第123話 伊藤の秘密

◆◇◆◇◆


◇1569年 4月末

 飛騨国

 大原村付近 簡易キャンプ



 多少標高が高くともこの時期になると残雪は殆ど見当たらない。

 大原村の伊藤屋敷に駐屯していた美紀達四名は、この日の昼過ぎになって思い立ったかのように『簡易キャンプ』へと足を運んだ。


 これといった目的は特に無かったが、伊藤が戻った時に未来の保存食で贅沢をしながら、ちょっとしたパーティーを開こうという他愛もない会話を弾ませながら山を登った。


「テントつぶれちゃってるよ~」


 到着して早々に面々の視界に飛び込んで来たのは、雪の重みで潰れてしまっていた候補者用のテントである。潰れたテントに駆け寄った瑠依が、次々と手で引っ張り上げながら中を確認していく。


「リスさんとか隠れてないかなぁ、春ですよっ出ておいで~」


 そんな中、優理は一つのテントを持ち上げて中に身体を入り込ませると、倒れてしまっていた支柱を立て直している。


「ん、壊れてはないね!」


 一度、支柱の形状を小さく折り畳む。潰れたテントの中で小さくなった支柱と格闘しながら、特に致命的なダメージを受けている訳ではない事を確認すると、知っている手順通りの操作を行う。


 ビニール傘が開くような音と共に、優理の入っていたテントが平常通りの大きさに広がった。


「おっけ~、さてさて……」


 この日、優理には個人的な目的があった。伊藤のテントから、伊藤がこの時代に来る時に着ていた服を持ち帰る事である。


 理由は単純で、この場所でほぼ野晒しの状況になっている「伊藤の服」を哀れに思い、帰る時に着れるように屋敷で保管しておこうという事であった。


 伊藤のスーツを小脇に抱えてテントを出ると、それに気付いた美紀と唯が金田と須藤の服を取りにそれぞれのテントに向った。


 瑠依だけは優理のほうへやってきて「ずるい! 上着は瑠依が持ちます!」と相変わらずである。


「瑠依ちゃんは村上さんの持ちなよ~」


 流石に伊藤のスーツを引っ張り合う訳にもいかない二人は、遠慮しあいながらも伊藤の服争奪戦を開始。


 その時であった。


 足元にぱさりと手帳が落下した。

 伊藤のスーツから落ちたその手帳は、内ポケットに入るサイズの比較的小さな手帳である。


「なんか落ちたー」


 瑠依がすかさず手に取って開こうとしている。


「るいちゃんダメだよ勝手に見たら!」


 優理の静止にすこぶる残念そうに開くのを諦めた瑠依の手元から、ひらひらと二枚の紙が落下した。


「またまた何か落ちました」


 更に落ちる物がないか確認している優理をよそに、瑠依は落ちた紙を拾い上げると首を傾げて固まってしまった。


「ん? るいちゃんどうしたの?」


 優理の問いかけに対し、瑠依は真っ直ぐに見返えすと語気を強める。


「優理先輩! いつ伊藤さんとお写真撮ったんですか? しかもツーショットとかずるいじゃないですか!」

「へ?」


 今度は優理が首を傾げて固まった。


 二人のやり取りに美紀が合流し、何故か一人で憤慨している瑠依の持つ写真に目を落とす。


「あれ? 優理……じゃないか、な?」


 流石に気になった優理も、瑠依の手にしている写真を覗き込むようにして確認する。


「ほんと、私かと思ったよ。びっくりー」

「あら? ほんと優理とそっくりですね」


 唯も合流して一枚の写真に見入る。


 満開に咲き誇る桜の木の下で、学生服の二人が幸せそうに腕を組んでいる写真であった。


「伊藤さん若いし、眼鏡してないね」


 美紀の発見に頷く三人。


「でも優理先輩ソックリですね、誰ですかねコレ気になる~」

「彼女とか? 昔の!」


 瑠依と優理のやり取りを横目に、唯が瑠依から写真を奪い取ると裏面に記された文字に注目した。



『1998.03卒業式 来月から大学生♪ 彩&修』



 唯が読んだ文字はピンク色のインクなのか、赤のインクが色あせたのか、判別は難しかったが、書いたのは「彩」という女性である事がはっきりと分かるものだった。


「修って、伊藤さんの修一の修だよね。彩って彩子さんかな?」

「んー、そのまま彩さんかもよ?」


 優理と瑠依の脳内は、伊藤の彼女らしき存在が気になって仕方がない様子である。


「昔の彼女が優理先輩ソックリって事です? もしかしたら伊藤さんの初めての人って優理先輩ソックリってことです!?」

「るいちゃんなんですぐそっちに考えがいくかな。ま、彩さんが私にソックリってのは事実みたいだけどね?」

「む~、なんかズルイです」


 伊藤の昔の写真で大盛り上がりの二人に、美紀が釘をさす。


「大事そうにしてあったんだろ? 勝手に見ちゃったんだから伊藤さんが戻ったらちゃんと謝るんだぞ?」


 美紀がそう言いながら、瑠依の足元にそのままにされていたもう一枚の紙を拾う。


 それも写真であったが、瑠依の手元にある時代を感じるその写真とは違い、紙質や手触りは美紀が慣れ親しんでいる写真とそう変わらないように思えた。


 手にした写真を凝視する美紀の横で、驚きの声を上げたのは唯であった。


「えっ!? この写真なんで!?」


 慌てた様子の唯に釣られ、瑠依も写真を覗き込む。


「あれれ? これ、優理先輩のお部屋に飾ってありますよね?」


 そんな訳がないとでも言いたそうな顔の優理が、美紀から写真を受け取った。


「え、なんで? パパとママの写真……」


 その写真の裏には、前の写真同様に可愛らしい文字でこう記されていた。




『1997.02 辰にぃからの手紙に同封』



 更に、こう続いていた。



『バカ辰にぃ、奥さま朱理あかりさん、チビッこ優理ちゃん』

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