第67話 夜戦明け
■同年同日 早朝 美濃国
吉田川東岸 石島軍
「水! こっちに水! 持って来て!」
長井さんの夜襲を、伊藤さんと頼綱さん、それと別府さんが見事に返り討ちにした。
だが、俺達の戦場はその後だった。
「殿! こちらへ!」
「あ、はい!」
今この瞬間の事は、たぶん一生忘れられないと思う。俺は伊藤さんの指示で、戦場となった場所を駆け回っていた。
負傷した味方の兵隊さんの手を取って勇気付けたり、今まさに息絶えようとしている味方の兵隊さんの手を取り、「よくやってくれました」と礼を述べたり。
お亡くなりになった味方の兵隊さんに手を合わせたりしている。
特に強烈だったのは、敵味方共に首から上が無いご遺体が多かった事だ。
「剛左衛門! こっち!」
金田さんの声がする方を見てみると、痛みで大暴れする兵隊さんの治療が行われていた。
(これが戦場か。正直きついな……)
繰り返し襲ってくる吐き気に耐えながら、どうにかして役目を果たそうと足を進める。
「おお、総大将殿、ご覧あれ! この四郎、まだまだ若い者には負けませんぞ! がっはっは」
「……っく」
再び襲ってくる吐き気を、奥歯を噛みしめてどうにかこらえる。別府さんの足元には、板の上に並べられた生首が四つ。全て別府さんが自ら討ち取ったのだと言う。
見ているだけでつらい生首だが、それをしっかりと確認するのも俺の役目だそうだ。
「お見事でございます」
俺は別府さんに一言返すのが精一杯だった。
この凄惨な状況でも、太陽は無性に明るく俺達を照らす。
(戦国時代ってこういう事? こんなの悲惨なだけじゃないか)
夏の日差しに青々と木々が揺れ、とても綺麗な水流を持つ川が太陽を乱反射してキラキラと輝いていた。
「殿、このような場所で何を!」
綱忠くんが俺に声をかけてくれるまで、俺は川岸をどう歩いてきたのか記憶が無い。気付けば柵が張り巡らされた地点の中央まで来ていた。
この場所はまだ整理がついておらず、長井さんの兵隊さん達が無数に倒れている。
その時、俺の後方でガシャリと何かが動く音がした。
「石島洋太郎殿とお見受けした! お覚悟!」
その声の主は、背や腕や足と、いたる所に矢が突き立っていて血まみれだった。
「?」
咄嗟の事すぎて俺は身動きが取れなかった。それどころか足をからませ、地面に尻もちを付いてしまったのだ。
「殿!」
「ん……ぐぅ」
俺の横を疾風のように駆け抜けた綱忠くんが、襲い掛かって来た相手の胸部を槍で一突きにしていた。
長井軍の追撃を諦めた伊藤さんは、大原の兵隊さん達を使って戦場を巡回。綱忠くんも数名を引き連れて巡回中だったらしい。
たまたま通りかかってくれていなかったら、俺は命を落としていたかもしれない。
巡回中の彼らは、整理できるまで野盗や追剥ぎが近づかないように警戒していた。放って置けば、何処からともなく現れては、遺体だけでなく、負傷している人達からまでも金品、武具を強奪して行ってしまうそうだ。
俺は綱忠くんの率いる隊に本陣まで送り届けられると、そのまま夕方になるまで本陣で過ごした。
夕方になると戦場の整理は済んだようだが、俺の心は全く整理出来ていなかった。夕餉を出されていたが、食欲などある訳がない。
「殿」
そんな時、本陣に戻ってきた伊藤さんが一枚の報告書を提出してくれた。報告書と言っても、ただ数字が羅列されているだけの紙だ。
捕縛した敵兵の大半が重傷を負っているようで、被害の全容だけを見れば圧勝に見えた。
「両軍合わせて百名近い方が亡くなったのですか。重傷者の今後を含めたら百名を超えるかもしれませんね」
どうしても気になってしまった死者の数を、口にしてしまった。戦場なのだ、仕方がないと分かってはいても、どうにも心が重苦しい。
(こんなんじゃダメだよな)
俺は一応、総大将って事になっているのだ、情けない事を言っている場合ではないと思った。
ふと伊藤さんを見てみると、俺を心配そうに覗きこんでいる。
「昼の戦闘だったらもっと沢山の首級を上げていた事でしょう。暗かったので見逃された者達が大量に捕虜になっていますから」
この時代、戦場での活躍の証拠として、討ち取った相手の首を切り離して持ち帰るという恐ろしい文化が存在する。持ち帰った首の数や、その首になった人の元の身分だとか、そういった事で手柄が変わってくるそうだ。
伊藤さんは苦笑いしながら「近代まで残る文化だからね、根強いよこれは」と諦めている感じがする。そうは言っても生首、流石の伊藤さんも触れたくない様子である。
「こればっかりは慣れるしかねーな」
金田さんがため息交じりにそう言って空を見上げた。
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