第19話 美紀の決断

 良く晴れた山林に、緊迫した空気が張り詰めていた。


『サポートリーダー、応答願います』


 美紀さんの端末から声がする。


「はい! サポートリーダー栗原です!」



 端末との会話を始めた美紀さんに視線を向け、金田さんが考え込むような表情で口を開いた。


「あれって、元の時代と話してるんっすかね?」


 金田さんにしてみれば珍しく、見れば分かりそうな事を言う。


(らしくないな、そうに決まってるじゃん)


 そう思ったけど、伊藤さんと金田さんの会話は、俺の脳内とは少し次元が違う。


「だと思うよ。リンクしたとか言ってたし、コッチとアッチの時間経過の差が今は無いんじゃないかな」


(そうか、時間の経過に差があったら、会話なんて出来るはずがないんだ)


 つーくんも二人の会話に混ざる。


「問題は全員を転送できるかどうかって話ですよね」


(え?)


 伊藤さんは黙って頷く。




「――そんな事……出来ません!」


 こっちの会話に気を取られていて、美紀さんと端末の会話をちゃんと聞いていなかった。


『美紀、つらいのは分かる! でもやらないと駄目だ!』

「兄様、でも……」


 いつの間にか、美紀さんはお兄さんと話をしていたようだ。


『かわれ。美紀、迷うな! サポート八名と候補者八名を帰還させろ、それでいい!』


 端末の中の声が別の男性の物に変わった。


「お父様、出来ません。そんな……」


『甘えるな! その地点をトンネルで繋ぐ訳には……――』


 言葉が途中で切れた。美紀さんが慌てて端末を再操作する。


『再リンク完了、回線不安定です。サポートリーダーへ通告します。ケースレッド発令中、時空域切除まで残り八百秒!』


 再度接続されたと思われる先から、なんだか緊迫した状況が伝えられる。


「くっ……」


 美紀さんの拳は固く握られている。


『美紀、良く聞け』


 端末の中身は、美紀さんが「お父様」と呼んでいた声の主に戻った。


『これは時空域最高管制室の副官として、緊急事態条項第八条三項に基づき下す命令だ。サポート八名と候補者八名を帰還させろ。候補者の選択は選考上位を優先。いいな、急げ』


 この状況を聞いていれば、バカでもなんとなくわかるだろう。今まさに、急いで帰らないといけない状況で。でも、全員は帰れないって事。


(どうなっちゃうのこれ……)


 お父様の言葉を聞いた美紀さんは、少し下唇を噛んだ。


「明日香、ちょっと来てくれ!」


 そして明日香ちゃんを呼んだ。

 明日香ちゃんは、比較的美紀さんと歳の近い。たぶん、俺と同じくらいか。


 二人は顔と近付け、小声で話している。


 明日香ちゃんは一瞬、唇を噛んで表情を歪め、次の瞬間には美紀さんを強く抱きしめていた。


「美紀ならそう言うと思ったよ。何年一緒にいると思ってんの? わかった、その決断の辛さ、覚悟の重さ、私も逆の立場で背負う!」

「有難う、明日香……」


 二人の瞳は潤んでいた。


 美紀さんは端末を手に取りなおすと、凛と透き通った声で呼びかけた。


「サポートリーダーより時空域最高管制室へ! 阿武室長! 応答願います!」


『阿武だ。済まない、トンネル化は阻止せねばならんのだ』


 今度の男性の声は太く優しかった。


「分かっています。予定通り時空域を切除してください」


 そこまで言うと、明日香ちゃんと目を合わせ、互いに頷きあった。


「室長、申し訳ございません」


『なんだ』


「緊急事態条項第一二条一項【偶発的事由よる不可避な緊急時における自己判断の鉄則】に則り、ジャパンゲート第719号サポートリーダーの権限を以って【ケースパープル】を発令。以後の指揮を栗原美紀が統括します!」


 俺には何の事かさっぱり分からない。

 少しの間を置いて端末から返答がされる。


『確かに『偶発的事由による不可避な緊急時』だ。ケースパープルの発令に関して我々管制室に拒否権はない。以後の事は任せよう。但し、ここまでゲート肥大が進むと当然だが強制回収は出来ん。状況は変わらんぞ』


「はい。通常転送の受け入れだけ、お願いします」


『いいだろう』


 端末の中の男性が、俺にはよく分からないナンタラカンタラの鉄則でケースパープルがナンタラを了承したようだ。


(阿武室長って、唯ちゃんのパパだったりするのかな?)


 直後、端末が揺れるように大音声を発した。


『ふざけるな! 美紀! ケースパープルなど認めんぞ!』


 美紀さんのお父様が端末の向こう側で叫んだのだ。


「お父様、申し訳ありません。ケースパープルの拒否権はそちらには帰属しておりません。時間もありませんので、ご一任ください」


 強い口調で言うと、お父様の返事を待つことなく。


「兄様、信じています」


 そう端末に語りかけた。

 美紀さんの言葉には、何か強烈な決意が込められている気がする。


『美紀くん、阿武だ』


 端末の中身は、再び阿武室長に変わった。


「はい、室長」


『これ以上、ゲートに不可はかけられん。転送を考えるならばこの通信が最後だ』


「はい」


『これは室長としてではない。一人の父親として頼む、本人の意思を尊重してやってくれ』


「大丈夫です。妹のように思っていますから」


『すまない。では、幸運を祈る……――


 なんだか、死に別れする二人の挨拶のような気がして、心の中がざわついた。

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