第125話 お墓参り

 郡上と大原の中間地点に、あの撤退戦で亡くなった方々のお墓がある。敵味方の区別なく、戦死者を手厚く葬ってくれたのは稲葉良通さんだ。


「伊藤さん、帰ったらお墓参り行きません? 矢島さんとか」


 伊藤さんは俺のほうをチラっと見ると、とても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


「いいですね、是非いきましょう! 矢島さんのお墓参りなら若様にも声かけたほうがいいかな」


 伊藤さんはそのあと何か考え込むように下を向きながら歩いていた。気になったのでしばらく観察していると、ふと独り言を呟いたようだった。


「大原に帰ったら親分さんのとこいくかな」


 あれから二年近く経過している。

 未だに人を殺す覚悟も経験も出来てないのは俺だけだ。


 そんな覚悟を決めるべきなのか、正直言えばわからない。そんな経験、しないに越したことはないとも思っている。


 でも。


(いつまでもお荷物でいる訳にはいかないよな)


 琵琶湖の南岸を通りながら、何だか一つ覚悟が決まったような気がしていた。



――同年 5月1日


 暦が五月に入るのと同時に、俺達は郡上へ到着した。

 美紀さんたちは大原に滞在していて不在だったが、陽と香さんが温かく出迎えてくれた。


「よくぞご無事で」


 にっこりと笑顔でそう言ったかと思えば、次の瞬間には完全に涙目になっている陽。そんな顔をされたら愛おしくてたまらない。


 ただ残念な事に、戻った俺達を待っていたのは一時の休息ではなく「激務」だった。


 その日のうちに城下の至る所から、ひっきりなしに俺の所へ挨拶に来る人が続いた。

 俺が織田信長さんに直接会った事や、洛中警護で織田家中の武将と肩を並べる立ち位置でお仕事をしてきた事が影響しているのだろう。


 驚いた事に、ついに畑佐六右衛門さんまで挨拶に来てくれたのである。


 遠藤慶隆さんの葬儀の折に起請文への署名を拒否した郡上北西部の有力者で、綱義くんが「押して駄目なら引いてみろ作戦」で口説いていた武将さんだ。


 伊藤さんが「気骨がある」という表現をしていたが正にその通りで、白装束でやってきては、開口一番「腹を斬るので見ていてくれ」と言い出したのである。


 当然だがそんなもの見たくない。

 そんな俺の心境を察してかどうかは知らないが、結果として腹を斬られずに済む事になった。


 自分が腹を斬るから一族郎党は安堵してやってほしいという畑佐さんの要望を、伊藤さんは突っぱねたのである。


「安堵してやれる程の功がないので、それは出来ない相談というもの。腹を斬る前に、武功を上げる事を考えた方がよろしかろう」


 なんとも伊藤さんらしいというか、この時代の武将さんの気持ちを動かすのが上手な言い回しだと思った。


 結局、畑佐さんは「必ずや武功を上げて見せるので次の合戦には必ず呼んでほしい」と言い出した。

 それまで、こちらが『来てほしい』と頼んでも無視していた人が、自分から『呼んでほしい』と言い出すとは、随分な変わりようである。


 伊藤さんはそんな畑佐さんに向って。


「それまでは処断を見送りましょう。武功次第では安堵は勿論、立身さえもあり得ますので存分に腕を振るわれるが宜しいでしょう、期待しております」


 なんて言ってその気にさせて、畑佐さんもすっかり伊藤さんに感服している様子だった。

 かつては反目していた者同士でも、こうもあっさり仲間になる。過去の行いに拘るのは、双方にとって良い事がない。忘れる事は出来なくても、許す事は出来る。


 特に畑佐さんについては、俺達に何か危害を加えてわけでもないし、従ってくれなかったという事実をネチネチと引きずる理由なんてないし、そうする事のメリットもない。


 伊藤さんはそれを上手に取りまとめてくれたのだ。


(やっぱりどう考えても伊藤さんが当主のほうがあってるよな)


 畑佐さんの件はこれで良しである。

 だが、仕事はそれだけではなかった。

 多くの人からのご挨拶だけでなく、実に様々な訴えが届けられている。


 やれ何処の誰ベえが盗みを働いただとか。

 誰と誰が喧嘩して大怪我をしたから賠償しろだとか。

 土地の所有をめぐって揉めているから仲裁してほしいだとか。


 あっちゃこっちゃから嘆願や訴えが上がっていて、俺達が留守にしていた間に麻痺していた郡上の政務処理を、一気に片付けなければならなかった。


「こりゃお墓参りどころじゃないですかね」

「いや、行こうよ。もう若様に使者出しちゃったしさ」


 翌日には伊藤さんの指示もあって政務処理はぐんぐん進み、三日目にはお墓参りに行く余裕さえ生まれた。


 俺は早く陽と熱い夜を過ごしたかったのだが、そんな暇もないくらい毎晩ほぼ徹夜続きである。


 これでも庄屋さん関連のお仕事は香さんが片付けてくれていたので、仕事量としては半分くらいの蓄積になってはいる。とはいっても、俺達が留守にするだけでこんな状態では良くないと思い、内政担当の頭の切れる人を雇うか、今いる中から任命していかないと駄目だという結論に至った。


 寝不足で若干フラフラしながらも、俺と伊藤さんは数名の供だけを連れて吉田川流域にある戦没者のお墓を訪問。ちょうど向かっていた頼綱さんとも久しぶりに再会する事が出来た。


「洋太郎殿、伊藤殿、ひさしいな!」

「これは義兄上、お久しぶりで御座います」

「若様、お久しぶりで御座います」


 挨拶を済ませた俺達を見て、頼綱さんはちょっと驚いたような顔をした。


「いやいや、洋太郎殿、逞しゅうなられたな! これは驚いた見違えたぞ、流石は織田の将じゃ」


 その後、色々と会話したが。

 矢島さんのお墓に語りかけた頼綱さんが、ずごくすごく印象に残った。きっと忘れる事が出来ない記憶になるだろう。


「爺、そちが守り通した石島の大将はかくも立派な武将になったぞ。見ておるか、爺、あの世で誇るがよいぞ……」


 なんだか胸がぎゅっとなった。


 お墓参りがひと段落すると、頼綱さんは郡上へ寄る事なく「陽によろしく伝えてほしい」と残して桜洞へ帰還、伊藤さんも途中まで頼綱さんと同行する形で大原へ。


 俺は夕陽を正面に受けながら郡上へ帰還した。

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