妖刀編
台風も過ぎ、涼しくなってきた今日この頃。朝から快晴だ。
「あー、やっぱ気持ちいいなー」
俺は干した布団を金属バットでバシンバシンと叩いていた。以前は布団叩きを使っていたのだが折れてしまった。金属バットならまあ折れる心配はないだろう。
本当は叩かず専用のブラシを使ったほうがいいらしいが、こういうのは気持ちの問題だ。連日の雨で溜まっているであろうホコリを叩きだしている感が欲しいのだ。
「クスノキさん、ただいまです」
「お帰り。ありがとうホニャ子」
普段は俺がやっているのだが、今朝は布団を叩きたいが為にホニャ子にゴミ捨てを手伝ってもらった。もらったのだが。
「……ホニャ子、それはなんだ?」
「珍しいものが捨ててあったので拾ってきました」
なんという事だ。ホニャ子に限ってないと信じていたが、まさかゴミを捨てに行ってゴミを持ち帰ってくるとは。
差し出してくるのでとりあえず受け取ってみる。
「なんだこれ。鞘か? 鞘だけが捨ててあったのか?」
「そうです。珍しいと思いませんか」
それはどこからどう見ても朱塗りの鞘だった。確かに鞘だけが捨ててあるのは珍しい。いや、中身たる刀とセットでも珍しいのだが。
「……しかしなあ。ホニャ子、今日は何曜日だか分かってるよな?」
「当り前じゃないですか。日曜日です」
「俺の体質というか性質は?」
「日曜に限って女の子が助けを求めてくる事です」
うーん。分かっているならどうして拾ってきたんだろう。何もしなくたってやってくる日曜の少女達を自ら呼び込む行為に等しい。
日曜の少女達は帰るべき場所を求め、なぜか日曜に限って俺のもとへやってくる。ホニャ子だってそうだ。彼女は古代人で、帰るべき場所が俺の傍だったという例外ではあるが。
「そこです。いつも待ってばかりでなく、こちらから招いていく姿勢です。こうすれば一日中そわそわせずに済むと思うのです。そんな鞘なんて絶対怪しいじゃないですか」
「まあ一理あるけどな。でもなあ、寄りにもよって鞘かー」
刀とセットであるべき鞘。どうしたって危険な香りがする。
「お嫌なら捨ててきますが」
「いや、いいよ。せっかくホニャ子が提案してくれたんだから」
刀の怨霊とか出てきてもまあ大丈夫だろう。こっちにはホニャ子がいる。
できるだけ力を借りたくはないが彼女は古代兵器トルトポリアを操れる。怨霊ぐらい何とかできるはずだ。
念には念を入れて念のため金属バットを傍らに置き、居間で鞘を拭いてみる事にした。
「どうして拭くんですか?」
「ほら、ランプの精だって拭いたら出てくるじゃないか。鞘だって似たようなもんだろ」
論理的根拠など一切ないざっくばらん理論だったが、案の定というか意外にもというか、煙がぽわわんと出てきててのひらサイズの少女が現れた。以前現れた花の妖精と雰囲気が似ている。
「困ってるんです、助けてください!」
「だろうなあ。具体的には?」
「私は妖刀を封じていた者なのですが、時の流れに耐え切れず封印が解けてしまったんです! このままでは妖刀が暴走して大変な事になってしまいます!」
「おいホニャ子、やっぱり物騒な話になってきたぞ」
「申し訳ない気持ちでいっぱいです」
まあいいんだ。ホニャ子が持ち帰らなくても妖刀とやらは暴走していたんだろう。結局は誰が対処するかが変わるだけで、それはどうせ俺だったはずだ。
「妖刀はきっと二度と封印されないよう私を斬りに来ます! 人を斬るかもしれません! どうか、どうかお助けを!」
「なんで俺ならなんとかできると思うんだろうな……? まあなんとかするけど。で、その妖刀とおやらは今どこにあるんだ?」
「ここに近づいてきているようです」
「おう。そういうのはもっと早く言ってくれな」
外に出てみると鎧武者が歩いてきていた。顔はなく、刀を手にした鎧だけが歩いていた。刀から強い圧を感じる。あれが妖刀なんだろう。
「それで? どうすればあれを封印できるんだ?」
金属バットを構えつつサヤ子――鞘の妖精に尋ねた。
「妖刀を鞘に納められればひとまず封印できます! あとあの鎧に実体はありません、お気を付けください!」
「ハードル高いな。ホニャ子、あいつを捕捉できそうか?」
「やってみます」
返事があってすぐ、空からでかい土の手が猛スピードで落下してきた。トルトポリアの手だ。それは確かに鎧武者を握り潰したように見えたのだが――
ぐるん、と刀が一回転した。
トルトポリアの手は斬られ、潰れたはずの鎧武者もろとも何事もなかったかのように歩み寄ってくる。
「だめです、止められません!」
「くそっ! 金属バットまで斬られたら打つ手ねえぞ!」
明らかに手首の関節が一回転していた。実体がないとはこういう事か!
