第三百五十六話 『おいたしてんのはお前の方だろう?』

 ――中央棟、大ホール。


「さぁて、いるねぇいるねぇ……」


 入学式当日、2階部分の観覧通路から式の様子を見下ろしていた。《特待生》の席も一応は用意されているものの、全て空席だった。


「集まりが悪いな……。まぁ、私も人のことは言えないが」


 手すりに寄りかかりながら何人かざっと見ただけでも、『おっ』と思う生徒はいた。グループに誘うというよりは、魔法使いとしての能力が高そうな生徒、という意味ではあるが。


 違いというのは目を見れば分かる。その奥に宿るのは、意志の力だ。期待と自身に満ちあふれる目。その輝きを余すことなく見れているかと言えば否だが、それでもその他大勢とは違う可能性を宿していることは分かる。


 私はこの学園に来るまで、過酷な生き方を強いられてきた。この学園に来てからも、様々なことがあった。地獄の二重生活に辟易して、一時期は朦朧としていたが、嫌でも感覚は研ぎ澄まされていくものだ。


 初々しきかな新入生たちよ。


 彼ら、彼女らは、これから3年間をこの学園で過ごすことになる。


 その姿を目に焼き付け、いま一度、自分が守っているものが何なのかを再確認する。私が魔神と戦い続けなければ、被害を受けるのは生徒たちなのだから。


 だから皆の衆、安心して勉学に取り組むがいい。

 この学園じゃあ、立ち止まっている暇なんてないぞ。






「――で、ヨシュアの言っていた例の新入生ってのは……」


 数十人の新入生の中から、腕輪という目印一つで探すのは骨が折れる。こんなことなら、もっとヨシュアから特徴を聞いておくべきだったかな。


 ……お、いるじゃないか。


 ちょっと苦労はしたものの、なんとか目的の生徒を見つけることができた。


 右腕にきらりと光る、不格好な金属の腕輪。黒々とした髪の毛は、この学園では珍しい方だろう。背は小さくて、ヒョロヒョロのガリガリじゃないか。……そこまで私に似ているか? ただ――


「うまく隠しているようだが、私の目は誤魔化せないぞ?」


 魔力の流れは嘘を吐くことができない。頭と、尻から背にかけて。くっきりと亜人デミグランデの特徴である、耳と尾が魔力として私の目には映っていた。


 ただ、あの目つきだけは《特待生》に近いものを感じた。

 ヨシュアが《特待生》として入るのをすすめたのも頷ける。


 人嫌いどころの話じゃない。死に瀕したことが一度や二度じゃない、気を抜いていたら死んでいたかもしれない、そんな環境から逃げ出した者のような目をしていた。


「なるほど、ね。ヨシュアが言っていたのはそういうことか……」


 あんな目をしていた生徒なんていただろうか。

 正直な感想を言ってしまえば、よくこの学園に来れたもんだ。


「どーしたもんかね。ありゃあ、一筋縄ではいかなそうだが……」


 自分が言うのもなんだが、過去の自分を相手にするようなものだ。なんだったら、マトモに言う事を聞くのかも怪しい。きっと、相当なひねくれ者に違いないんだろうなぁ……。


 兎にも角にも、これで二人目は暫定的に決まった。


 兎の亜人デミグランデのハナ・トルタ。

(恐らく)黒猫の亜人デミグランデの男子生徒。


 特に意識しないまま、亜人デミグランデの割合が100%になってしまっているが、別にそこまで固める必要もないんじゃないかなぁと思わないでもない。


 せっかくの学園生活なんだ。種族も関係なしに接することに越したことは無い。私だって出来たんだから。だから、重視すべきは科の方は……おいおい考えていこうかな。


 ハナは妖精魔法科ウィスパーだった。黒猫ちゃんは定理魔法科マギサの席に座っていた。私としては妖精魔法を教えるのは楽でいい。とはいえ、機石魔法以外ならある程度は教えられるが。


「どんなグループになるんだろうなぁ……」


 残りは、あと二人――ゆっくり探してみるとするか。






「どこから行こうかねぇ」


 流石に式が終わった直後をひっ捕まえるのは気が引ける。かといって、あんまりのんびりとしていると、めぼしい新入生は他に持っていかれてしまう。


 ハナさんはもう確定している。黒猫ちゃんのことだろうから、簡単に捕まってしまうようなことはないだろう。


 なので、目標とするは残すところの二人なのだが――


「――離せ! 離せよっ!」

「ん――?」


 なんだか騒がしいな? さっそくどこかで喧嘩でもあったのかと、様子を見に行ってみる。


「おいおい、先輩に対しての言葉遣いがなってないんじゃないか?」


 いやに耳に障る声。人を小馬鹿にしたような声だった。

 どうやら、上級生が新入生をいじめているらしい。


「あっ――!? か、返せ!! 俺ンだぞ!!」


 新入生を突き飛ばしたその手には、宝石がいくつか握られていた。金目のもの、というわけじゃない。この魔法学園において、宝石というのはとても重要な意味を持つ。とくに、妖精魔法師にとっては。


