第40話 ぼろ屋敷

 石島という苗字は、当然ながら父方の苗字。

 飛騨のばあちゃんちは、残念ながら母方の田舎である。


 父の実家は埼玉で、そのルーツも埼玉にある。


 俺のその説明を聞いても、金田さんはまだ何かを考えていた。


「う~ん、まあいいか。どっちにしろ山賊が住み着いてるんじゃ行ってもだめかな」


 確かに、山賊と鉢合わせになったら危ない。


「お婆さま、そろそろ戻りましょう」


 女の子は俺達に向って会釈すると、そのままお婆ちゃんの背を押すようにして村の中に消えて行った。

 俺はその後ろ姿を見送り、考え込んで動かない金田さんに声をかける。


「えーっと、郡上でしたっけ? 行き先」


 考え込んで何も言わない金田さんと、その様子を伺っているつーくん。二人とも俺の質問には答えてくれなかった。


(なんだよ……郡上行かないのかな?)


 もう既に日が登りきっているので、急がないと夜までに郡上に着けないかもしれない。焦れた俺とつーくんが金田さんがの顔を覗き込むのと、金田さんが口を開くのが同時だった。


「山賊も人だ、飯は食う。よく考えると昨日の連中は軽装すぎたと思わないか?」


 その金田さんの言葉に、つーくんが答えた。


「大森さんが出発してからの時間、彼らの軽装、どう考えてもキャンプから近い地点があいつ等の拠点ですよね」


 二人の言う事を総合判断し、俺は一つの仮定を口に出した。


「その屋敷に住みついてる山賊達って、もしからしたらあいつ等かもしれないって話?」


 金田さんとつーくんが黙って頷く。

 二人の同意を得て、俺は核心部分を言葉にした。


「もし昨日の連中が全員だとしたら、今はその屋敷に誰もいないって事だよね? もしかしたら、食料とかお金の備蓄があるかもしれない!」


 俺達は急いでその屋敷に向った。


 その村から十分も歩かない距離に、土の塀で囲われ、それなりにしっかりとした門を備えたお屋敷が存在した。

 塀も、門も、屋敷その物も、だいぶボロボロではあったが、踏み入れた瞬間に色々と目についた。


 つい最近まで人が生活していたであろう痕跡が散見されるのだ。


「剛左衛門……」


 金田さんの一言でつーくんも周囲を警戒。


 俺達は武器を持っていない。修験者の格好をしているのに刀や槍を持っていては、かえって怪しまれると思ったからだ。


 つーくんは足元にあった棒を手にする。


(つーくんは棒が好きなんだな)


 俺は伊藤さんを見習って、投げれるように野球のボールくらいのサイズの石を手にした。


 だが結論から言えば、俺達の警戒は結局無駄だった。

 屋敷は無人で、生活の後だけがそこかしこに散らばっている。その中に、見慣れたポーチを発見した。携行食の入った袋だ。


「大森さんのだね」


 つーくんがそれを手に取ると、中身が空っぽな事が分かる。

 散乱しているゴミの中に、携行食が入っていたと思われる空のパックがいくつも混ざっている。


 俺達はそのまま屋敷の中を探検した。

 屋敷は中庭を囲むように八部屋が存在、とにかく汚くて散らかってはいたが、炊事場もあるし、少し離れた場所にはものすごい臭いを発するトイレもあった。


「みつけたああ! 金田先輩! よーくん! 見つけた!」


 中庭の方からつーくんの歓喜に震える叫び声が上がった。

 急いで駆け付けてみると、倉庫のような小屋の中には米俵や銭、小石サイズの金銀、高価な雰囲気の装飾が施された鞘に収まっている日本刀、槍、弓、鉄砲まであった。


「こりゃすげぇ、あの山賊達えらい稼いでたみたいだな」

「伊藤さん、すごい連中を倒したんですね」


 俺の言葉に、つーくんが深く頷く。


「そうだね、よし、急いで持って帰ろう! まずは米!」


 自分達を鼓舞するように元気よく言うと、米俵を運ぶために使う板のような道具を背負い、一人一俵を担いで帰路に着いた。


「重い……」


 米俵は想像以上の重さだった。


 金田さんが言うには、この時代の米俵は規格が統一されていないので地方によってかなり違いがあるらしい。俺達が今担いでいるのは、たぶん三十キロくらいの米俵だろう。


 背中に三十キロを担いで歩くような経験はそうないだろうし、その状況で登山とか信じられない。俺達は揃って「はぁはぁ」言いながら簡易キャンプに戻った。



 へとへとの俺達がキャンプに到着した頃には、もうすでに夕方になっていた。


「すごーぃ! おっ米♪ こめっこめ♪ なぜか茶色いお・こ・め♪」


 到着した俺達は、米俵を一つ解いでみたのだが、中からは茶色の米が出てきた。その茶色い米をじゃらじゃらと触りながら、瑠依ちゃんが自作のお米歌をルンルンで歌っている。


「たぶん赤米ってやつだな」


 金田さんの解説によると、この当時のお米の種類としては安い物だそうで、生産者としては安価で大量に生産できるので流通量は多かったそうだ。

 金田さんも食べた事は無いそうだが、味はイマイチらしいとの事。


「一般人はコレが主食かぁ」


 つーくんはちょっと不満気だった。


「剛左衛門、出世して白米を買えるようになろうぜ!」

「了解!」


 この二人は本当に頼もしい。


「それじゃあ、ちょっと炊いてみますか」


 美紀さんが鍋に赤米を入れ始める。


「水は多めがいいと思うっす」


 金田さんのアドバイスに、美紀さんはニッコリ頷くと鍋を抱えて小屋に入って行った。



 優理は小屋から出て来ていない。伊藤さんも優理も目を覚ましているそうだが、伊藤さんは起きれる状況じゃない。

 優理に関しては、美紀さんが「ありゃ駄目だ、しばらく伊藤さんの側を離れそうもない」と笑っていた。


(早く元気になってもらわないとな、色んな意味で!)


 赤米の炊飯は、二回の失敗を経て成功した。


 成功した時にはすっかり夜だったけど、伊藤さんはその赤米をさらに煮込んでお粥風味にした物を食べ、また眠りについたそうだ。


「明日は三往復くらいしたいですね!」


 俺の提案に金田さんとつーくんが頷いてくれる。


「手伝える範囲なら唯と瑠依も連れて行ってくれ」


 美紀さんが協力を申し出てくれたので、明日の探検は今日よりずっと楽しくなりそうだと思った。

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