地球人・クスノキマサヒコ。
アキラシンヤ
ヒキコモリ編
いつまでこの暑さは続くのだろう。
そんな事を考えながら、居間でホニャ子とそうめんを食べていた時だった。
「うおおおおぉっ!?」
突然の叫び声とともに西洋風の剣を持った少女が降ってきて、そのままびたんと畳に落ちた。
見た目は普通の女の子だ。髪が長すぎる気がしないでもないが、この世界の人間だろう。
「大丈夫か?」
あらかじめ伝えておくが、うちは普通の一軒家だ。居間の天井から畳にダイビングしても大した高さではない。おそらく大丈夫、最悪でも鼻が折れたぐらいだろうと踏んで、俺はそうめんをすすってから黒髪の少女の肩をゆすった。
「いててて……。あ、大丈夫っす。というかここどこっすか? 日本で間違いないっすか?」
起き上がり、居間をキョロキョロと見渡す少女は鼻血を流していた。ティッシュティッシュ。
「二〇一六年九月一一日の日本は東京だ。ほれ、鼻血出てるぞ」
「……やった! 帰ってこれた!」
嬉し泣きに涙を流しながら、少女は鼻にティッシュを詰めていく。
「それはよかったな。で、どっから帰ってきたんだ?」
「話せば長くなるのですが……って、お兄さん達ずいぶんと冷静っすね?」
「日曜になると必ず変な子がやってくる体質というか性質なんだよ。そこのもああ見えて古代人だ」
「初めまして。古代人のホニャ子です」
トレードマークのネコ耳を俊敏に動かしながら、ホニャ子は頭を下げた。
「ご丁寧にどうも。現代人の本山素子っす」
「俺はクスノキマサヒコ、普通の大学生だ。それで? 長くなってもいいから話してくれ」
さっきから手放さない剣から嫌な予感がビンビンする。
促すと山本なる少女は話し始めた。
「はい。信じてもらえないかもしれませんが、異世界から帰ってきたんです」
異世界か。ずいぶんとざっくりした括りだ。
「というのも、抜いてはいけない剣を抜いてしまったんです。それがこれなんですけど、過去の災厄を封印していた勇者の剣だったらしいんすね」
「いわゆる真の勇者にしか抜けない系の?」
「私もそう思ったんすよ! で、やっぱ試し半分で抜こうとしちゃうじゃないですか。そしたらまあ簡単に抜けちゃって。過去の災厄が復活しちゃうらしく異世界人から批難されまくっちゃって。それでまあ、元のこの世界に逃げ帰ってきたとこっす」
なるほど。真の勇者しか抜けないんじゃなく、封印そのものだから刺しっぱなしだったという事か。
「つまり余計な事だけして帰ってきたって事だな」
「ぐはっ! ……そういう事になるっすね」
「それはまあいいんだが、その漠然とした異世界とやらに自由に行き来できるのか?」
「そうかもしれないっす。言い忘れてたんすけど、私ヒキコモリなんすよ。なんすけど、コンビニぐらいならたまに行く程度のライトなヒキコモリなんすね」
「ライトなヒキコモリ……」
ホニャ子は納得いかない様子だ。確かにヒキコモリというよりニートっぽい。いや、年齢的には不登校の可能性もあるか。
「プリン食べたいなーと思っていつものようにコンビニ行こうとしたら、トラックに轢かれそうになってる子猫を発見しちゃったんすよ。それで思わず助けようとしちゃって。で、気付いたら異世界にいたんです」
「ちょっと意味が分かりませんね」
意味の分からない話が続いたからか、ホニャ子はちょっと不機嫌そうだ。
「俺も分からんが、帰ってくる時は?」
「おんなじようにしたら帰れるかなーと思いまして。馬車に轢かれそうになってる子猫を助けたら案の定、うまくいきました」
「意味が分かりませんね!」
