第4話 自己紹介
全員が自己紹介を終えた。
中年男は、中村さん四七歳独身。
普通のサラリーマンが嫌になって、現実から逃げるために参加したとの事だった。モテないオーラ満開なものの、モテないキャラを楽しくプラスに演じられる大人の男だ。
金髪男は、金田さん三一歳独身。
金髪なのは強がっているだけで、実は根っからの小心者だそうだ。退屈な日々に嫌気がさしたらしい。参加の目的は莫大な賞金。本当に明るく陽気な人で、自分が小心者であることさえ笑いに変えてしまえる人だ。
伊藤さんは、三五歳、バツイチらしい。
参加理由は面白そうだったからというなんとも軽いノリである。友達も少ないし、家族もいないらしい。なんだか仙人のような、生きている目線が他人とは違う雰囲気だった。
「でよ? 石島ちゃんはこれからどうすんだ?」
金髪の金田さんが質問してきた。
当然、俺の自己紹介も終わっていた。名前や年齢。簡単な経歴。
それと、白パンツから何の説明も受ける事が出来ないままに、ここへ来た事。
「説明受けてないんじゃな、今からやめるってのもアリじゃねーか?」
(そう、やめちゃおう)
俺の感情は不安や恐怖といった種類の物から、怒りに近い物へと変化し始めていた。
考え込んで黙っていた俺に、伊藤さんがキッチンでコーヒーを入れてきてくれた。
「どうぞっ」
俺と金田さんの前に煎れたてのコーヒーを置くと、自分の分と中村さんの分を取りにキッチンへ戻る。
「あざーっす」
金田さんがコーヒーに手を付けながら、キッチンにいる伊藤さんに届くように大きな声で訊ねる。
「伊藤さん、けっこうゴネたんすか?」
言いながら半笑いだった金田さんは、伊藤さんの返事を待たずに「自分はけっこうゴネましたけどねっ」と、ニヤニヤしながら継ぎ足した。
(そうだよな、素直に来るほうがどうかしてるよ)
伊藤さんからコーヒーを受け取った中村さんも、会話に参加してくる。
「順番に転送されてるみたいだからな。伊藤くんの次に、一日あけて石島ちゃんが来たね、ギリギリだったけど」
手にしたコーヒーカップを品定めするように、色々な方向から眺めながら状況を説明してくれた。現実から逃げるために来たという中村さんは、どうやらこのメンバーでは最初に来たらしい。
そんな中村さんに、金田さんが問う。
「中村さんはすんなりOKしたんすか?」
俺の聞きたい事は、だいたい金田さんが質問してくれるので楽だ。
「俺はだいたい三時間くらいかな。話を聞いてから決断するまでの時間な」
(俺は、ゼロ秒だったな)
状況が状況だっただけに仕方ない気もするけれど、どうにも腹が立つ。
「自分も同じくらいっすねー」
金田さんは、納得だと言うように相槌を打っている。
そこでようやく、伊藤さんが口を開いた。
「砂糖とミルク、いる?」
一人で重たい空気を発していた俺に、伊藤さんが優しい声で砂糖とミルクを勧めてくれたのだ。
(この人はどうして来たんだろう)
俺から見たら、他の二人にくらべて随分と立派に見える。
「伊藤さんは、なんで参加したんですか?」
もらった砂糖とミルクをかき混ぜながら、気になって仕方がないこの人の話をもっと詳しく聞いてみたいという衝動に駆られた。
「んー、さっきも言ったけど面白そうだったからなんだけど」
そう言ってコーヒーを一口、口に運ぶと続きを話し出す。
「特に金持ちになりたいとか、有名になりたいとか、何がほしいとか、何処に行きたいとか、そういうのが一切無かったんだよね」
中村さんも金田さんも、黙って伊藤さんの話に耳を傾けていた。どうやらこの二人にしてみても、気になる存在は伊藤さんのようだ。
伊藤さんは言葉を続けた。
「簡単に言うと、理由がなかったんだよね、生きる理由ってのかな。そんなだから面白そうなこの話に乗っただけ」
軽い理由だ、そしてその軽い理由を本当に軽い言葉で表現する。疑問とか、疑念とか、そういった感情を全く持っていない様子だった。
伊藤さんの語った理由に、返す言葉が見つからない。
少し困った俺を助けてくれたのは、扉が開く電子音だった。
電子音に続いて機械音が響く。
派手な機械音を伴って入口の扉がゆっくりと開いた。
「皆さん、三百年ぶりです」
入って来たのは白パンツだ。
「おぉ、優理ちゃーん」
だらしのない声を上げたのは中村さんだった。俺の倍近い年齢の中年男性の猫なで声に、同じ男として嫌悪感を抱かずにはいられない。
「三百年ぶりかー、相変わらずお美しい」
金田さんも続いてだらしのない声を上げる。
「改めまして、佐川優理です。宜しくお願いします!」
白パンツの挨拶に、中村さんと金田さんは顔も声もだらしなく返事をした。伊藤さんは、コーヒーを飲みながら片手を少し上げ「よっ」と簡単に済ませている。
「それでは、明日からのスケジュールについて説明しますね」
俺は一息ついて、自分の言いたい事をしっかりと確認してから言葉を発した。
「ちょっと待って! 挨拶とか今後の事とかどうでもいいよ、まずは俺にしっかり説明してくれ!」
言ってやった感はあったが、ちょっと大きな声を出し過ぎたかな、と反省した。白パンツはまるで先生に叱られている子供のような顔で、伊藤さんに助けを求めている。
「あ、伊藤さん、あの……」
伊藤さんは軽くため息をつく。
「説明したよ。四人で色々と話たし」
そう言って俺の顔を見ると、言葉を続けた。
「でも、それと納得がいくかどうかは別だと思うよ」
伊藤さんの援護をもらった俺は元気が出た。
逆に、伊藤さんから援護が貰えなかった白パンツは元気を失ったようだ。
俺は一気に畳みかける。
「納得なんて出来るわけないですよ!」
一歩前に出て、白パンツに詰め寄った。
「直接しっかり説明してくれ!」
そこから三十分近くかけて、俺は白パンツの説明に聞き入った。
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