第二幕 郡上八幡編

領国経営

第92話 任せる事・任される事

■1567年 8月18日

 美濃国

 郡上八幡城 石島家


 俺達が郡上八幡城に入ってから二日目を迎えている。

 焼けたお城の居住部分は稲葉さんのご好意でかなり改修が進んでおり、生活に苦労する程ではなかったが、問題はもっと実務的な分野に発生していた。


 次々と俺の所に挨拶に来たのは、元々郡上で遠藤家のお仕事をされていた方々。

 遠藤家がなくなってしまったので当然ながら失業中の方々であり、この石島家で雇ってくれと言いに来たわけだ。遠藤家に代わって郡上を治める立場である以上、それは確かにそうしてあげるのが理想だとも思い、とりあえず全員と会ってみる事にした。


 稲葉さんによる占領後の扱いが良かった事もあり、多くの失業者を出しながらも特に騒ぎにはならなかったが、一つだけ大混乱の場所がある。


「ん~……マイッタ、困った」


 そう、大混乱なのは俺の頭の中だ。


 まず、挨拶に来てくれた人達の話している事、これが半分以上意味が分からない。方言とかそんなレベルではなく、専門用語とでも言うべきなのか、難しい言葉が次々と飛び出してきて俺の思考回路を完全ショートに追い込んだ。


 そんなわけで俺は今、一人で悩んでいる。


 何を悩んでいるかというと、何を悩むべきかを悩んでいる(放心状態)のだ。


「失礼致します」


 はるがお茶を持って来てくれた。


「あぁ、ありがとう」


 俺の目の前にお茶を差し出した陽は、優しい笑顔を向けてくれた。


「洋太郎様、ここは一つ、桜洞の兄上にご相談されてはいかがですか?」


(おおい、もっと早く言ってよ!)


 そう、その手があった。


「陽! ナイスアイディア! さっそくお願いしよう!」

「な……す? 愛である?」


 よく分かっていない様子だが、なんだかとても嬉しそうなのでそのままにしておく事にした。


 この時代の人達と接する機会が増え、会話のキャッチボールも少しは上達したと思っていたのだが。未だに陽とのコミュニケーションに不測の事態が起きることがある。


 昨日、あまりの暑さについうっかり「クーラーほしいなぁ」なんて言ってしまった。それを真面目に受け取った陽は、俺に気を使ってこっそり手配してくれたらしく。


 今朝、満面の笑顔で綱義くんがやって来た。


「殿! 夜を徹して蔵の修繕を終わらせました! ご査収くだされ!」


 そう言って俺を引っ張るようにして修繕を終えた蔵まで連れて行ったのだ。


 さっぱり何の話か分からなかったが、陽から言われたと笑顔で報告する綱義くんに、俺は大喜びする芝居で応えるハメになった。


(戦国語の授業とか受けたい気分だよ)


 既に付き合いのある陽や大原兄弟との会話さえ行き違いを発生させてしまう俺が、この郡上八幡の最高決裁権を持っているのは危険すぎる。

 そう判断した俺は、とにかく俺の権限を減らす事を思案中なのだ。


(任せても大丈夫な部分は、言語が分かる人に任せないと危ないよな)


 ちょっとした行き違いから、取り返しの付かない事態を招きかねない。となれば、任せるにしても重要になってくるのがその人選だ。誰に任せるかは大きな問題である。


(任命責任って言葉もあるしな、任された人の不祥事は任せた側の責任だよな)


 今のところ、俺にとって信頼できる人間は限られている。

 大原綱義、大原綱忠義、この大原兄弟は確定だ。


 それともう一人、実は一番頼りにしているのがこうさん。この郡上八幡城の前城主、遠藤慶隆さんの元奥様だ。

 沢山挨拶に来た元遠藤家の使用人さん達にもある程度顔が利く。その上、郡上の領内にいる庄屋さんや、商人さんにもコネクションが豊富らしい。


 現状はこの三人だろう。


 俺の奥様である陽は、特別なお仕事に付くよりは、俺の秘書的な存在としてサポートしてもらう。大原から付き添ってくれているおえいちゃんは、俺と陽のお世話係として細かいお仕事が山積のようだ。


(三人じゃ足りないけど、今は仕方ないか)


 もっと沢山の人が必要になるのは間違いないが、それを今から悩んでも始まらない。まずは三人それぞれに何を任せるのか考えないといけないのだが。

 それを考える前に、誰かに任せられる決裁権と、俺が持ち続けないと駄目な決裁権を分類する必要がある。

 それが分類出来てから、どの決裁権を誰に任せるかを悩まないといけないのだが、そこでまた壁にぶちあたる。


 俺の知識ではその分類が全く出来ないのだ。

 ちょうど仕分け人が欲しいと思っていたところだった。その仕分け人に、飛騨守護の嫡男であられる頼綱さんがなってくれるのであれば、こんなに心強い仕分け人は他にない。


(二番じゃ駄目なんですか? ってやってもらおう!)


「陽、さっそく使者を立てよう! 手紙を持って行ってもらうから、俺が言うことを書いて!」


 俺は相変わらず、この時代の文字が書けない。


「はい、すぐに用意致しますね!」


 紙やら筆やらを準備し始めた陽の背を眺めながら、今日辺りから文字を教わろうと決意を固めた。

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