第50話 戦支度
明朝。
まだ朝日が昇り始めたばかりの時間、伊藤さん一行は出発の為に屋敷の門前に集合していた。
見送るのは俺達、四衛門さん、お栄ちゃんの友達。
十三さんと十五さんのお友達は、見送りと警護を兼ねてどうやら途中まで同行するらしい。
美紀さんからお栄ちゃんに、色々と注意事項が説明されている。お栄ちゃんはその一つ一つにしっかりと頷き、ハキハキとした返事で答えていた。
(ホント、しっかり者だな)
いよいよ出発するという時、優理が伊藤さんの正面に回る。
「伊藤さん! アレ見て下さい!」
優理が指さした左前方の山の山頂付近、俺達がいた簡易キャンプの方向だ。俺も、当然のように他の皆も釣られてその方向を凝視する。
けれども、何も見当たらない。
(ん?)
何もないのを確認し、視線を優理に戻す直前。
「おっと……」
伊藤さんが少し驚いた声を上げた。
視線を戻した俺の目に飛び込んできたのは、伊藤さんの真正面から飛び込み、その胸に顔を埋めるようにして抱き着いている優理の姿だった。
(わざわざ隙を作って飛び込んだのね……萌える事するね)
やっぱり何度見ても胸はチクリと痛むが、最近はもう慣れた。
数秒後、優理を邪魔するかのように、瑠依ちゃんも負けじと伊藤さんに飛びついた。ちょっと前までならここでギャーギャー騒ぎ出しそうな瑠依ちゃんと優理だったが、今日は無言で伊藤さんにくっついている。
伊藤さんは二人の頭をポンポンしながら、唯ちゃんと美紀さんの方を見た。
「唯もおいで、美紀ちゃんも」
伊藤さんは、自分にくっついてる瑠依ちゃんと優理をそのままに、手を広げて唯ちゃんと美紀さんを軽く抱きしめるようにした。
「留守をお願いね」
美紀さんと唯ちゃんが黙って頷く。
「そろそろ出るね」
伊藤さんのその言葉に、女の子達は名残惜しそうに少しずつ離れていく。優理は最後まで張り付いていたが、伊藤さんからのハグをもらってようやく離れる事が出来たようだ。
その様子を見ていた金田さんが、かなり小声で耳打ちしてきた。
「なんか最近の先輩、お父さんって感じだよね」
「ですね」
俺は一言だけ返すと、歩き始めた伊藤さん達の背中をじっと見つめている。
金田さんの言う通り、伊藤さんは女の子達を本当に優しく包み込み、まるでお父さんのような存在感を漂わせている。女の子達はそれぞれ、多かれ少なかれ恋愛感情を抱いているようにも見えるが、伊藤さんの方は全く判らない。
伊藤さん一行が山道を曲がり、その姿が見えなくなった頃。
優理が屋敷へ駆け込む。それを追うようにして唯ちゃんも、そして瑠依ちゃんと美紀さんも続いて行った。
俺からは少し離れた位置だったのでよく見えなかったけど、どうやら瑠依ちゃんは泣いている感じがした。
「ギリギリ泣かずに見送れたって感じか。ま、よく頑張ったでしょ」
そんな独り言を残し、金田さんも屋敷に入って行く。
「それでは殿様、私どもも失礼致します」
四衛門さんとお栄ちゃんのお友達が俺に一礼し、村の方へ戻って行った。
辺りは深い緑一色だ。夏本番だというのに俺のいた時代のような、あの茹だるような暑さはなく、木々の合間を抜けてくる風が本当に心地よかった。
「よし!」
何に対しての気合なのか、自分でもよく分からないけど、俺は気合を入れてから屋敷の門をくぐった。
翌日、戦仕度のために金田さんが尾張から呼び寄せた商人さんが到着した。
「いやー、よくお似合いですな」
俺は今、商人さんが連れてきた鎧職人さんに甲冑を試着させてもらっている。
「伊藤屋さん、こっちの甲冑だといか程でしょう?」
金田さんが商人さんに、俺が試着中の甲冑の値段を聞いている。この商人さんは尾張で商売をされている伊藤屋さんという豪商のご主人で、わざわざご主人自らが足を運んでくれたと言う。
「金田様やご家中の方々の甲冑までお世話させて頂けるのであれば、殿様の分は寄贈させて頂きます」
その言葉に、金田さんが確認を入れる。
「本当にいいんですか? 何度も言いましたけど、支払が出来るのは秋以降ですよ?」
