幕間 ~遅れてきた観測者~

「……王様が言うには、アグニがこちらへと戻ってきているらしい。本当に街を護り切ったってのかよ。王様ってのは大変だね。何が楽しいのやら、だ」


 リーヴ王との通信を終え、皮肉めいた口調でそう呟いたのは――端末を破壊され、戦線を離脱していたテスラコイルだった。


「どうだよ、この眺めは。首だけになるのは初めてか? 屈辱的だよな」


 その片手には、ムーンショットの頭部が掴まれている。話しかけても返事はない。テスラコイルは返事のないことに少しだけ苛つきを見せながら、先刻に彼女が馬車を狙撃していた丘からテイルたちの戦いを眺めていた。


 影は一つではない。二つ、三つと増えていく。そのどれもが、テスラコイルと同じ外見。どれも端末として個体差はなく、同じ意識を共有していた。それぞれがバラバラにされたムーンショットの身体の一部を抱えているのは、わざわざ回収してここまで運んできたから。


 いったい、何のために。無駄だと吐き捨てて、ミルクレープたちを見捨てたテスラコイルが、ここにきてムーンショットを助けた理由とは。


「アカホシももうボロボロだが……。ここにきてアグニを呼び戻したってことは、一旦退くつもりに違いないぜ。アイツらに止められるのかよ。無理だろうな。ミルクレープは片腕、シュガークラフトに至っては両腕が溶けてる。もう限界だ」


 アカホシがテイルたちと衝突し、《太陽の槍ディ・ラソーレ》を撃ち、そして防がれて圧されているのを隅々まで観察していた。


(僕が加勢していれば、少しはマシになってたんだろうけど。あんなのに巻き込まれるなんて御免だね。そういうのは僕のやり方じゃあない)


「…………」


 生首となったムーンショットは何も答えない。胴体も何もかもがバラバラで、再接続しなければ、いずれは動力を停止してしまうだろう。


「とても長い間、僕らは共に戦い続けた。創造主からの使命を達成するため。世界を救うため。全てを終えて、捨てられて。それでも、認めてもらうために生き続けた。決して短くはない時を共有してきたけど――僕はお前らのことが嫌いだったよ。頭脳役の僕の話を聞かないで、好き勝手に動く奴ばかりで、いつもうんざりしてた」


 だから、もう関係ない。だからもう、関わりたくはない。

 ……そうではない。そんな簡単に終わらせられるほど、脆い繋がりではなかった。


「……だけどさ、いくら嫌いでも“憎い”とは一度も思ったことはなかったんだぜ。正直に言ってしまえば、嫌いつつもある種の尊敬さえ持っていたんだ。万が一にも“マトモ”になったら、少しは僕の方から仲良くしてやってもいいと思えるぐらいには。だけど――」


 アカホシはリーダーとして十分務めていた。不器用なりにも、自分たちを纏めあげ、そして戦争を終結にまで導くことができたのだから。性格だって裏表がなく、まだ他の奴よりも安心して接することができた。


 ミルクレープは嫌いな奴の筆頭だったが、その突破力は認めざるを得ない。乱暴で、後先考えず無茶苦茶なことをする奴。だけれども、安心して戦うことができたのは、その無茶苦茶さで戦場を圧倒できるだけの能力を持っていたから。納得はしていないが、その実力は認めざるを得ない。


 言わずもがな、シュガークラフトはチームの回復役だ。身体の損傷を直すだけじゃない。魔力の消費具合や、目に見えない部分の不具合まで完璧にケアして。常に最高のパフォーマンスを維持し続けることができたのも、彼女がいたおかげである。


 ――嫌な部分、嫌いな部分はあるけれど、どこかで認めていた。


 折り合えない部分があれど、それも個性。尖った部分は尖ったまま、足りない部分は補い合う。それで上手くやっていける。それが自分たち“第零世代”なのだと、誇りさえ感じていた。


 だけど――


「お前だけは駄目だ、ムーンショット。僕はお前が憎くて憎くて溜まらない。今すぐにでも、その頭をカチ割ってやりたいよ。だけれど、それをしないのは――お前が一番そうなることを望んでいるからさ」


 長く伸びた藍色の髪を鷲掴みにして、すぐ目の前にまで持ち上げる。隠された瞳の奥では、怒りの色が輝きを強めていた。


「何とか言えよ、馬鹿にするのも大概にしろ。このまま寝たふりを続けたところで、僕の目を誤魔化せるわけがないだろう」


「……私は誰からも好かれていなかったからな。お前たちとはずっと距離を置いていた。本当に仲間だったのかも疑わしくなるぐらいだ。ずっと……ずっと前から分かっていたさ。そんなことぐらい」


