第113話 北伊勢での団欒

◆◇◆◇◆


◇1568年 2月下旬

 伊勢国

 北伊勢地方 織田家



 冷たい風が吹きすさぶ中、織田の大軍は岐阜を発し、雪崩れ込むように北伊勢を埋め尽くした。


 滝川一益を筆頭に、桑名に駐留して根気強く交渉事に当たっていた織田家の面々は、その先手となって次々と城砦を降伏させて回った。

 交渉の甲斐あって既に大半が織田家への臣従を決めており、抵抗を見せる勢力は僅かである。


 そのうち一つはやはり山路弾正が籠る高岡城であった。


 しかし今回の織田軍の目的は、単なるパフォーマンスではなく、本気で北伊勢を取りに来ている。


 数日に渡って高岡城を守った山路弾正は、織田軍が本気である事を察知。直に主である神戸家に申し立てて織田家に対する降伏を決めた。


 山路が見定めようとしていた降伏の機会、それは織田が本気になった時であった。本気の相手と一戦交え、互いに本気でぶつかるからこそ、降伏した時には一目置かれると確信していたのである。

 事実、神戸氏はこの降伏の条件に織田信長の三男を養子に迎え入れる事で合意。以後は織田家の一門衆としての立場を確立した。


 神戸氏の動きに、関一族も次々と追従。北伊勢は昨年とは打って変わって、自ら進んで織田の軍門に下る勢力でほぼ一色に染まった。


 信長公記によれば、この北伊勢侵攻時にも若干の抵抗勢力があった事が記されているが、金田や伊藤が関与した事でその殆どが抵抗する事なく織田の傘下に収まる事となった。


 月末には兵を纏め桑名に着陣し、細やかながら陣中で宴が催された。思いの外短期間で北勢平定が終結し、信長は終始機嫌が良く、お気に入りの家臣をからかっては高笑いを上げていた。


 宴席が熟した頃、金田は席を外して自陣へと戻る。目的は、昨日桑名に着いた伊藤と会話するためであった。


「伊藤先輩おつれっす!」

「よっ!」

「お疲れ様です!」

「お! 剛左衛門!」


 金田の小さな本陣に、伊藤と須藤が訪れていた。


「ひっさしぶりだな~、元気だった?」

「はい、ばっちりですよ!」


 三人は小さな円を作る様に座り込むと、互いに酒を酌み交わし始めた。


「伊藤先輩どこ行ってたんすか? 綱忠くんが心配してましたよ?」


 岐阜へ兵糧米を届けた伊藤は、金田の元に向う綱忠と別れて昨日まで単独行動を取っていたのである。


「ん、ちょっとね」

「あー、なんか企んでます?」

「え? 自分にも教えてくださいよ~」


 金田と須藤の質問攻めを受け、伊藤はニヤけ顔を作って小声で話し始めた。


「京都に行ってきた、人いっぱいいたよ」

「わぉ、ずるいじゃないっすか」

「八橋ありました? お土産は?」


 三人は伊藤の京都の土産話しを肴に、互いに労い酒を酌み交わす。

 伊藤は京に入ると幾つかの商家を回った。

 現在京を支配下に収めている三好三人衆と松永久秀に関し、いくつかの情報を得ようとしていたのである。

 特に京の商家との取引状況を入念に調べ上げた。入念にとは言っても怪しい行動だと睨まれれば危険であるため、あくまで物品の買い付けと称して商家を回ったのだ。


 伊藤の京滞在は僅か二日間であったが、伊藤は一つの収穫を手にしていた。


「三好三人衆も松永弾正も、京の商家とはあまり取引が無いみたいなんだよね」


 彼等は地元の有力商人を優先し、京の商家に対しては然程の利をのもたらしていない。

 それは即ち、支持を得ていないという事になる。


「京の町の人もね、三好の兵を見ると逃げるように隠れてたさ。ありゃ上手く統治出来てないね」


 言いながら金田の杯に酒を満たす伊藤は、織田家が京を制圧した後の事を思案していた。その表情を注意深く観察しながら、金田がその真意を尋ねる。


「京都奉行職でも狙う気ですか?」


 伊藤は小さく頭を振る。


「いやいや、そこまで大きな変革を起こすのはまだ早いでしょ」


 二人のやり取りを見ていた須藤は、星空を見上げて小さく呟いた。


「あと十四年か。未来からお迎えが来るのが先か、十四年経過するのが先か、とにかく生き延びないとですよね」


 この時代に来てすぐ、安全と思われていた場所で山賊の襲撃を受けた彼等にとって、生き延びるという事は容易い事では無い。

 安全に生き延びるには、ある程度の権力が必要になる事は間違いないと判断している。

 しかし、その権力を得る過程において歴史を大きく変革させてしまい、彼等の知らない方向へ歴史が進む様な事態は避けなければならない。


 そうなれば彼等は【未来を知っている】という、実に大きなアドバンテージを失う事になるからである。

 伊藤はとても可笑しそうに笑いながら言い放った。


「歴史の変革に挑むはずが、歴史の変革を阻止する流れになっちゃったね」


 北勢が治まれば、次はいよいよ上洛である。

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