第41話 爪ごと飲める

 翌日、伊藤さんは朝から起きて、それぞれと会話する程に回復していた。一安心といったところか。

 一つ不満があるとすれば、常にベッタリと優理が付き添っている事だが、伊藤さんが元気になるまでは仕方がないと思う事にする。


 朝食後、金田さんと伊藤さんは何やらずっと話し込んでおり、やっぱりあの二人は俺達の中心人物だと実感している。年齢も、知識も、考えている事も、行動力も、全てにおいてあの二人がずば抜けているのは間違いない。


「オッケーっす。うんうん、それが実現したら……よし!」


 金田さんは勢いよく立ち上がるとみんなの方へ体を向けた。


「みんな、今日は屋敷に行くんだろうけど、俺は別行動を取るわ。悪いけどよろしくね!」

「どこ行くんですか?」


 唯ちゃんが不思議そうに尋ねた時には、金田さんは既に携行食の入った袋を肩に掛けていた。


「郡上八幡!」


 昨日行くはずだった目的地だ。皆の注目が金田さんに集まると、金田さんは少し恥ずかしそうにしていた。


「あー、まってまって、色々聞くのは野暮ってもんだぜ?」


 西洋人のような身振りで「すぐに戻ってくるさ!」なんて言いながらカッコつけた。


「はい、いってらっしゃーい」


 瑠依ちゃんの言葉は『興味ありませんが何か?』という翻訳が付きそうな感じで、聞いているコッチはまた金田さんが灰になるのではないかと心配する程だった。


「るいちゃ~ん、そりゃねーよぉ」


 おどけた金田さんに、何かを思い出したようにスタスタと近寄る瑠依ちゃん。


「ちょうどよかったです! 変態さん、コレ!」


 瑠依ちゃんの手には、余った修験者の服を切り刻んで作った『お守りらしき物』が握られている。


「ちょ、るいちゃん、こんな……」


 その『お守りらしき物』を手渡され、感動の渦に飲み込まれそうな金田さんに、瑠依ちゃんの言葉が続いた。


「変態さん、お守りって知ってますか? 上手に作れなかったんですよね伊藤さんにあげるお守り……なので買ってきてください、これ見本です。たぶん神社ってゆう場所で売ってますから」

「ブッ」


 つーくんが耐えかねて吹き出すのと同時に、金田さんには悪いと思いながらも、俺も吹き出してしまった。


 唯ちゃんが笑うと、釣られて優理も美紀さんも笑っていた。

 何故に皆が笑っているのか理解出来てない瑠依ちゃんは、やっぱりちょっと子供なのか、どうやら天然なのか。


「じゃあ変態さん、お願いしますね!」


 瑠依ちゃんの言葉は、灰になった金田さんは届かないだろう。固まったまましばらく動かなかった。


「金田くん、よかったね。女の子のお手製お守りなんてそうそうないよ?」


 伊藤さんも笑を堪えながら金田さんを弄っている。


「ちっきしょ~! 行ってくるっす!」


 金田さんはクルっと振り向くと、その俊足を発揮して猛スピードで山を下って行った。


「金田くんってホント面白いよね」


 言いながら立ち上がった伊藤さんを、優理がそっと支えている。


「飯も食ったし、ちょっと寝るわ」


 伊藤さんの動きを見る限り、別に支えなど必要なさそうに見える。本人もそのつもりなんだろうが、どうしても優理がくっついて回っている感じで、伊藤さんもそれを拒否していないだけなのだろう。


 小屋の入口までくると、美紀さんのほうを振り返った。


「美紀ちゃん、シャワーって使える?」


「はい、ばっちりです! その手じゃ、頭洗うのとか無理でしょ? お手伝いしますよ」

「え? あー、そうか、なんも考えてなかったわ」


 伊藤さんは包帯グルグル巻きの自分の両手を見てため息を付いた。


「それなら私がお手伝います」


 優理は、わざわざ伊藤さんの腕に手を添えてそんな事を言った。



 その瞬間、美紀さんの顔が意地悪な笑みを浮かべる。


「そっかー、残念、裸のお付き合いも悪くないと思ったんだけどなぁ、一緒にシャワールームだもんね、優理に譲るかな」

「へ?」


 優理の頭に「?」が浮かぶ。それは一瞬の事で、すぐに耳まで真っ赤になった。


「いやいや、いいよいいよ、よく考えたら腕もこんなだしさ、シャワーはもうちょっと良くなってからにする!」


 そう言って小屋に逃げ込んだ伊藤さんを追うように、美紀さんが小屋に入って行く。


「別に恥ずかしがる事もないでしょ、怪我人なんだし! それに接合部もそろそろ洗わないといけないので、とりあえずシャワールームに行ってください!」


「瑠依も~! 瑠依もお世話する!」

「瑠依ちゃん、邪魔したらだめだよ」


 唯ちゃんは瑠依ちゃんを追って小屋に入って行く。


「え? ちょっと! なんで私最後なの?」


 優理も慌てて小屋に飛び込んで行った。




「いやー、相変わらずすげーな」


 つーくんが若干呆れた感じで感想を述べる。


「ホントだよね、爪の垢って効くのかな? 効くなら是非とも頂きたいくらいだよね」


 これは半分くらい本気だ。


 あのモテっぷりの半分、いや、四分の一でも効果があるのなら、爪の垢でも飲めるかもしれない。


「ほんと、頭の回転と人の良さ、それにあのモテっぷりまで効果が出るなら爪ごと飲んじゃうわ」


 つーくんは言いながら身支度を始めた。


 今日は色々と持って帰って来たいので、大き目の袋をいくつか用意しているのだ。

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