幕間 ~魔神襲来【銀の星】その②~
魔神となったグレナカートは、渦巻く魔素を纏いながら不気味に立ち尽くしていた。先ほどまでは苦しんでいる様子を見せていたが、まるで今は電源が切れたかのよう。
「グレン様……?」
おもむろに彼が顔を上げたのは十数秒後のこと。既に身体の全てが魔素に覆われ、甲虫のように甲殻質に変化していた。頭部もまるで鎧兜を被ったようで、その表面には亀裂のような切れ長の隙間が大きく開いている。
奥から覗かせるは、怪しく光る赤い眼光。
その眼差しには、グレナカートの面影などは残っていなかった。
「――――」
しかし、姿は変わろうとも中身がグレナカート・ペンブローグであることには変わりない。そう信じるシエットに、ゆっくりと手を伸ばしたグレンのその仕草――その緊張を解き、駆け寄ろうとしたところでシークが叫ぶ。
「シエット!! 近づくんじゃない!!」
じゃらり、と音を鳴らして現れた魔法の鎖。
ふ――と、鋭い爪がシエットの眼前を通り過ぎる。
魔神グレンが地面を蹴るよりも数舜、シークが行使した魔法の出の方が早かった。一瞬で魔神グレンの首へと魔法の鎖がかけられ、そのままグイと後ろに引き寄せたことにより、シエットの命を救ったのだった。
ほんの少しでも遅ければ、頭はスイカのようにスパッと断たれていただろう。自身のそんな未来を想像し、また、自身の信頼を裏切られたことに愕然とし、その場に膝をつくシエット。『お嬢様!!』と、そんな彼女を抱きかかえてるルナが距離を取る。
四肢を拘束しなければと続けて魔法を唱えるも、魔神グレンの身体を完全に地面へと縫い付けには至らない。なんとか留めてはいるが、力比べとなるとシークの圧倒的不利な状況だった。
「グレンをここから動かすわけにはいかない……!」
――シエットたちを守っている氷のドームが破壊される直前、グレナカートが懐から何かの
シエットの為だからといえど、親友が危険なことをするのを止めることができなかった後悔と、そんな魔道具を持っていたにも関わらず自身に全く話をしてくれなかった驚きが、今もシークの中で渦巻き続ける。
(外見や能力、周囲を漂う魔素からして、グレンを魔神化させたのはその魔道具の効果に違いない。問題は……今の状態から、元のグレンに戻ることができるかどうか)
ようやく魔神を倒したが、まだ脅威は去っていない。むしろ、先ほどの魔神よりも遥かに魔神グレンの方が恐ろしかった。
「そんな……これはいったい、どうすれば……」
「とにかく、生徒たちの避難は終わったのなら、このままグレンを拘束し続けるんだ。もっとも――それが簡単に出来れば苦労はしないのだけれどもね」
せめてムラサキが合流してきてくれたのならば。
しかし、この場にいるのは魔力の消費が激しいシエットと、暴走の反動の残るルナ。そして、身体が弱いために激しく魔法を使うことのできないシークのみ。
教師や、他のまだ余裕のある生徒が助けに入るのを待つのか。万が一にも可能性があるのならば、それに賭けるのも親友の役目だろう。しかし、それもいつまで保つかが問題だった。
(……誰か来る。誰だ。誰なんだ?)
渡りに船となるのか。そこに現れたのは――
「学園重が騒がしいと思ったが、ここもかよ……。丁度いい、俺が片付けてやらぁ」
グレナカートと同じ
「待って! あれは魔物じゃないの!!」
「あぁ? 何言ってんだテメェ、馬鹿か。アレが魔物じゃないってんなら――」
中庭はどこかしこもボロボロの状態になっており、なんとか避難した生徒たちも数多くいた。この状況で『魔物はいない』と言われても、気が狂っているとしか思えないだろう。――が、ヴァルターの中にあった小さな違和感が、シエットの言葉を一蹴するのを留めた。
『まさか』と小さく呟くヴァルター。どうやればその結果に繋がるのかが全く浮かばず、その考えに至った自分自身すら信じられないでいた。
「……グレナカートか?」
「分かるのかい?」
「三年もクラスメイトやってんだ。……感じるんだよ、アイツ特有の気に入らねぇ気配をよぉ――!」
魔法陣が浮かぶと同時に、大量の岩石がまるで磁石に吸い寄せられたかのようにヴァルターの身体を包み始める。ゴゥレムさながらのごつごつとした巨大な体躯へと早変わりした彼は、まるで重さを感じさせない速度で駆け出した。
「殺しゃあしねぇ!! 意識がトぶまでぶん殴りゃあいいだろ!!」
魔神グレンの能力ならば、ヴァルターの拳を避けることは造作もない。が、その身体はシークの魔法によって生成された鎖によって捕らわれている。
(カエルみてぇに潰れはしねぇだろうが、骨の二本や三本ぐらいは貰っていくぜ)
――ドンッ!と重たい音が衝撃と共に広がった。
全力で振るう拳の勢いと、岩石の超質量。直撃すればひとたまりもないだろう。その身体は吹き飛ばされ、中庭の壁に叩きつけられ、全身の骨を折る重傷。死にはしないだろう。
そう予想していたのだが、訪れた未来は全く違うものだった。
「どういうことだよ、オイ……!」
「まさか――」
「あの一撃を受け止めた……!?」
ただ受け止めただけではない。腕一本でヴァルターの渾身の一撃を受け止めた上に、その場から全く動くことなく押し返し続けていた。
「ふざけんじゃねぇぞ!! この俺が……力勝負で負けるなんて……!」
『ウオオオオオオォ――!!!』と、喉が張り裂けそうなほどの咆哮を上げながら、ヴァルターは地面を蹴る。抉れる地面と、舞い上がる土埃。しかし、それでも一ミリたりとも魔神グレンを押し込むことができない。
「――――!?」
ふわりと足が地面から離れた瞬間、ヴァルターは痛感した。自分が相手にしているのは、“辛うじて人の形を保っているだけの“別の何か”である、と。そして次の瞬間には轟音が響き、四方八方へと砕けた岩石が飛び散った。
壁に叩きつけられてしまったのはヴァルターの方だった。
(チクショウ……! なんだよ、あのバケモンはよぉ……!!)
全身を岩石で覆っていたために致命傷はなんとか免れたものの、全身を打ち付けられた衝撃は決して軽いものではない。意識はなんとか保ちながらも身動きができない。全身の骨が折れていてもおかしくはなかったのだが――
「大丈夫です? 死んではいないようですね? ――よかった、間一髪のところでした」
壁へと叩きつけられる寸前、誰かの魔法によって衝撃を軽減されていた。魔法自体は完全には間に合っていなかったものの、それでもなお滑り込ませることができたのは、術者が並外れた能力を持っていたからに他ならない。
「しっかり感謝してくださいよ、ボクがいないと危ないところだったのですから!」
そこにあったのは、小さな身体に、頭上からちょこんと伸びた二つの長い耳。大きな三角帽とマフラーがトレードマークの天才兎、ニハル・ガナッシュの姿だった。
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