第124話 出張終わり
■1569年 4月末
山城国
京 石島陣
二条での建築工事がひと段落し、二条御所と呼ばれる新しいお屋敷に足利将軍様が入居。
諸国から集められていた大工・作業人、洛中警護に当たっていた軍勢にようやく帰国命令が出た。
「長かったですね今回のお仕事」
京都滞在と言えば聞こえはいいが、俺のいた時代の京都と比べると随分と閑散としており、立ち並ぶ商店は多いが心が躍る程の物でもなく、京都見物も数日で飽きてしまった俺は、この三カ月間でもの凄く強くなった。
綱義くん、綱忠くん、遠藤慶胤くんと俺の四人は、京都の剣術道場に足繁く通い詰めたのだ。
吉岡義賢さんという兵法者が、二条の足利将軍さんの剣術指南役に抜擢されたとかで、その人が開いている道場に通えるように伊藤さんが手配してくれたという経緯がある。
その剣術指南役から直接教えて貰った訳ではなく、それどころかチラっとさえも会えていないし、見たことも無いのだが、そのお弟子さんですらやたらと強く、俺達は当初全く歯が立たなかった。
それでも通いつめればどうにかなるもので、つい先日も師範代の方に褒められたばかりである。
褒められる程に鍛えたという事は、当然ながら訓練は甘っちょろい物ではなく、死ぬかと思うような事も多々あった。
道場と言えるような立派な建物ではなく、稽古はもっぱら屋外だったし、竹刀なんて物が存在しないらしく、一歩間違えれば大怪我では済まないゴッツイ木刀が使用されていた。
そんな危険な道場に伊藤さんも通うものだとばかり思っていたのだが、伊藤さんはお仕事が忙しくてそれどころではなかったらしい。
「殿が強くなったならそれでいいんですよ、威厳ってやつですね」
そんな会話をしながら郡上への帰路についた。伊藤さんはどこか客観的に俺達を見ている風である。
帰りの道のりは至って平和で、雪もなく、暑くもなく、やたらと雨が降ったわけでもなく、実に順調に行軍出来た。
京都へ向かう道のりが険しかったのが嘘のように、帰り道は景色を楽しみながら進む。
「本当に来ると思います? っていうか、からかわれただけだと思いません?」
俺が伊藤さんに尋ねているのは、織田信長さんが温泉ツアーを楽しみにしているとか言い出した事だ。
「来るんじゃないかな? お仕事バリバリやってるおっさん達だからね。たまには慰安旅行とかするんじゃない?」
伊藤さんはずいぶん軽い感じで織田信長さんが本気だったと言う。
(慰安旅行って……ゴフルして温泉入って最後はコンパニオンですか)
コンパニオン部隊でも編制して大いに接待したら俺の株は上がるのだろうか。いや、そんな部隊を編制したら俺も慰安旅行に参加したい。
「殿、温泉ツアーもいいですけど、他にも稼ぐ手段を見つけないとヤバイ雰囲気です」
伊藤さんがちょっと真面目な顔でそう語りかけてきた。
(あの件か)
つい先日話題になった件である。
甲斐の武田信玄に仕官した村上さん達が、どうやって準備したのか大量の鉄砲で武装した部隊を運用し、北条軍に圧勝したという情報が入っている。
伊藤さんは、武田家が二千丁を越える鉄砲を準備した買付ルート等の調査を既に開始。
伊藤さん曰く、鉄砲による火力が主戦力になるのは近代に入ってからで、それまでの鉄砲の使い方というのは乱戦の手前に多少の打ち合いをする程度だったそうだ。
教科書に載っている「長篠の戦い」というのは、織田信長さんが大量の鉄砲隊を使って武田騎馬軍団に圧勝したという話だとばかり思っていたし、そう習ったはずだった。けれども現実はかけ離れており、結局は乱戦で勝敗が決したという。
鉄砲隊の代名詞のような織田家を差し置いて、騎馬隊で有名な武田家が鉄砲部隊の組織運用を開始したという事実が、今後の歴史を大きく変えてしまう恐れがある。
一度違う方向に流れてしまった歴史は、俺達の(伊藤さんや金田さんの)知る歴史ではなくなってしまう。そうなれば、未来を知っているというアドバンテージを失う。
俺達はただの戦国武将になってしまうのだ。
武田家とはいずれ争う事になるだろう。であればこちらも大量の鉄砲を準備し、火力で押し合う近代戦争に備えなければならない。
それには相当な財力が必要になる。
「郡上だけじゃお話にならないですね」
俺も一応は領主としてやってきた身だ。郡上の経済基盤では、大量の鉄砲を買い付けられる程の税収は期待できない。
「はい。ちょっと冒険をしてでも加増を貰えるくらいの活躍をしないと駄目ですね。それもなるべく近々に」
伊藤さんの言葉に、俺は剣術の稽古で出来た手の平のマメを見つめながら、まだ経験していない「人を殺す」という現実を、そろそろ受け入れないと駄目かもしれないと思い始めている。
危険を承知で戦い、大いに活躍しなければならない。
そう考えたら、思い出されたのは郡上からの撤退戦である。
俺は早々に撃たれて気を失ってしまったが、その直前まではものすごい凄惨な状況だったと記憶している。
――――――
――――
――
『石島の殿も少しは武芸の鍛錬をなされたほうがよろしい!』
――
――――
――――――
短時間のうちに何度言われたか分からない。
(矢島さん……俺、強くなりましたよ)
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