第104話 伊藤さんの報酬

 翌朝、もっとゆっくり話したかったけれど、ご多忙の金田さんは岐阜へ戻って行った。


 その日の夜。俺は伊藤さんを呼び出し、一つのお願い事をしている。


「お願いですから、何か報酬を受け取ってください」


 郡上攻防戦を経て、俺達はそれぞれ大きな報酬を手にしていた。

 金田さんは織田信長さんの直臣として、知行とかいうお給料五百貫で召し抱えられた。

 お金の単位はよくわからないが、戦場の最前線で命をかける足軽さんの年収が二貫に満たない事も多い世の中だそうだから、これはもう超大出世である。

 つーくんは稲葉良通さんの所で侍大将に任命され、日夜軍務に勤しんでいる。

 侍大将というのは戦場で直接的に兵を動かす指揮官の事で、戦の強い弱いは侍大将の良し悪しで決まると言っても過言ではないらしい。そんな重要ポジションに就いたつーくんも、大きな出世をしたと言って良いだろう。


 俺も当然、大きな出世を果たした。

 大原の小さな屋敷の主人が、今や織田家から郡上全域を知行地として頂戴し、領主としてその統治に当たっている。これはもう、誰がどう見ても超大出世だ。


 そんな俺達を出世に導いた伊藤さん本人は、まだ何の報酬も手にすることなく働きまくっている。


「う~ん。報酬か、何がいいかなぁ」

「欲しい物とかないんですか? 何を差し上げられるか俺もよく分かってないんですけど」

「欲しい物か、難しいな」


 伊藤さんは真剣に悩み中だ。


(あるでしょ! 領地とかお金とか、女とか女とか女の子とか!)


 俺なんて、欲しい物を並べろと言われればいくらでも出せる自信がある。本当に人間を辞めてしまったんじゃないかと心配になるくらい、伊藤さんは欲しい物が出てこない。


 この際、優理を貰うとか言われても反対するつもりはない。伊藤さんの活躍なくして俺達は存在していないだろうし、何より優理もそれを望むだろう。


 しばらく待っても答えが出ない伊藤さんに、陽が一つの提案を持ちかけた。


「伊藤様、大原を所望なされては如何です?」

「お! 陽ちゃんそれいいね、そうしよう」


 伊藤さんのご希望通り、大原一帯は伊藤さんの所領として、伊藤さんが直接管理運営してもらうことで纏まった。


 翌日、伊藤さんは大原兄弟や女の子たちを引き連れて大原に向った。


「城内が急に静かになってしまいましたね」


 俺は温かい日を浴びながら、陽と一緒に庭を眺めている。庭と言っても日本庭園のような立派な物ではなく、陽が少しずつ草木の手入れを始めたような感じのショボい庭だ。


「ほんとだね」


 俺は伊藤さんが不在である事に一抹の不安を抱きながらも、昼間から思う存分、陽とイチャイチャしまくった。


 それから四日後に伊藤さんご一行が帰還。


 大原村の代官に四衛門さんの十二男で、綱義くんと綱忠くんのお兄さんである十二さんを抜擢。

 石島の屋敷を拠点として村の統治を担当してもらう事になり、その部下として数名雇い入れたと報告を受けた。


 四衛門さんの田畑は、外から大原に移り住んできた人に低料金でレンタルする事になったそうだ。


 郡上八幡城では、その間に二の丸の建造が始まっていた。その二ノ丸には、郡上八幡に滞在中の伊藤さんが住まう場所となる。


 二ノ丸は本丸よりもずっと低い位置の斜面を削り取って作られており、郡上八幡城の最も緩やかな斜面の防衛を強化する目的もあるのだが、その以上の目的として、もっと低い位置で来客の対応が出来るようにする為だった。


「織田家の偉い人にこの山道は登らせられないっしょ」

「確かにそうですよね」


 城下の方や織田家の方との接触に関しては、今後は基本的に二ノ丸が窓口となる。俺に用事がある場合、相手によっては俺が二ノ丸まで下りて行く事になるそうだ。

 これから時間をかけてゆっくりと、軍事、政務、あらゆる機関が二ノ丸に集約されていく事になる。


「だいたいさ、なんで城に住み始めちゃうのかって感じなんですけどね?」


 伊藤さんは、郡上八幡城に住まいを作った俺に不満があるらしい。どうやらお城はあくまで防御施設であり、住居ではないと言う初耳な事実を突き付けられた。

 本来は城下に屋敷を建ててそこに住まうそうなのだが、ほんの数年前まで内情が安定していなかった郡上で、遠藤さんはその身を守るためにあえて防御施設の中で生活していたそうだ。


 郡上が織田家の版図に組み入れられ、石島の統治下に置かれた今、それ程大きく情勢が傾く事も無いだろう。


「殿に会おうと思った人は、わざわざ山道を登ってくるんですよ? 面倒で会いに来てくれる人が減っちゃいますって」


 確かに言われてみればその通り。物を知らないってのは恐ろしい事です。


「ま、そうは言ってもさ、ついこないだまで敵国だった場所に住むわけだからね。けっこう図太い神経と、同時に細心の注意が必要なのは確かだから」


 文句を言うくせに、俺達の住まいは城の本丸に置いたまま移設はしない。俺達は本丸に住み続けていいそうだ。


 十月の終わり頃には、収穫の終わった年貢米が徐々に搬入され始めた。十一月には二ノ丸の建設もほぼ完了し、後は細かい外構工事を残すだけである。

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