で備え付けてある。
「そこにいる人、置いてある物、それが違うだけで随分と違う場所に見えるものなのだと……そして思ったんです」
圭一は自らのタブレットから立体映像を出現させた。
「今まで世界中で試みられていた再接続は、全て『同じ時空域』を掴む事に躍起になっていました。ですが、同じはずがないんですよ。その時空域には此方から多くの人間を送り込んでいるのです。そこにいる人、存在している物、その人や物と関わった人、そしてそれが波及していく。そうなれば当然『最初に掴んだ時と同じ』な筈がありません」
圭一が映し出した立体映像には、時空域をピックアップする際に行われる作業を説明するのに用いられる、一般的な図面が映し出されていた。
「普段我々がピックアップする際に多用しているこの時空域帯、なんの疑いも持った事がありませんでしたが、この時空域帯に固執する必要はあるのでしょうか」
その言葉に、管制室の面々が様々な表情を浮かべる。最初に口を開いたのは、圭一の父である栗原副官であった。
「圭一、スクランブルエリアを逸脱して時空域をピックアップするつもりか? そもそもエリア外では時空域を見つける事すら不可能かもしれんぞ」
ゲネシスファクトリーが時間の狭間を行き来する事に成功した大きな要因が、スクランブルエリアと呼ばれる特殊な磁場の帯を発見した事にある。そこに特殊な方法でアクセスして空間を開く事で、様々な『過去』に接触する事ができるのだ。
「父さん、勿論そうなんですが。我々の手で異質な時間になってしまった『目的の時空域』が、それまで同様にスクランブルエリアに留まっていると考えるのは、盲目ではないでしょうか」
その言葉に、女性の管制官が口を開く。
「一度でもゲートを開いて人や物が行き来した時空域は、スクランブルエリアを外れてしまう……もしそうなら、切り離した後でいくらスクランブルエリアを探した所で見つかるはずはない。という事ですよね!?」
圭一は無言で頷いた。
しばし沈黙が続き、其々がその可能性に対して思考を巡らせる。そんな面々に対して、圭一は自らの考えを繋げていく。
「時空域はスクランブルエリアで掴む物。この至極当然で当たり前の事さえ、一度頭から切り離してしまえばそれは『当然の事』じゃなくなってしまいます。むしろ、違ってしまった時空域が、異質な物になってしまった時空域が、そこにあり続けるほうが不自然に思えてならないんですよ」
圭一の言葉に、其々がその可能性について確信を深めていく。
ここで阿武室長が言葉を発した。
「何かしらの時空域を掴む可能性だけを目指すのであれば、スクランブルエリアから外れる訳にはいかん。だが我々の目的は再接続だ。スクランブルエリア内では長年、その確率は『ゼロパーセント』。スクランブルエリアの外で時間軸を掴んだという実績は極僅かだ。だが『ゼロパーセント』よりはいくらかましだろう」
阿武室長の言葉が続く。
「スクランブルエリアの外で挑む方が確率が低い、等と言う話にはならん。むしろ『再接続の研究』と呼ばれる分野の研究者達は、スクランブルエリアの中でしか物事を考えていない」
ゲネシスファクトリーがまだ小さい組織だった頃、時間の狭間を移動する段階の研究中、スクランブルエリアが偶然にも発見される前段階ではそれ以外のポイントで時空域を掴む試みが繰り返されていた。
殆ど成功しなかったのは事実であるが、スクランブルエリアが発見され、タイムズトンネルの開発や、タイムズゲートの開発が行われる中で、ゲネシスファクトリーの時空域ピックアップ技術は確実に進歩している。スクランブルエリアが発見される以前とは、その技術力に大きな差がある。
「今なら掴めるかもしれん。特に圭一、お前ならな。スクランブルエリアの外で掴んで見せろ。そして、それが人類初の再接続になる。切り離した時空域が消滅せず、スクランブルエリアの外に存在し続けていた事を証明するのだ」
「はい、室長!」
全員が大きく頷き合う中、チャーター機の機内放送が響く。
『間もなく極東区域に入ります。到着まで一時間を切りました』
支部に戻れば、挑戦である。
今のうちに少し睡眠を取ろうと言い出す者もあり、ミーティングルームには室長と副官だけが残る形となっていた。
機内放送に耳を傾けた栗原副官が、独り言を漏らすように呟く。
「中国当局はよく我々の飛行を許可しましたな。砂漠の大陸を見られるのは面白くないはずなのだが」
「軍事政権の維持には金がかかるものだ。国土の九割が砂漠化した彼等は、ゲネシスファクトリーの資金力に頼りっぱなしなのだよ」
ミーティングルームの窓に寄った阿武室長が、脇目に大陸を見下ろしながら副官の独り言に応えた。
その無表情からは、何を考えているのか全く伺いしる事が出来ない。栗原副官は、長年の付き合いであるこの年下の上司を未だに掴めないままである。
「室長、再接続が成功したら管制室に特別賞与でもありますかな。軍事政権を支える程の金があるのなら、我等に多少の報奨があってもよいでしょうに」
そう言う栗原副官であるが、これは本気ではない。再接続によって娘を救い出す事が出来るのであれば、報酬など不要であると思っている。
そして、その副官の思いを、上司である阿武室長は十分に理解してた。
「そうだな、総統本部にかけあってみよう」
これも無論の事、本気ではない。阿武室長も当然ながら娘の身を案じている。だが、それ以上の目的がある。
(再接続が成功すれば……時空域が消滅しない事が立証されれば。一部の富豪が不老不死を求めて殺到するだろう)
阿武室長はじっと大陸を見つめ、微動だにしない。これから訪れるであろう人類にとって大きな転機を、出来る事ならば自分の生きているうちに迎えたいと願っている。
(そこで得られる資金で本格的に始まるのか。イミグランド計画の始動……ゲネシスホールの開発、か。まだまだ遠い未来になりそうだ)
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