第26話 緊張
俺達がこの時代に来てから、この時代の人間とはまだ接触していない。
「村上さんとか、大森さんとかが戻ってきてるんじゃないですか?」
不安に支配された瑠依ちゃんから、楽観的予測が口にされる。声は少し、震えていた。
美紀さんが首を横に振る。
(そうだよな、それは無い)
瑠依ちゃんの予測は残念ながら当たらないだろう。
ルール上、先に出発した三名はここに戻ればゲームチェンジャーになる資格を失う事になる。元の時代との接続が切れているとは知らない三人が、ここに戻ってくる事は考えにくい。
(俺もこれくらいは考えられるようになった)
必要なのは、これ以上の考えかもしれないが、今は緊張が優先して考えが廻らない。
腕組みをしたつーくんが口を開いた。
「山の向こう側に用事があるとか?」
それにも、美紀さんは首を横に振りながら説明してくれる。
「峠を越えるルートはこの地点よりかなり南側に確立されています。5km圏内には入りますが、この場所へ向かってくる事はまずありえません」
ここで、伊藤さんがようやく口を開いた。
「強い目的や意思があるんでしょ? それが分かれば十分さ、大体想像つく」
そう言うと、つーくんに指示を出した。
「須藤くん、武器になりそうな物かき集めて」
その言葉に、全員の背中に緊張が走った。
美紀さんが驚きの声をあげる。
「ちょっとまって下さい、まだ危険な存在と決まったわけでは」
(武器……)
伊藤さんの言葉に、全員が体を強張らせている。
「そうですよね、了解です! 木の棒とかしかないと思いますけど」
つーくんは頷くとテーブルを離れ、辺りで武器になりそうな物を拾い始める。
「危険な存在だったら……やるしかないっすよね」
金田さんの顔が急に引き締る。
「その為に何時間も話したろ? 俺は覚悟を決めてある。あとはお前らだけど無理強いはしないよ」
伊藤さんは金田さんの肩をポンと叩き、言葉を並べながら小屋へと足を向けた。
「遅かれ早かれってヤツだと思ってるよ。ちょっと予想以上に早いタイミングだってだけで、それ以外は特に不都合ないさ」
伊藤さんのその独り言に、なぜか徒ならぬ殺気が込められているような迫力を感じた。
「三十分程度で目視できる距離に入ります!」
つーくんと伊藤さんに聞こえる声で叫んだ美紀さんは、モニターについた端末操作を一旦やめると、俺達の方へ向き直った。
「石島さん、その子達をお願いね」
何やら意味深な事を言うと、金田さんと共に伊藤さんの所へ向かう。
今にも泣きだしそうな瑠依ちゃんが叫んだ。
「美紀ねぇ!」
「瑠依、もう子供じゃないんだからピシッとしなさい!」
女神様の表情はいつになく硬く、我儘な妹系天使もそれ以上の言葉は飲み込むしかなかった。
どこで拾ってきたのか、つーくんは野球のバットくらいの棒を三本程、それ以上の長さの棒を二本抱えて戻ってきた。戻って来るなり、その棒をバチバチとぶつけ合い、武器として通用するかどうか強度を確かめている。
程なくして伊藤さん達もつーくんに合流。キャンプの中央地点に集めた物を出し合っていアレコレ作戦会議を始める。会議はひと段落ついたのだろう、伊藤さんが俺に向って指示を出した。
「石島くん、人数負けで侮られるのも厄介だからさ、最初だけここにいて欲しいんだ。でもヤバくなったら小屋に隠れてて」
(隠れているなんて……)
ホっとするやら、情けないやら、色々な思いが沸いてきた。けど、そんな思いを整理する間も、口にする間もなく、伊藤さんが言葉を続ける。
「もしさ、俺に何かあったら後は宜しくね」
(嘘だろ? いや、本気で言ってるなこれ)
声や口調は妙に明るかったから、冗談と取れなくもない。
それでも、伊藤さんの決意というか、覚悟のような物を感じ取れた。理屈ではなく、直感だと思う。
俺が無言で伊藤さんに頷いた時、優理が一歩二歩と伊藤さんの方へ足を踏み出した。
優理の手を俺が掴んで引き留める。
「離して……」
俺にしては珍しく、強い口調で引き留める。
「男の覚悟が見えないのか、邪魔するなよ」
それでも優理は止まろうとしない。もう、引き留めている俺を見る事さえしない。
「離してよ……」
声に涙が混じっているのを感じた。そんな俺達の様子に伊藤さんが気付く。
「優理、それ以上こっちに来ないでくれるかな」
伊藤さんはそれだけ言うと背を向けた。
「覚悟ってモンは言うほど簡単じゃないんだよね。それ以上近くに来られたら揺らいじゃうからさ、そこらへんで我慢しといて」
その言葉を残し、伊藤さんは六人が来るであろう方向へ歩き出し、金田さんに声をかける。
「先に目視したいから、そこで見張っとくわ」
金田さんは黙って頷くと、ゆっくり俺の方へやって来た。
「石島ちゃん、頼むね。優理ちゃん、大丈夫だって、先輩を信じろ!」
そう言って女の子達を小屋へ誘導し、無理やりにでも中に入らせた。優理も、瑠依ちゃんも、両目いっぱいに涙を溜めているのが分かる。
俺は小屋の入口に立ち、中の様子と外の様子を両方確認出来る位置を選んだ。小屋に入ったとたん、瑠依ちゃんはメソメソと泣き出したようだ。
「そういう場所に来たんだよ、後悔はないはずでしょ」
唯ちゃんの言葉に泣きながら頷く瑠依ちゃん。
「でもね、でもね」
もうただの駄々っ子だ。
優理は小屋の窓に張り付き、外の様子を凝視している。
いざとなれば、小屋に立て篭もって戦うくらいの覚悟はしておこうと思う。
自分に与えられた女の子達の安全確保という役目に、全力で挑む決意を固めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます