第51話 怪力剛左衛門
「あれ? 皆起きてたんですか? なんだ~、先に呼びに来ればよかった……」
つーくんはそう言うと、そのまま地面に引っくり返った。
「剛左衛門、何かあったのか?」
金田さんと美紀さんが心配して駆け寄る。
つーくんの見た目は特別な外傷はなさそうだ。荷物はビールケースくらい大きさの木箱が一つ。
「いやぁ、コレが運べなくて死ぬかと思いました……」
つーくんは木箱をペチペチと叩いて「これ、運ぶの手伝ってください」と言いながら、どうにかこうにか立ち上がった。
なんだかボロボロで疲れ切ったつーくんに荷物を持たせるのも悪いので、俺が変わりに運ぼうと思い、木箱に手を賭ける。
「つーくんいいって、こんなの俺が運ぶからだいじょ……? え? なにこれ」
木箱はピクリとも動かない。
屋敷の前の通りには木箱を引きずってきたであろう線が、かなり遠くまで続いている。
つーくんはニヤっと笑うと、疲れ果てたドヤ顔を見せてくれた。
「それココまで運んで来たんだぜ?」
「何が入ってんの?」
俺が尋ねるのと、金田さんが木箱を開き始めるのはほぼ同時だった。
「見たらわかりますよ。まあそれ、
「うわぅ、こりゃすげぇ」
金田さんが驚きの声を上げたのも無理もない。
木箱の中には、拳サイズから少し小さ目の物まで、不格好でサイズもバラバラな金塊が無造作にぎっしり詰まっているのだ。
「とりあえず運んだらちょっと寝させてもらってもいいですか? もうヘトヘトで……」
「須藤さんはもう大丈夫です。後は金田さんと石島さんで運ぶので、先にお休みになってください」
美紀さんが優しく背中を押し、ボロボロなつーくんを屋敷に誘導していった。門をくぐる直前、つーくんが「事情は明日ね! おやすみ~」と声をかけてくれた。
「さぁ~って、殿、運んじゃいますか!」
何重にも補強された木箱は、中身が入っていなくてもけっこうな重さがありそうだ。
「金田さん、無理してぎっくり腰とかならないで下さいね?」
屋敷の門まで距離はないが、それでも随分と時間が掛った。
俺と金田さんは終始冗談を言いながら運んでいたのだが、そうでもしないと辛くて投げ出したくなるような重さだったのだ。
「こんなもん、どうやって白川から運んできたんだろ」
つーくんの意外な怪力っぷりに、ただただ脱帽するしかない。
その日、俺達はずいぶんと寝坊した。
昼過ぎにはつーくんを残して起きていたが、特にこれと言って急ぎの仕事もなく、まったりと過ごしていた。
夕方近くになってつーくんが起きてくると、白川でのやり取りについて報告がなされた。
「――それでまぁ、意地になって運んで来たわけですよ」
白川の内ヶ島さんとの交渉は、そこそこ上手くいったそうだ。
石島家再興と大原の統治に関しては、特に利害は無いので承諾してくれた。
今後の友好関係については「宜しく頼む」と言われただけで、それ以上の明確な返答は得られなかったものの、その裏には『面倒な事には関わりたくない』という保守的な思いが見え隠れする感じだったとか。
要するに『喧嘩をするつもりは無いけど、特別仲良くするつもりも無い』という事なのだろうが、それを口に出してしまえば喧嘩になりかねない。
そこで彼らなりに一計を案じたといった所か。
それが、帰り際に「友好の証としてお受け取り下さい」と用意されたあの木箱。大きさはビールケースくらいなので運べない物ではないが、内ヶ島の方々はつーくんが一人で来たのを知りながら、それを渡したのだ。
重そうにしていると「まさか友好の証を置いて行く等とは申されますまいな」とニヤニヤしながら言われたそうで。
友好の証にしては高価過ぎるが、そもそもくれる気なんて無かったんだろうと思う。
到底運べない物を渡し、今回の友好の件については石島家側が進物を置いて帰ったという形にする事で、白紙にしてしまおうと思ったに違いない。
「鍛えておいて良かったと思いましたよホント」
つーくんは、あの日から必死にトレーニングを積んでいる。あの日とは、伊藤さんが山賊を打ち負かしたあの日だ。
トレーニングの理由は色々あるだろうが、公言していたのは「親分の鉄槍は自分が使います!」だ。
あの重い槍を自在に操るため、つーくんは日々トレーニングに励んできた。それが意外な形で役に立ってしまった。
しかし、進物をしっかり受け取れた以上、今回の交渉は対外的には【上手くいった】と言い切れる。
内ヶ島の人たちはさぞ悔しがっているだろうが、友好関係を結ぶと言って木箱いっぱいの金までプレゼントしてしまったのだ。
今更「やっぱり返せ、仲良くなんて出来ない!」なんて言えるわけがない。
「剛左衛門お手柄だったすね! あひゃひゃひゃ」
思わぬ収穫で、俺達は潤う事になった。
この金の使い道については伊藤さんの戻りを待ってから決める事になったが、金田さんの目算では今回買い込んだ備品や食料の代金を払ってもお釣りが来るのではないかとの事。
「じゃ~あとは、伊藤さんを待つのみですね!」
美紀さんは何だかちょっと嬉しそうだ。他の事の心配をせず、伊藤さんの事だけを考えてよくなったからだろうか。
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