 誰とも触れ合わず。誰とも笑いあうようなことはしなかった。

 自分はアカホシとは違う。他の者とは違う。そう思っていた。


 唯一、私を照らしてくれていたアカホシだって、今はもう……。

 ムーンショットは、掠れた声でそう漏らす。


 しかし彼女のその態度が、テスラコイルの神経を逆なでし続ける。


「勘違いしてんなよ! 僕が憎いと言っているのは、お前がアカホシにしたことに対してだよ!! あのまま眠らせておくのが一番良かったのに、それをお前が滅茶苦茶にしやがった!! あの時点ならまだ、“世界を救った英雄”として眠らせてやれたのに、お前がアイツを“世界を壊す化け物”にしちまったんだ!!」


 万全の状態で迎え撃って、一気にアカホシを叩いて沈黙させる。そのまま永遠に目覚めさせることはなく、壊れたままの彼を自分たちで管理し続ける。


 ――辛くはあるけれども、それが一番の解決策だった。


 決して、あんな姿が見たかったわけじゃない。誰が味方なのか、誰が敵なのかも分からない。そんな状態で、自らが崩壊するまで暴れ続けるアカホシを見たかったわけじゃない。


「自分でもどこかで理解してたんだろ! アカホシが元通りに目覚めるわけなんかないって! お前は僕たちのことを『アカホシを信じてない』と罵ったが、誰よりも諦めていたのはお前だろ!? 何もかもを終わらせようとしてたのはお前だろっ!! お前が僕を一番に狙って破壊したのだってそうだ! “英雄”としての自分を終わらせるためだよなぁ!! “目”のない狙撃手なんて、なんの役にも立たないんだから!」


 本来の、テスラコイルのサポートがある状態のムーンショットならば、テイルたちは近づくことさえできなかっただろう。その能力は強力でも、たった一人では限界があることを、彼女は悔しい程に理解している。


「お前はそれでもいいかもしれないけどさ。アイツアカホシをあのままにしておくわけにはいかないんだ。リーヴ王や他の国々の奴らが、この先絶対にアカホシを追い詰める。どれだけアイツが強くても、だ。いつかはぶっ壊されて、部品の一つ一つまで分解される。それはもう“アカホシ”じゃない、別の何かだ。そんなこと、許せるわけがない」


 シュガークラフトがミルクレープを説得しに行った時点で、そうなることは予想していた。ミルクレープがテイルたちを連れて目の前に現れた時点では、微かな救いと希望が見え始めていた。


 それをムーンショットによってぶち壊しにされ――選択肢はもう殆ど残されていない状況である。テスラコイルが戦線を離脱したのも、このギリギリの状況を繋ぎとめるためだった。


「アカホシを眠らせてやらないと。それは僕たち無しでは、実現できないことだ。協力しろ、ムーンショット。お前が招いた結果に、お前が尻ぬぐいするチャンスを与えてやる」


「どうしろというんだ……。こんな私になにができるんだ……!?」


 既に縋るべきものを失い、心は折れている。

 五体不満足で、銃を握るための腕だって離れ離れだ。


 だけれど、それを言い訳にさせるほどテスラコイルは甘くはない。


 機石装置リガードを造り出すことができるのだ。シュガークラフト程ではなくとも、機石人形グランディールを修復する能力は備えていた。


「今こそ、アカホシを撃つんだよ。できないとは言わせねーぞ」


 先ほどからムーンショットの一部を抱えていた端末たちが、それを元の場所へと並べて繋ぎ始める。肘から切り離されていた腕が繋がる。上下に分かれていた胴体も傷跡が残るがなんとか繋がった。最後に頭が首の上に載せられ――ムーンショットは元通りの人の形へと戻った。


 “好き”というヒトの感情は、テスラコイルにも完全には理解できなかった。あくまで“快”か“不快”かを表す程度のものという認識だった。ムーンショットがアカホシに特別な感情を持っていたことは分かっていたが、それがいったいどう作用するのか。


 半ば賭けではあるが、それでもムーンショットに委ねるしかない。


「撃つんだ。僕がいる以上は、絶対に外させない。このままだと確実にアカホシは悪い方向へと向かい続ける。ここで終止符を打たないとならないんだ。……構えろ。全力で放て。僕がいくらお膳立てしてやったところで、最後に引き金を引くのはお前の意志だ」


 役目を終えた端末たちが、一体のみを残してムーンショットへと魔力を注ぎ始める。端末程度では“第零世代”の魔力を完全に補充することはできないが、それでも三体分もあれば十分な量は確保できる。


「……裏切るなよ。僕や、シュガークラフトや、ミルクレープにじゃなくていい。ただ、僕たちのリーダーだったアカホシを裏切るな」

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