天下布武 始動
第105話 初冬
とにかく寒い。
十二月に入ると冬も本番、雪が降った。
いや、降ったとか積もったとか、そういう可愛いものじゃない。
郡上八幡城は雪に溺れている。
俺の時代でこんなに雪が降ったらちょっとした事件である。
当然城下町もすごい事になっているのだが、伊藤さんの指示で除雪部隊が編制され、雪かきが組織的に行われていた。除雪部隊の活躍は目覚ましく、生活に直結するサービスを受ける事となった城下の人々は俺達に対しての信頼感を深めてくれたに違いない。
そんな日々の中、岐阜城の織田信長さんから一通のお手紙が届いた。
内容は、郡上の領主として今後も頑張ってくれという激励と、二月に伊勢に攻め入るから米を寄こせという恐喝である。
「要望にあるほどの量は在庫ないですよね?」
「はい、半分にも満たぬかと」
俺は綱義くんと一緒に頭を抱えていた。
どう考えても米の量が足りないのである。
「買ってくるか、借りてくるか、無いですごめんなさいって謝るか」
自分で言っておきながら、最後の選択肢は「ありえないな」と結論を出す。買ってくるか、借りてくるしかない。
「殿、買うと申されましても、郡上の商人にそのような大量の在庫を期待するのは難しく、ましてや借りてくる宛など御座いますまい」
綱義くんの言う通りではあるが、そこをどうにかしないと駄目なんだと思っている。
「無理は承知の上でどうするかだよ。諦めたらそこで試合終了だよ?」
俺には秘策がある。
ガキ大将に虐められたメガネの少年が、遠い未来から来た猫ロボにお願いしてスペシャルな道具で仕返しをする。それと全く同じ作戦である。
伊藤えもーん! 織田信長さんがぁぁぁ!
と泣きつけばどうにかしてくれるだろう。
「殿にしては随分と悠長ですな、伊藤様はおられないのですよ?」
「え?」
「覚えておられないのですか。だいぶ酔っておられたので仕方がないですね」
綱義くんはため息をつくと、昨日の夜の話をしてくれた。
岐阜城からの使者さんを歓迎する宴会で、やたらと飲まされて酔っぱらった俺は不覚にも記憶が無い。どうやらその席で、伊藤さんは御使者の方と同行で一度岐阜に向かう事になったそうだ。
用向きは兵糧の買い付け。
今回の手紙の件以前に、そもそもお米は買わないといけない状態だった。年が明けたら伊藤さんが買い出しに出る事にはなっていたが、まさか今日の朝出発したなんて思ってもみなかった。
「織田家領内を通りますので安全面では問題ありませんが、一月以上かかるやもしれませぬ」
「あら、それでは一緒に新年を迎えられませんね」
お茶を持って来てくれた陽が残念そうに俯く。
「はい、織田家中は挙って米を買い付けている事でしょう。領内の米が品薄となれば買い付けも困難。大殿がご要望されている量を用意できるかどうか……」
(なるほど)
綱義くんの言う通り、年明けまでのんびりしていたら在庫薄で買い付けが出来ないかもしれない。善は急げである。
「こちらはこちらで出来る限りの手を打たねばなりません」
綱義くんはそう言うが、たった今打てる手が無いと困っていた所だったはずである。
「それを考えないと駄目って事かぁ」
「はい」
困り果てた俺達の横にお茶を置くと、陽も一緒に思案してくれている。
「飛騨は米がそれほど取れませぬ故、兄上にお願いした所で期待は出来ないでしょうね」
陽の言う通りではあるが、仮に豊富にあったとしても、頼ってばかりの相手にまたお願いするのは最終手段である。
「とりあえず郡上の商人さんを集めませんか? 皆さん冬場は暇なんじゃないかな?」
「集めて米の入手を依頼するという訳ですな」
綱義くんはうんうんと頷きながら考えを巡らせているようだ。
「そういうお話しでしたら、香様がおられるとよかったですね」
陽はとても残念そうだ。
「え? 香さんもいないの?」
香さんと陽はとても仲が良い。陽は実の姉のように香さんを慕っており、立場上は明らかに陽の身分が上なのだが、ずっと「様」を付けて呼んでいる。
「伊藤様のお供で岐阜へ向かわれたではありませぬか。殿は覚えておいでにならない?」
陽の怪訝な表情は、何か言葉以上の裏がありそうだ。
(げ……俺、酔って何か言っちゃったかな?)
「奥方様、某の説明が足りなかったのです。ご容赦ください」
綱義くんが庇ってくれているようだが、どうもそんな話しでは済まなそうな予感がした。
「よいのです綱義。それよりも商人を集めて買い付けを依頼するとなれば相応の資金が必要でしょう」
(この場では言わないのね、そうなのね)
「はい、蓄銭も殆どありませぬ。本丸に貯蔵してある
つーくんが内ヶ島さんから気合で持ってきた金の事だが、伊藤さんが「緊急事態用に」と殆ど手を付けず、運びやすいように小分けにして本丸の蔵に押し込められている。
俺は一つの考えがひらめいた。
「よし、商人さんを呼ぼう。織田家領内の外に買い付けのルートを持っているかどうか確認して、持っている商人さんには多めに払ってでもお米を買い付けよう」
「るー……? ハッ、一先ず商人を呼び付けまする」
商人さん達が来るまでの間、金がどれくらいの量あるのかを確認する必要がある。この時代の価値にしてどれくらいなのか、どの程度の量の米に変えられるのか、大よその予測はしておくべきだ。
「陽、美紀さんを呼んでほしいんだ」
美紀さんを筆頭に、女の子達四人は経済について猛勉強中である。内務に関してのサポートをある程度こなせるようになるためだ。
「はい」
陽が美紀さんを、綱義くんが商人を、とりあえず仕事が決まったが俺は暇になった。
しばらくして美紀さんだけが現れたのだが、その格好がすごい事になっている。
全身フル装備、今にも雪の中へ飛び込んでいきそうな姿だ。藁で作った三角頭巾みたいな物を頭にかぶり、同じく藁で作ったマントのような物が肩に覆いかぶさっている。
「殿、雪かきしないと蔵が開かないそうですよ?」
「うわ、そら大変だ」
それにはもちろん男手が必要になるであろう。
「よし、俺も行く!」
陽が用意してくれた雪対策の装備を身に着けて蔵へ向かう。俺が到着した時には、瑠依ちゃんと優理が雪だるまを完成させていた。
「じゃじゃーん、伊藤さんだるまです!」
「似てない! こっちは武者だるま!」
二人が作った雪だるま、見た目はとても可愛らしい物ではあったが、優理が作った武者だるまには本物の槍が装着され、瑠依ちゃんが作った伊藤さんだるまには本物の日本刀が握られている恐ろしい雪だるまだった。
作業を始めると気になった事があるので美紀さんに聞いてみた。
「あれ? 唯ちゃんは?」
美紀さんはちょっと不思議そうな顔でこちらを見ると、やや不機嫌な口調で答える。
「伊藤さんと行きましたっ!」
これもまた初耳だった。
それから夕方まで、ひたすら雪かきに没頭した。
頭の中では、伊藤さんと香さんと唯ちゃんの事がずっと気になっていたが、本当にクソ寒い中の作業でそれほど考え込む余裕も無かった。
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