第20話 明日香の決意
端末との会話を終えた美紀さんは、全員を集めた。
「細かい説明をしている時間が無くて申し訳ありません。間もなく現地点とゲネシスファクトリーの時空域接続が切断されます」
警報音は美紀さんの指示で停止され、簡易キャンプは静寂を取り戻していた。
「最終説明にもあった通り、一度切断したゲートと同じ地点への再接続は、理論上は可能ですが実現した事がありません」
候補者の誰かが声を上げた。
「戻れないってことか? 元の時代に戻れなくなるのか?」
美紀さんは本当に申し訳なさそうに答える。
「はい。この時代に残れば、戻れる可能性は極めて低くなると思って頂いて結構です。それは同時に、変革を起こしてもゲームチェンジャーに認定される事も無くなるという事です」
(それじゃあ何のためにココに来たのか分からない)
もう少し詳細説明を聞きたい所ではあったが、とにかく時間が無いらしい。
「すぐに返答をお願いします。戻りたい候補者を優先して転送しますので、名乗り出て下さい」
数秒の沈黙が訪れた後、誰かがボソっと呟いた。
「候補者は上位から転送されるんだろ、そしたら俺達は残るしかないじゃないか」
そんな声に、伊藤さんが答える。
「戻りたい人は名乗り出ろって言われたろ、聞いてたか?」
すると、別の候補者が右手を上げた。
「お、俺……戻ろうかな」
刹那。
「明日香っ!」
美紀さんが叫ぶように明日香ちゃんを呼んだ。
泣いていた。
「お別れじゃないんだから! 泣かないでよ!」
明日香ちゃんも泣きながら叫ぶと、戻ると言った候補者に接近し腕を掴み、皆がいる場所から少し離れた場所に引っ張っていった。
「美紀、待ってるからね!」
言うなり、美紀さんの返答を待つ事無く。
――ィィィィリリリリ
一人の候補者と共に、渦巻き状の何かに吸い込まれていった。
そんなやり取りを見ていた伊藤さんが、小声で呟いた。
「やるねえ、大したもんだ」
全員が戻れるわけじゃないって事、この場の全員が理解している。だから、誰が帰るとか、ここに残るとか、もう少し何かあると思っていたのだけれど。
「俺も戻る!」
また一人、候補者が前に出てた。
「ゲームチェンジャーに認定さ――
戻る理由を述べようとした候補者の言葉は、美紀さんの声にかき消された。
「瑞穂っ!」
「はいっ!」
瑞穂ちゃんもその候補者の腕を掴むと、離れた場所に移動。
有無を言わさず、そのまま転送されていった。こうなると、その場の雰囲気は一気に『戻る』に傾く。
「俺も!」
「戻る! 戻してくれ!」
「更紗、端末貸して!」
美紀さんの指示に更紗ちゃんは黙って頷くと、二人の候補者を集めて一人に端末を手渡し「ここを!」と言って押す様に促した。
更紗ちゃんがその二人から離れるのと同時に、二人の候補者が転送されていく。
(俺は……俺は……)
悩んでいる俺の近くで、伊藤さんが「はいはーい」と右手を上げた。
「俺は絶対に残るよ? 理由は言う時間なさそうだけど、とにかく絶対に戻らないので、そこんとこよろしく」
言いながら、チラッと金田さんとつーくんを見た気がする。
その直後、つーくんが俺に語りかけてきた。
「ゲームチェンジャーになれないんじゃ、意味ねーな」
俺は黙って頷く。
つーくんが言葉を続けた。
「俺は戻らないよ、この時代で生きていく覚悟を決めたんだ。でさ? もうゲームチェンジャーとか関係ないならさ」
そう言って俺の肩をポンポンと叩く。
「相棒はいらないんだよね。俺は好きに生きるからさ、コンビ解消ね!」
(え……なんだよそれ)
俺の言葉を待つ事なく、つーくんはそのまま金田さんの所へ行く。
「金田先輩もどうせ戻るつもりないんでしょ?」
もう、俺には背を向けていた。
「お、よく分かったね。俺は戻るつもりなんてこれっぽっちもねぇよ? あひゃひゃひゃ」
全員が緊迫してる状況で、なんでそんなに余裕なのだろう。
伊藤さんは金田さんとつーくんを両脇に抱えて、しっかりと肩を組んで口を開いた。
「はい、これで三人。もう出発しちゃった三人を含めて六人!」
美紀さんをじっと見つめて言葉を続ける。
「そこにもう一人いるみたいだし? 全部で七人、これで解決じゃん! ささ、転送しちゃいなって」
(解決? 何が解決?)
「まったく……伊藤さんにはかないません」
美紀さんは涙をぬぐうと、苦笑の混じった笑みを浮かべた。
更紗ちゃんを呼んで自分の端末を手渡す美紀さん。
「更紗、佳織、唯、優理、瑠依、あちらの三名を除く、残りの候補者五名と一緒にお家に戻ってください」
すっかり霧も晴れ、キラキラと光る太陽に照らされた美紀さんの笑顔は、天使というより女神様って感じがした。
「美紀ねぇ、そんなの嫌だよ!」
瑠依ちゃんがぐちゃぐちゃに泣いていた。
「シャキッとしろ! 私はコッチで待ってるから、ちゃんと迎えにきてくれよ?」
そう言って、瑠依ちゃんの頭をクシャクシャと無造作に撫でた。
「美紀ねぇ、絶対、パパにお願いして、絶対、絶対、迎えにくるから!」
唯ちゃんもボロボロに泣いている。
「それでいい、それが唯の出来る事だ」
女の子達の涙ながらの挨拶を遮るように、あの警報が鳴り響く。
――ッッツツー ッッツツー
「さ、リミットだ、皆、元気で!」
女の子達は、ぐしゃぐしゃに泣きながら転送ボタンを押す。
――ィィィィィィリリリリ
候補者と共に、次々と転送されてく。
俺の目の前には、何故か涙を流す事無く、平然とした優理がいた。
「それじゃ、転送するね」
(優理……?)
何故、優理があれ程までに伊藤さんに惹かれているのか、それは俺の知るところではない。
けれど、今この瞬間、平然としているのにはどうにも違和感を覚えた。
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