ベルトに鞘を差し、金属バット片手に駆け出した。あいつの狙いは鞘だ。ホニャ子達を巻き込む訳にはいかない!
鎧武者も俺を敵と判断したようで、鞘なしながら抜刀の構えを取った。迎え討つつもりらしい。
どう来る? 上段か、中断か、下段か。短い間合いで考える。リーチは相手の方が長い、狙いは鞘――
ガキン、と金属音が響いた。
中段を金属バットで防いだ。鞘が狙いなら上段下段はないと踏んだが、どうやら正解だったらしい。
「ぐぁ……ッ!」
安堵の間もなく左の手甲でわき腹をやられた。くそが、都合のいい時だけ実体化してんじゃねえぞ!
バランスを崩している合間に妖刀を上段に構えているのが見えた。
来る!
再び硬質な金属音が鳴った。両手が痺れる。不安定なまま蹴り押すように前蹴りすると、逆に俺が押し返されてしまった。
そのまま転がるようにして鎧武者から全力で逃げる。
「ホニャ子ッ! コンクリぶち壊してもいいからあいつの動きを止めろッ!」
「分かりました!」
直後、足元がふわりと浮いた。四、五メートルぐらいか、トルトポリアがコンクリごと地面を引っぺがし巨大な壁を起き上がらせた。
ガキ、ゴキンと壁の向こうから音がする。やはり土でできたトルトポリアの手は斬れてもコンクリは斬れないようだ。
「両側から封じ込めました。どうしますか、このまま圧し潰しますか」
「それはだめだ。刀まで壊しちまったらサヤ子の帰るべき場所がなくなる」
「ではギリギリまで狭めましょう」
ゴゴゴ、とコンクリの壁が動き、金属音が聞こえなくなった。刀を動かす幅もなくなったのだろう。
「サヤ子、切っ先がどっち向いてるか分かるか?」
「えっ! ちょっと見てきます!」
そう言ってサヤ子はふよふよ飛んでコンクリの壁の隙間を上から覗き、帰ってきた。
「上向きでした!」
「よし。ホニャ子、切っ先が見えるまでコンクリを元の位置に戻してくれ」
「了解です」
高さにして二メートル程度コンクリが割れ、地面へと戻っていく。……お陰で舗装はガタガタだが、致し方ない。
覗いた切っ先はやや傾いでいたが確かに上を向いていた。
「これで上から鞘を嵌め込めば封印できるよな?」
「できます! すごいですクスノキさんホニャ子さん!」
そんな訳で切っ先に鞘を滑り落とし、念のためかちっと音がするまで嵌め込んだ。怨嗟の声が聞こえた気がしたが、これもまた仕方ない。
「ありがとうございました! 二度と封印が解けないよう、厳重に見張っておきます! 本当にありがとうございました!」
重ね重ね礼を言い、サヤ子はうっすらと消えていった。
ガタガタになった道路を元に戻し、手元には鞘に納められた妖刀だけが残った。
「あれ、これはどうすればいいんだ?」
「物騒ですし、宇宙の果てまでさようならしてしまいましょうか」
「いやそれはだめだ。鞘にはサヤ子が宿ってるんだし」
本来の持ち主を探すのも難しいし、捨てたようなやつに返したくもない。神社でお祓いしてもらえばいいのかもしれないが、それだとサヤ子も一緒に消えてしまいかねない。
「結局うちで保管という訳ですか」
「他に当てがあるなら教えてくれ」
万が一にも刀が抜けないよう縄で縛り、庭の物置にしまっておく事にした。絶対の安全は保障できないが、他に当てもないから仕方がない。
一仕事終えた俺達はうちに戻り、居間でホニャ子の淹れてくれた麦茶を飲んでいた。
「それにしても、どうして鞘だけが捨ててあったのでしょう。腑に落ちませんね」
「分からんな。案外、封印が解けそうだったからサヤ子が先に逃げたのかもしれん」
そもそも、大体においてこうなのだ。日曜の少女達は他の誰でもなく俺に助けを求めてやってくる。そのきっかけや理由は釈然としない事のほうが多い。
「しかしまあ、今回は色々と勉強になったな」
「そうですね。あからさまに危険なものは拾ってこないほうがよさそうです」
「それもそうだが、それ以前に捨てられる物を拾ってくるのはやめような」
「では、仮に子猫が捨てられていたらどうしましょう」
「……難しいとこだな」
他の曜日なら構わないが、日曜なら化け猫あたりが現れそうな気がする。
「うまくいかないものですね」
「ああ、まったくだ。だが幸いにも今日のノルマは達成した。これはホニャ子のお陰だ。せっかくだしどこか遊びに行こう」
「ありがとうございます。どこに行きましょうか」
「ホニャ子の行きたいとこでいいぞ」
今日はもう何も起こらない日曜日を満喫できそうだ。
そこそこ命懸けだったが、ホニャ子とゆっくり遊べるならこんな日もたまにはいいだろう。
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