幕間 ~魔神襲来【黄金の夜明け】その①~

 テイルたちが学園長室へと足を踏み入れるのと、ほぼ同時刻。

 その異変は既に始まりだしていた。


 学園の所々に出現した“時空の裂け目”。この“穴”は学園長であるヨシュアが言うように、別の世界である魔界と繋がっている。一つだけでも未曽有の危機に直結するその穴に気づいたのは、学園の全てに繋がっている学園長のみ。


(五つ……いや、六つですか。素晴らしい。なんというタイミングでしょう)


 この学園の中では数少ない、学園長の計算の外で起きた事態だった。

 “魔神”については、学園長は能動的に対処することはない。

 学生大会の時もそうだったし――他の時だってそうだ。


 もちろん、今回のことも最後まで静観を決め込むつもりでいた。


 学園の者たちからすればたまったものではないだろうが、既に用済みに等しいのだから痛くも痒くもない。これが最後のチャンスとなるかどうかは、目の前の若人たち次第だろう。


(教師と接触したのが二体、生徒たちと接触したのが二体。残りの二体も学園内を高速で移動中。さて、ここに届くほど騒ぎが大きくまでどれぐらいかかるか――)


 テイルが不信感を胸に秘めながら問いただしている間も、学園の所々から悲鳴が上がり始めている。教師生徒ともども幾年の間で優秀な人材が揃ってはいるが、全く犠牲者を出さないなんてことはないだろう。


(今回の結果がどちらに転んでもいい。せいぜい楽しませて――……おや?)


 魔神のいる辺りとは別の場所で、『ぎええええぇぇ!!』という違った種類の悲鳴が上がっていた。どうやら生徒の一人が発しているもののようで、神様である学園長ならば容易にその声の主を察知することも可能。


 その結果――なかなかに粒ぞろいの生徒たちが揃ったものだと、表情に笑みが浮かんでしまうのも仕方のないことだった。






「に、ににに、逃げるに決まってるじゃないですかぁ!!」


 大勢の魔法使いがいるが、誰もが戦い慣れているわけでもない。三年生の中でさえ、激しい戦いを経験した者は半数程度。――どれほど経験があろうとも、“魔神”を目の当たりにしても平常心でいられるような肝の据わった生徒など、ほんのひと握りぐらいしかいないだろう。


「何よりも安全第一とボクの頭脳が告げているんですよっ! 待って! 耳を引っ張らないでぇぇっ!!」


「もう! こんな状況でそんな弱気なこと言わないで! 普段はあれだけ威張ってるんだから、今こそ活躍するタイミングでしょ!! ニハル先輩!!」


 それでも、襲い来る脅威に対抗するべく動く生徒たちもゼロではなかった。


「さっきの魔物、向こうの方に行ったみたいだよ! 跡が残ってる!」


 中庭とは別の場所で、真っ先に“魔神”を止めるべく動いたのは――ニハル・ガナッシュを無理矢理に引き連れ走る、キリカ・ミーズィたち【黄金の夜明け】のメンバーである。


 生徒の悲鳴を聞いて駆けつける間にも、あちこちで“例の魔物”が現れたのを耳にしていた。どうやら別の場所では、教師が一人で戦っているらしい。加勢するべきか悩んだものの、一行は他の手薄となっている場所で生徒を守ることを選んだ。


 学園内に現れた怪しい気配を追って廊下を全速力で駆けていく一行。

 それに伴い、まるでサイレンのようにニハルの悲鳴が響き渡る。


「み、耳がっ……耳がちぎれる……!! キリカッ! 運ぶならもっと優しく運んでくださいよっ!!」


 キリカとは特別に中のよい褐色の肌をした少女――タミル・チュールはあろうことか先輩であるニハルの長い耳の根元をむんずと掴んでいる。身長が耳を合わせても成人の胸元ほどしかないニハルは、先ほどからずっと宙ぶらりんの状態だった。