 妖精は自然が形を持ったものであり、当然ながら自然の物を好む。

(逆に人工物はあまり好きではないらしい)


 つまるところ、宝石は妖精にとっての家のようなものであり(私の妖精は半身のようなものだから必要は無いが)、普通の妖精魔法師にとっては必須の道具でもある。


 要するに、人様の大切な物を取り上げているわけだ。


「生意気な新入生はウチのグループでしっかり礼儀を教えてやるよ。この宝石はそれまで預かっておくぜ」


「ふざけんな! 返せよっ!!」


「使いこなせもしないだろ。持っていても邪魔なだけだぜ」


 見下した目つきで新入生を睨む三年生。

 流石に新入生の方も限界のようだった。


「っ――! コノヤロォ――!!」


 武器を構えた新入生の身体から陽炎かげろうが立ち上り、両手で握られた長手のつちが熱で赤く光りだしていた。


「ドワーフで、炎の妖精魔法師ねぇ、そんなとこだろうと思ったさ」


 そう言って嫌な笑みを浮かべ、口早に呪文を唱える。武器を構えることもなく、一瞬で大量の水を見に纏った上級生は、その水を新入生に浴びせかけた。


「ぐっ……! 俺の……炎が……!」

「お前程度の駆け出しのひよっこが、俺に叶うわけないだろ?」


 ――勝負は決まっていた。新入生が新たに炎を出すも勢いは乏しく、魔法による水で、すぐさま消し止められてしまう。妖精魔法師としての実力にも差がある上に、水に対しての炎では相性が悪い。


 ……ここらで止めておくとするかね。


「いきなり魔法を使って襲い掛かるだなんて、そんなをするガキには、痛い目にあってもらうとしようか」

「いいや――」


 上級生の背後に回り、手首をねじり上げ、新入生の物である宝石を取り上げる。


「おいたしてんのはお前の方だろう?」

「痛でででっ……!?」


「新入生を捕まえて宝石狩りか? つまらない奴もいるもんだ」

「なんなんだよ、お前……! 邪魔をするんじゃねぇっ!!」


 そこまで強く握ってはいなかったため、バッと手を払われてしまった。向かい合うような形で対峙する。どうやら割って入った私を敵として認識したようで、水の妖精魔法師ウィスパーである上級生は臨戦態勢に入ろうとしていた。


「私か? 奇遇なことに、私も炎の妖精魔法師ウィスパーさ」

「ハッ、お前も痛い目に遭いたいみたいだなァッ!」


 妖精魔法科ウィスパーの教師はこんなのを野放しにしてるのか?


 ローザの婆さんに突き出せれば話は早いんだが、今は事情が事情だからな……しょうがない、軽くのしてやるとするか。


「……ふぅ」


 相手の実力も見抜けないようじゃ、まだまだひよっこだな。


 ため息ひとつ吐いたところで、余裕は尽きない。いくら早口で詠唱しようとも、こちらは思ったそのままに魔法が発動するのだから。一瞬で上級生の足元――に魔法陣が浮かび上がり、勢いよく火柱が立ち昇る。


 こちらに飛ばされた水弾どころか、上級生が纏っていた水すらも一瞬で吹き飛ばしてやった。あまりの衝撃に、尻もちまでついていた。


「まだやるか? ん?」

「ひぃっ!? か、勝てるわけねぇよ……!」


 腕組みして問うてみるが、向こうは既に戦意喪失しているようで、一目散に逃げていく。……なんだ、もう少し骨があってもいいじゃないか。近頃の不良は軟弱なんだな。


 ――で、新入生の方はというと……。


 先程の上級生と同じく尻もちをついた姿勢で、『キレイだ……』と小さく呟きながら呆けていた。どうやら、私の魔法に見惚みとれていたらしい。


「あー……災難だったな、変なのに絡まれて。キミ、名前は?」

「ヒューゴ。ヒューゴ・オルランドっす。あの、ありがとうございました!」


 ……そういや、さっきはあの上級生に勧誘されていたみたいだし、まだどこのグループにも所属していないようだ。妖精魔法師ウィスパーなんだし、グループのメンバーに丁度いいんじゃないか?


「憧れるか? 炎の妖精魔法だって、極めればメじゃないさ。私はヴァレリア・フェリウス。強くなりたいなら、私のグループに来るといい。……まぁ、まだ学内を回る必要があるから、先に行って待ってもらう必要があるが――」


「ヴァレリア先輩……入ります! オッス! 喜んでっ!!」

「お、おお……そうか……」


 逆にこちらが勢い負けしてしまうほどに、食い気味に乗ってきた。まぁ、元気でやる気があるのは悪いことじゃない。……本当に勢いで誘ってもよかったのか?


 ――――。


「それじゃあ、グループ室で待ってるッス!」


 ヒューゴと名乗った新入生に、グループ室の場所を教える。

 ……少なくとも、私が帰ってくるまで記憶は持つはずだ。


 手を振り別れ、次のグループメンバーの勧誘へと向かうことにした。


「次は……それぞれの科の棟を回ってみるかぁ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る