金田さんの言葉に、伊藤屋のご主人は満足そうに頷くだけだった。
支払が秋になると言うのは、あくまで見込みである。全部が上手くいって、俺達が郡上の支配権を持つ事が出来れば、秋には年貢が治められて収入が見込めるのであって、上手くいかなければ全く支払えないだろう。
伊藤屋のご主人は帳簿を眺めながら口を開く。
「素槍、甲冑、打ち刀、四方竹弓を十五づつ、矢を三百本、草鞋二百足……」
帳簿に記載された品々を読み上げ始めた。他にも、食料、陣を形成するための陣幕や板や杭、生活の為の陣笠や寝起きに使う物等、武器や防具意外にも用意する物が多すぎて正直驚いていた。
俺が想像していた量を遥かに上回る品数になっている。
(
一通り読み上げ終わると、伊藤屋のご主人が満面の笑みで俺に話しかけてきた。
「丹羽様より内密なお達しがありましてな。石島様には便宜を図るようにと言われておりますので、ご要望があれば何なりと申し付けて下さい」
伊藤家のご主人は「実はですな」と言葉を続ける。
「只今申し上げた品々、お支払は済んでございます」
「え?」
「まじっすか」
俺と金田さんは驚きの声を上げた。
「手前も詳細までは存じ上げませんが、恐らく小折様からの援助かと」
「こおりさま?」
俺には全く心当たりの無い名前だった。
「か~っ、丹羽様の根回しだなぁ、生駒様か」
金田さんは一人で納得したようだ。
伊藤家のご主人が鎧職人さん達を引き連れて尾張に向うと、入れ違うようにやって来た積荷が運び込まれ、夕方には帳簿に記載されていた大量の品々が屋敷に納品された。
「すご~い、これ全部もらっちゃったんですか?」
瑠依ちゃんの歓声に金田さんが答えた。
「いやいや、無言の圧力だよこれは。しっかり働かないと命は無いと思わないとイカンくなったな」
唯ちゃんと優理は届けられた品々を楽しそうに物色中だ。
そんな中、美紀さんが難しい顔で俺を呼んだ。皆から少し離れた場所に移動すると、本題に入る。
「石島さん、気付いてます?」
「はい」
そう、実は俺もすごく心配な事がある。恐らく、美紀さんの心配も同じ中身だろう。
「須藤さん、遅いですね」
「はい。明日の朝まで戻らなかったら、村の人たちに要請して捜索隊を出しましょう」
飛騨白川まではそう遠くないのだが。八日が経つにもかかわらず、つーくんが戻らないのだ。
夜になって、金田さんも一緒に頭を抱えている。
「持って行った携行食は四日分、すでに倍の日数が経過か」
金田さんが難しい顔で思案中だ。
空は白み始め、鳥の鳴き声が聞こえ始めた。もうすぐ夜が明ける。
つーくんが戻らないとおかしい事実を、俺と美紀さんと金田さんだけで共有している。余り他に心配を広げても事態は好転しないからだ。
「ん?」
俺は何かの音に気付いた。
重たい何かが、地面をずっているような。
「ほら、この音、金田さん聞こえました?」
「ん? 音? んー、わからんな」
俺達は耳を澄ませる。
その音は徐々に接近している。
「死体を運んでいるのかしら」
美紀さんがとても怖い事を言い出した。
「死体って発想が怖いですよ。重い何かだと思うんですけど」
――ズズズズ
金田さんにもようやく音が聞こえたようだ。音は確実に、ゆっくりと近くに来ている。
「ちょっと見てくるかな。念のため武器は持っておこう」
そう言って、金田さんは伊藤家さんが持って来てくれた日本刀を手に、屋敷の外へ出た。俺と美紀さんも外庭に出て、門の所にいる金田さんを見る事が出来る位置に陣取った。
「あれ? ごうざえもん!」
金田さんが突然走り出した。
「あれ? 金田先輩? 頭どうしたんですか?」
つーくんの声も聞こえた。
「こら、変な言い方すんな。頭は正常だ!」
金田さんの声が響く。
「美紀さん、行こう!」
まだ薄暗い中、俺と美紀さんも屋敷の外へ飛び出した。
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