「注文が多いなぁ! 早く追わないといけないんでしょ!!」


 とはいえ、このままニハルの耳がぶちんと千切れてしまえば戦うどころではなくなてしまう。今となっては自在に扱えるようになった変化魔法を使い、自身の腕を竜のものに変化させたタミルは、今度はぐわしとニハルの頭を鷲掴みにして運び始めた。


 ぐわんぐわんと頭を揺らされる不快感は続いていながらも、なんとか声を張り上げるニハル。


「あのですねぇっ!! 教師だって苦労するような魔物ですよ!? ボクたちが手を出していい範疇を越えているでしょうよ! せめてもう少し広い、他の生徒と取り囲んで叩ける場所を選ぶとかあるでしょう!?」


「そんなこと言ったって、向こうが私たちの思い通りに動くとは限らないじゃないですか! 他の生徒が襲われているかもしれないし……。私たちだって十分戦えるんだから、学園のために動かないと!」


 学園長とは違い、一般生徒たちは“魔神”の正体なんて知る由もない。

 ただ、その醜悪な外見が纏う気配から、尋常でない危険度を肌で感じるのみ。


「せ、先輩……!」

「あれ……っ!!」


【黄金の夜明け】の後輩二人が声を震わせ廊下の突き当りの方を指さす。


 一行の視界へ映り込んだのは異形の影。毒々しい黒とも紫ともつかない斑な体色。頭は縦長のトサカを備えていた。両目はカメレオンのようにギョロギョロといろんな角度を向き、周囲の様子を注意深く観察している。


 首から下はまるで別の生物の物を取って付けたかのようで、太い両腕と翼があり、下半身はなんと蛇のようで、胴体と尾の境目がわからぬ程にうねり伸びていた。ずるずると這い動くアンバランスさも合わさり、見る者に嫌悪感を与える外見をしていた。


「ひっ……」


「……二人とも下がってて」


 いくらなんでもアリのパンドラ・ガーデンといえど、流石にアレは異様過ぎる。誰かのペットだったのならまだ笑い話にもなるだろうが、そんな気配もない。このまま放置していれば、間違いなく誰かが犠牲になるだろう。それぐらい危険な気配がプンプンと漂っていた。


 ごくりと生唾を飲み込むキリカたち。

 その中で、意を決したように動いたのはタミルだった。


「……ニハル先輩は、どんな魔物でも倒せる凄い魔法使いなんだよね?」

「もちろんですともっ。天才的な頭脳を持つこのニハル・ガナッシュ。魔物の一匹や二匹に遅れを取るような腑抜けた魔法使いではないですよ! タミルもどうしてワザワザそんな当たり前のことを――ってえええぇぇぇぇぇ!?」


 ぐいっと大きく――


「それじゃあ――お願いしまぁす!!」


 ニハルをタミル。

 もちろん、例の“魔神”に向かってである。

 あまりの暴挙に後輩たちも絶句していた。


「絶対に! 絶対に許しませんからねぇっっ!!」


「だ、大丈夫なんですか!? キリカ先輩っ!?」


 オロオロとした様子で背後に隠れている後輩たちに『いいのいいの』と笑いかけるキリカ。むしろ可哀想なのは目の前にいる怪物の方なのだと。


「普段は口だけみたいなところがあるけど、いざというときは凄いんだから」


 空中という逃げ場の無い状態で、ぐんぐんと距離は縮まっていく。すでに魔神の方はニハルの存在を認識しており、迎撃体制へと入っていた。大きく裂けた口の端から炎がチラついて見え――次の瞬間には天井までめいっぱいに開かれた大口から激流のように火焔が吹き出す。


「もぉぉ!! この学園の生徒というのはどうしてこうっ!!」


 天地が逆になった状態だというのに、ぷんすかと怒り続けるニハル。数秒後には黒焦げになる未来が待ち受けているというのに、そんなことを気にした様子も見せず。


「先輩に対しての扱いが雑なんですかねぇ!!」


 ――手に持っていた杖を、大きく振ってみせたのだった。

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