「怒るなホニャ子、この子のせいじゃない。それよりちょっと遠出するから準備しといてくれないか」
「トラックに轢かれそうな子猫を助けるつもりですか?」
「まさか。ひとまず逃げるんだよ。おそらく封印されてた過去の災厄とやらが追いかけてくる。家で暴れられたら困るだろ」
そんな訳で後ろにヒキ子を乗せ、バイクで飛ばしている。目的地は山にあるぽつんと開けた公園だ。日曜の日中に誰もいそうにない場所を探しておいてよかった。
過去の災厄がやってくる確かな根拠はない。だが俺の勘がそう叫んでいる。
ヒキ子――山本何某は今も剣を持っている。手放さない事情を聞いてみれば、手放さないのではなく手から離れないらしい。いわゆる呪われた武器ってやつだろう。
誰が呪ったのかは明白だ。封印された災厄とやらに違いない。そして呪いを解くためには、おそらく災厄をまた封印する必要がある。
だとしたら災厄は追いかけてくると考えたほうがいい。
ホニャ子やヒキ子のような日曜の少女達は、必ず帰るべき場所を求めて俺のもとへ訪れる。ヒキ子の場合、帰るのは簡単だが呪いを解かなければ無事に帰れたとは言い難い。
それにしても、異世界の災厄か……。俺とホニャ子で対処できる範囲ならいいんだが。
もう一つのパターンとして、俺が異世界とやらに出向くというのもあったのだが、幸いにも? 杞憂に終わった。
目的の公園に着き、誰もいないのを確認し、自販機で買ったコーヒーを飲んでいると、そいつは突然に現れた。ぐにゃりと歪んだ黒い穴のようなものが異世界との連絡口なのだろうか。
一言で言えば、手足の生えた巨大なナマズだった。全長四~五メートルといったところだろうか。さすがは異世界の災厄、なかなかに気持ち悪い。
「ぶわっはっはっはっはぁっ! 世界を跨いだところで逃げられると思ったかぁっ! 忌まわしき剣め、今度こそ飲み込み、葬ってくれるわぁっ!」
盛大に唾を飛ばしながら災厄ナマズは吠え、でかい口で大きく息を吸い込み始めた。
「ひぃっ! なんかするつもりっすよ! お兄さんなんとかしてくださいっ!」
「こういう時は出方を見なきゃだめだ。パターンを知らない相手に迂闊に近づくべきじゃない」
ヒキ子の前に立ち、ぎゅっと拳を握る。
さあ、どう出る?
何かを吐き出しそうな感じだが――。
「…………うん?」
こいつ、いつまで吸いっぱなしなんだ。
災厄とやらは突っ立ち、激しく息を吸い続けている。気のせいかその勢いが増しているからか、山の木がざわめきはじめた。地面からは砂煙のように砂や土が舞い上がり吸い込まれ、まるで不気味な掃除機のようだ。
そういえば今度こそ剣を飲み込むとか言ってたな!
「ヒキ子! これがやつの攻撃だ! だんだん吸引力が増してる、今のうちに斬るぞ!」
「えぇっ!? でも、近寄ったらぱくーっといかれちゃうんじゃないですか!?」
「くそっ!」
俺はベンチを持ち上げ、災厄に向かって思い切り投げた。本来なら届かないはずの距離だが、それは確かにやつの口の中へと吸い込まれていった。身体が少し大きくなり、吸引のギアが三段階ほど上がった気がする。……やっぱりか!
「ぶわっはっはっはぁっ! 吸引力の変わらないただ一つの災厄とは俺様の事だっ! この世界もろとも、吸い付くしてくれようぞっ!」
なるほど、封印されるだけの事はある化け物だ。吸い込めば吸い込むほど吸引力が上がるとなると非常にまずい。早めに対処しなければ!
「ヒキ子、俺の腕に掴まれ! 絶対に放すんじゃないぞ!」
「は、はひっ!」
吹き荒れる暴風の中、腕にヒキ子をぶら下げて全力で駆け出した。手にはヒキ子の握る封印の剣、チャンスは一度きりだ!
「くたばれこの掃除機ナマズッ!」
吸引による加速も踏まえ、俺は掃除機ナマズの脳天に思い切り剣をぶっ刺した。
「ぐ、ぐわあぁぁぁあッ! おのれ、またしてもかあぁぁあッ!」
絶叫を上げる掃除機ナマズの頭、その剣に雷が走った。ぶっ倒れた掃除機ナマズの身体がどんどん縮んでいき――やがて封印の剣だけが地に残り、暴風は嘘のようにピタリと静まった。
「……やった、やりましたねお兄さん! お兄さんかっこいいっす!」
「ヒキ子の尻拭いをしただけなんだがな。ほれ、いつまでもぶら下がってないで降りろ」
しかしこの剣、どうするかな。このままだとまた誰か抜いてしまうだろう。
「要するに、この剣が地面から抜けなければいいんですね?」
窮した俺は最後のカードを切った。要するにスマホでホニャ子を召還した。
ホニャ子はただの古代人ではない。トルトポリアという古代兵器を操る兵士でもあったのだ。
「そういう事なんだが、なんとかできそうか?」
「なんの問題もありません。少し離れましょう」
言われた通り剣から離れていく。ちなみに今ホニャ子が来ているパーカーがトルトポリアのコントローラーだ。
「はい。このへんで大丈夫でしょう」
ホニャ子がそう言った直後、ゴゴゴと揺れ、刺さった剣ごと地面が浮き上がる。
「宇宙の果てまでさようならー!」
きっと言葉通りだろう、剣の刺さった土の塊は一瞬にして空の彼方へ飛んでいった。
「あわわわわ……! なんというチカラ……!」
青ざめたヒキ子にホニャ子はいつも通りの顔でこう言った。
「古代文明を甘く見てはいけませんよ」
少し動いたし小腹も減った。何より食事時だった。
そんな訳でヒキ子も含めて家に帰り、三人で冷やし中華を食べている。
「いやー、お二人ともすごいっすねー! 言いたい事も言えないこんな世の中じゃポイズンなんてヒキコモってましたけど、私の知らない事もいっぱいあるんすねー!」
「まあ、他の世界から見りゃこの世界だって異世界だ。楽しむも楽しまねえも自分次第だろうよ。そんな事よりヒキ子、お前もうトラックに轢かれそうな子猫見つけるなよ。絶対にだ」
おそらくヒキ子にはざっくり異世界を行き来できる力がある。条件としてはおそらく命の危機だろう。
「分かってるっすよー」
「地面に落ちている物を勝手に拾ってはいけませんよ」
「あははー。肝に銘じるっす。それにしてもホニャ子さんは古代人だとして、クスノキさんはなんでそんなに強いんすか?」
「うん? 俺は普通だぞ普通。普通と言っておいて実は、みたいな能力もない本当に普通の人間だ。体格には恵まれてるけどな」
「えー? 普通は片腕で私を振り回したりできませんよー」
「そんな事ないって。まだ高校には在籍してるんだろ? だったら学校行って頼んでみろ。俺ぐらいの体格なら普通に振り回せるから」
「こんなデカい人いたっすかねー。しかもハードル高過ぎなお願いっすねー」
「実はクスノキさんは、クスノキ祭りという伝説の――」
「おいやめろホニャ子。その話はしない約束だぞ」
「えー、なんすか教えてくださいよー」
とまあ、ひとくさり楽しく昼食を食べたあと、ヒキ子は自分の家へと帰っていった。あんなコミュニケーション能力の高い子でもヒキコモリ(ライト)になるんだから、世の中ってのは確かに多少ポイズンなのかもしれないな。
「……クスノキさん、私、一つ気になったのですが」
「うん、なんだ」
「私はネコっぽいとクスノキさんよく言うじゃないですか。では、私がトラックに轢かれそうになっているところをクスノキさんが助ければ、異世界に行けたりするんでしょうか」
「絶対に無理だろうし、そもそもホニャ子は子猫じゃないだろ。ネコっぽい古代人だろう」
「そういえばそうでした」
……来週も今日ぐらい楽な子だといいなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます